はたして名は体を現していただろうか
数え切れないほどの名前を日替わり弁当のごとく授かって
そして辿り着いたただひとつの名
はたして名は体を現していただろうか
とおりすぎるまち/名が現すもの
「白雨ってさ」
「ん?」
「『白雨』って書いて『ユウダチ』だよな」
「うん」
どうしてこうも教師という職業は紙が多いのだろう
エリーはそこかしこに積まれた紙の束を──というよりは山を眺める。
「それが、どうかした?」
この部屋の主は仕事机の上でワープロに何かを打ち込みながら答える。
しかしその机の上もすっかり紙の峰が高々と築かれていて、エリーの方からはわずかに白い頭が見えるだけだった。
打ち込んでいるものもまた何某かの紙になるのだろう
カタカタという控えめな音が心地よく、そして何処か懐かしく感じた。
「いや、名が体を現してるなあと思って」
「はあ?」
素っ頓狂な声があがり、紙の峰の向こうからにょっと顔の上半分が現れてこちらを見る。
といっても彼の眼元は長い前髪に覆われているので、けっきょくさっき見ていた白い頭とたいして変わらない。
「おまえって真っ白だろう」
だから、そのまんまだなって。
白雨は頭のてっぺんから足のつま先まで、ほんとうに真っ白だ。
アルビノとかいうやつらしい
ここは片田舎だから、そういう血の混じり具合による突然変異がちらほら居る。
髪、肌はもちろん。理科教師で白衣を纏っているため、白のイメージはより鮮明だ。
「いや・・・それはただ『白』って漢字が当てはまってるだけだろ」
だいたい、『ユウダチ』って本来は『夕立』って書くんだぞ。
そう言われて、思考のどこかがカチリと音を立てて切り替わる。
「うーん・・・そう言われると・・・おまえに雨とか夕方っていうイメージは無いな・・・・」
「だろう?つーかおまえの中の俺のイメージってなに」
「異空間」
「なんでだ」
力いっぱいの疑問と抗議の声音が返ってくる。
「おまえをイメージしようとすると頭ん中が真っ白になるんだ。
ホワイトアウトとか、ショートして焼け焦げたみたいに」
だから、一番いい例えは異空間かなと。
なんにもない、かと言って透明ではない、強烈な白で埋め尽くされた異空間。
「・・・とにかくイメージカラーでいくと俺は白ってことなんだな?」
「まあそうだな。おれには絶対なれない色だ」
するりと、まるで相槌を打つように口をついた科白は、エリー自身も意外だった。
「ああ?いまのはちょっと聞き捨てならねぇぞ、エリー」
「・・・おれもいまの科白には驚いた」
ぽかんとして言えば白雨がそれこそわからないという顔をする。
いや、眼元が露わでないので口をへの字に曲げていることでそうだと察するに他ないのだが。
「いや、おれって真っ黒だろう?」
言ってエリーは自分の前髪をちょいと指でつまんで引っ張る。
着ているものも季節を問わずハイネックの黒服・黒ズボン、目も髪も日本人には典型的な黒だが
落ち着いた奇妙な雰囲気が、彼を日本人離れさせている。
「確かにおまえのイメージは色でいくと黒だけど・・・」
真っ白になれないってことはないんじゃないか?と白雨は言う。
「俺は白は白でも明瞭な、目に痛い白だ。決して霞んだ、目にも優しい白にはなれない」
生成り色っつーのかな。俺は無理だと思うけど、エリーだったらなれそうな気がする。
ほう、と陶酔するような溜め息が聞こえてくる。
憧れの色への羨望か、はたまた純粋な憧憬なのか。
エリーはべつに白になりたいと思ったわけではなかった。
気がついたら黒かったのだ
影のように現れては消えていたあの頃は、とても気楽だった。
白雨に雨や夕方のイメージは湧かないが、それでもエリーは白雨の名は体を現していると思う。
それはひどく曖昧な、ふっと思い浮かぶもののひとつのような感覚であったけれど。
あの頃。
毎日毎日毎日・・・・
影のように現れては消える自分に、彼の小さな名付け親は何を思っていたのだろう。
何を思って、忘れてしまうほど多くの名を、日々つけていたのだろうか。
いまではもう、どんな名前をつけてくれたのかなんて欠片程度にしか思い出せないけれど。
それらの名は、どんな体を現していたのだろうか。
とおりすぎるまち/名が現すもの
「ブナはブナってかんじはしないけど、木っぽいよな!」
「白雨・・・それブナの前で言ったら絞め殺されるぞ・・・・」
ただでさえ、ブナはおまえに対して辛口なんだからな。
あっけらかんと笑い飛ばす白雨に、エリーは深い溜め息を吐いた。
�瑤�/つづき
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