かなしい

ただ、ひたすらに。

 

かなしい

 

 

かなしみだけが 支配する

 

 

 

                                       とおりすぎるまち/とおりすぎてきた過去

 

 

 

私は 『犯罪者』であった。

私を追いかけてくるものは 大別して ふたり。

私を苦々しく思う者と、私に一目置いている者。

私を追い詰めた二人は部下を引き連れ、一人は侮蔑と嘲りの眼差しで、もう一人はじっと静かに私を見つめていた。

「さあて御同行願えますかな」

慇懃無礼な刑事を無視して、私は事の成り行きを静視していた警部に歩み寄った。

お互いにその目を見つめ、目と目でわずかに微笑し合った。

それが気に食わないのか横の刑事は苦々しく睨めてよこす。

もちろん私も、私の目の前に居る彼もそんなことは気にも留めていない。

「ワース、例のお嬢さん・・・いいや、ご夫人はどこに?」

落ち着いた口調で私にそう尋ねてくる彼に、私はゆっくり首を振った。

「貴方には申し訳ありませんが、それだけはお答えすることはできません」

「何故だね?あれの居場所さえ言えば、あれを返しさえすれば君の刑は交渉次第では軽く・・・」

私はもう一度ゆっくりと首を振った。

「列車強盗でも窃盗罪でも、私を裁いてくださって構いません。・・・が、それだけはどうしても、駄目です」

やんわり笑って見せた私に、私の目に強いものを感じたのだろう。警部は少し肩を落としてふぅと溜め息を吐いた。

ぽんぽん、と私の肩を叩く。やれやれと頭を振りながら。

「すみませんね、警部。せっかくのご好意を」

「君は一度決めたら決めたっきりだからな・・・・まあ、仕方ないさ」

実は何としてでも取り戻せと言っている上の言い分なんてどうでもいいんだ。

だから私はべつにあれが見つからなくても構わないのさ。

いたずらめかして笑ってみせた彼に、「不謹慎ですよ」と言えば互いに顔を見合わせてクスクスと笑い合った。

お互いさまというところか。

しかしそれを笑って許せぬ者がいた。

 

───ガーンッ!!

 

足元で弾丸が弾かれる。

振り返れば件の刑事が憎しみも露わにこちらを、いや私を見ていた。

「・・・・認めない。認めんぞ、そんな手前勝手なことは。あれを盗み出した時点で許されないというのに・・・・・」

様子のおかしい刑事に、周囲の部下がザワザワと騒めき立つ。警部も同様に驚いている。

私だけが落ち着いて彼を見据えていた。

それが彼の気になお障ったらしい。

ますます銃口を正確に私に定めた。

「言え!!公爵夫人の絵を何処に隠した!!?」

今の彼は誰が見てもとても正気の人とは思えなかっただろう。

目は血走り、眼元は激しく歪んでいる。悪魔のそれが乗り移ったのかと思えるほどに、その表情は凄惨だった。

「きみも」

私はゆっくり首を傾げながら、言葉を紡いだ。

「きみも、デボンシャー公爵夫人を愛していたの?」

───まるで挑発だ。そう思った。

「ッ・・・!!!!」

激昂した男が狂って引き金を引く。

すぐ隣に居た警部がとっさに私を庇うように後ろへ下がらせたが、私はその腕の合間をするりと抜けて警部の前に躍り出た。

 

 

 

世界が焼けた。

 

 

 

世界は白かった。

 

 

 

「・・・ッス!!ワース!!おい、しっかりしろ!!・・・ええい、何をしてるお前たち!!早く車を回して来い!!」

ようやく視界が戻ってきた頃には周りが本当に煩くて騒がしくてムッとした。

もう少し静かにできないのかとも思った。失礼ながらも警部にも。

真上を向いているのが辛くて顔を横に向けた。

すると周囲の部下に取り押さえられて気を失ったらしいあの刑事が両脇を抱えられて連れられて行くところだった。

「おい、どうした、しっかりしろ!どこか・・・苦しいのか?!」

 

私は 涙していた。

私は 泣いていた。

痛みなど感じていなかった。残っているのは衝撃と体の痙攣だけ。

ただただ、

「かなしい・・・・・・」

警部が目を見開いた。

私は微笑んで

「かなしい・・・・ただかなしいだけですよ・・・・・・・」

 

かなしい

ただ、かなしい。

 

かなしい

かなしい

かなしい

 

 

           かなしい。

 

 

 

                                      とおりすぎるまち/とおりすぎてきた過去

 

 

 

ここは『まち』

過去を洗われてなお在り続ける、まち。

 

「・・・・・私も魔法のひとつも覚えとくべきでしたかねぇ・・・・」

喫茶店・カシェート。

そのカウンターでポツリとマスターが呟いた。

「魔法は覚えんほうがいいぞ、マスター」

カラカラカラ・・・・

グラスの中の氷を回しながら言うは『魔法使い』と謳われているブナ、その人。

「何故です?」

きゅっ

グラスを吹く音が霞んだ照明の店内を引き締める。

「魔法を覚えると怠け者になるからさ。なんでもできるから、何もしなくなる。

 仕事もな。けっして『善いこと』ではないのさ・・・・」

真面目に働くのが一番だ、とブナが笑って言った。

「だから弟子を取らないのですね」

「教えるのが面倒だからな」

なるほど、確かに『善いこと』では無いようですね。

己の怠惰を暗に指摘されて、そうだろう?と男が口端を上げる。

 

クスクスと。

フフフフフ、と静かに笑い合った。

魔法は『善いこと』ではない。

魔法を自在に使える男は確かにそう言った。

 

 

ああ、魔法使いと謳われるこの男も、きっときっと愛しい≪かなしい≫のだろう。

 

 

きゅっ、きゅっ。

グラスを磨く音だけが、再び店内を満たしていった。

 

 

 

 

 

 

 

�鵑�/つづき
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