ビードロを吹く女。
───かなしくないの?
不意に、聞いてみたくなった。
もぬけの空の午前中/ビードロを吹くおんな
図工の教科書は、うすっぺらくて全ページカラー。
でも、一ページが白黒の教科書より厚い。
なのでページをめくる音も厚い。
妙に厚くて、テカテカして、反射すると白くて見えないページをただ、べらべらとめくっていく。
『ビードロを吹く女』
版画絵。日本の。
たしかどこかの温泉に泊まったとき、これの複製を見たことがある。
薄暗い廊下に、照らし出されることなく飾ってあった。
ビードロを吹くおんな。
「───かなしくないの?」
声になっていたらしい。トモダチが、何が?と聞いてきたから。
『それで今日はビードロなのか』
「うん、そう。」
家、いま、居間。
ボクたちはトランプをしている。
ババヌキもジジヌキも、ふたりでは何のスリルもないが。
この落ち着いた雰囲気がよかった。
遊びに夢中になるわけでもなく、かと言って会話がメインになるわけでもないこの世界。
子どもでおとなびたボクと、大人でおとなびている彼──今日は『ビードロ』──にはちょうど好かった。
ビードロは手持ちの札を隠し持つトランプゲームが好きだという。
しかもそれは扇のように持つものに──今やってるゲームのようなね──限るのだという。
『こうやって、扇を持つように札を持って向かい合うのが、何か好いんだ』
二人ならなおさら、と彼は言う。
そしてそう言うとおりにボクらはいまトランプをしている。
それぞれに、札という名の扇を持って。
そのせいか、ビードロはなんだか嬉しそうだ。ボクも今日は気分がよかった。
「ひさしぶりに君に似合う名前を付けられたからね」
『ひさしぶりだったのか?』
ビードロが意外そうに顔を上げる。彼はボクが付ける名は、いつもボクが納得して付けていると思っている。
でも、それは大きなマチガイだ。
「そうだよ。いままで付けた名前の中でボクが納得して付けたものなんてそう無いよ」
いつもいつも言うけど、ホントに苦労してるんだよ。日の悪いときなんて、これで一日の脳みそを使い切ってしまうんだから。
それだけ、名前ってむずかしい。
一方的に名づけられる君にはきっと解らないだろうけど。
『ちなみにいくつあるんだ?』
ポンと浮かんだ興味の顔をそのままに、ビードロが訊いてくる。
「『ビードロ』も入れてみっつだね」
『あれだけ付けて、たったそれだけか!』
上がる驚嘆の声。今日のビードロは表情も感情も豊かかもしれない。
「エリー、カプセル、ビードロ。・・・あー、戦慄不敵もまあまあよかったかな」
最近気がついたのだが、意味を重視した名前はあまり好きではないと思う。
最初に意味を重視してしまうと、響きがついて来ないのだ。名を呼ぶ響きが悪い。
当て字のようにして名づけるよりも、既存の言葉で名づけた方が響きがいいことにようやく気がついた。
意味は後からついてくるものであって、本来重視すべきはその響き。
「ビードロ」
声に出す。消えていく、その響きをその余韻を。噛み締めるように味わった。
『?なんだ?』
正面に座る彼は呼ばれたものと思って声を返す。
なんだか可笑しい。
へへへと笑うと。
「あがり♪」
合札が山と積まれたその頂上に、最後の合札がぱさりと置かれた。
もぬけの空の午前中/ビードロを吹くおんな
かなしくないの、『女』と名づけられて。
あの後。
ビードロとは本当は「ポッペン」と言うもので、正月に福を招くために吹くものだと知った。
───意味は後からついてくるもの───