わたしは神になることができた
ただ
それをしなかったのは
とおりすぎるまち/神になることができた男
あるまちの、このまちの昔話。
いまはもう、郷土史家しか知らないような
言ってみれば『伝説』と化してしまった類のお話し。
このまちは調度大きな川で真ん中から分断されている。
川はまるで蛇のように曲がりくねり、まちを流れてゆく。
しかし、昔は違ったという。
昔はもっとまっすぐに流れていて、まちを真ん中から分断しているということもなかったという。
川は控えめに、まちの隅をまわって至極ゆるやかに流れていた。
それがある日、一変した。
まちは 山に囲まれていた
川の源流出ずるその山は 山岳仏教が盛んであった
数々の寺・神社が在ったが 時は過ぎ
主のいない古寺が朽ち果てようとしていたとき
それは起きた
八つの鐘を鳴らす尼
それはいつもの彼女の日課
ただその日の朝
ひとつだけ違ったのは
どこからともなく現れた 高足駄を履いた白髯の老人
ボーンと音を立てて鳴った鐘木が
なんの前触れも無い惨劇の合図
そう、八つの鐘を尼が鳴らしたその瞬間。
白髯の老人は背後に山のような濁流をしたがえて。
あっという間に、尼も鐘も朽ちかけた寺も飲み込んでしまった。
溢れる泥水は留まるところを知らず。
そのまま山の下の集落を飲み込むと、向かいの山肌に打ち寄せて跳ね返り
まちを洗っていった。
山の上に残ったのは白髯の老人ひとり。
濁流の軌跡を目で追ってはくつくつと、体をまるく曲げて哂った。
ひゅん
風が老人の首筋を通り抜けた。
どさり
老人はぎゃあの声も無く倒れた。
そしてその背後に佇む男。
彼が滅した老人は まぎれもなく神であった。
ちらりと男が後ろを振り返る。
ちいさなほこら
キイ・キイ・
外れかかった観音開きの扉が、半分開いたまま揺れていた。
老人は まぎれもなく神であった。
この山の、総じて神であった。
みすぼらしい衣。細く、しわしわに枯れた手足。
ヨボヨボと歩くその様は、まちのちょっと足腰の悪くなったじい様たちとなんら変わりなかった。
こ・れ・が 神であったのだ。
神のいなくなったこの山で、男は次なる神になれる資格も権利もあった。
生来持つその類稀なる力とその心によって。
しかし
男は山を下りた。
男は、神にはならなかった。
神の成れの果てをそのままに
男は、山を去った。
それから時が過ぎた。
何年も何年も。
忘れるくらいの時が過ぎて
その中でまた幾度もの濁流がまちを飲み込み、洗い流してしまったけれど。
それでも人々は生き続けた。
このまちで
わたしは 神になることができた
ただ
それをしなかったのは
とおりすぎるまち/神になることができた男
「あーっ、まほーつかいのにーちゃんだーーー!!」
「にーちゃーん!!魔法!!魔法見せて!!」
「んん、なんだ、おまえら元気じゃのう」
「ジジくせーぞ、にいちゃん!」
神になることができた男は いま
子どもたちに『まほうつかい』と呼ばれ 慕われている
子どもたちに囲まれるその男の両足は
しっかりと地に着いている。