その日、ボクはビデオを見ていた。
もちろん、それは退屈な午前中のこと。
もぬけの空の午前中/ひそかに歩む(すすむ)時計の針
テレビの中を縦横無尽に駆けまわる、ルパン。
昨日の夜やってたのを撮っておいたんだ。
ルパンはときどき画面を飛び出していなくなる。
そして次の瞬間にはまたテレビの中。
飛び出した瞬間のルパンはきっと演技じゃない顔で笑ってる/哂ってると思った。
きっと、不敵だ。
きっと、戦慄してる。
きっと
ざぶとんをまるめてしがみつく。
抱きまくらみたいに。
すっかり興奮してしまって、なにかにしがみついてないと体が暴れ出しそうなんだ。
耐え切れなくなって、ざぶとんにしがみついてあぐらを掻いた状態で、ドンドン、と軽く跳びはねる。
新興宗教か、ヨガか。
どっちでもいいけど、ボクはトランス状態である。
イタコになれるかな
頭に血が上って、体にもいつも以上のスピードで血が回る感触。
手も足も、もう居ても立ってもいられなくなってきた。
たまらずボクは立ち上がり、テーブルのまわりをぐるぐると歩き始める。
たいまつ囲むインディアンのように
中世ヨーロッパの戦へとおもむく騎士のように
あるいは侍のように
踊ったり、闘ったり、居住まいを制してみたり。
ボクはひとりで複数の人物を演じ始める。
テレビも勝手に進んでる。
むこうが佳境ならこちらも佳境───ボクは張り合うように踊り、舞い、武闘する。
そこでボクは暗転する。
『──い、おい・・・・・』
「んあ?」
『気がついた』
がばりと起き上がる。彼がいた。
ビデオはとっくに終わっていて、テレビは事切れていた。
「・・・・気絶してた?」
人って、途中で気を失ってイキナリ目をさますと状況が理解できないっていうのが常みたくなってるけど、あれはウソだね。
事実、ボクはもう状況を了解している。
『ああ』
「どれくらい?」
『そんなに長くなかった』
「そ、」
いつもは動くことで興奮を発散して気を失わないようにしてるんだけど、今日は発散しきれなかったみたいだ。
『平気か』
「なんともないよ」
でも、今日の興奮はとても気分がよかった。
興奮、というよりは戦慄だったかもしれない。
あらぬ敵を想像して、ボクは不敵に笑って/哂っていた。
まだ頭のどこかで闘ってる音がして、ボクはふるふると頭を振って、こめかみを揉んだ。
『しかし今日のはすごい舞いようだったな』
眉をすこしひそめて彼が笑う。
「あー・・・すこし体がぽっかぽっかしてるしね・・・・」
『エアロビ並みだな』
今度は喉を引きつらせて笑った。
今日はどうしようかな
べつに『ルパン』でもいいんだけど
ある名前を使うのはなんだかなぁ
うん、やっぱり
「ね、今日の名前ね・・・・」
『ん、』
「『戦慄』と『不敵』と、どっちがいい?」
なんだかどちらも「なんだか」だな
溜め息を吐いてしばし思案した後。
『・・・・どっちかひとつなのか?』
「え?」
『ふたつあるのなら、ふたつ付ければいいだろう』
「・・・・・じゃあ好きなほうで呼べってこと?」
『そういうわけではないが。だが、ふたつ候補にあがったのならふたつ付ければいい』
べつに必ずひとつと決まっているわけではないからな
「はあ・・・・・」
今度はボクが溜め息を吐く番だった。
もぬけの空の午前中/ひそかに歩む(すすむ)時計の針
「うらっっ、センリツフテキ!!これから遊びに行くんだ、付き合え!!」
『名字・名前みたいな言い方だな』
「おまえがふたつあるならふたつ付けろってゆーからだろ!!」
『べつにふたつ使って呼べとは言ってないぞ』
「うっさい!!せっかく付けたんだから呼んどかないとソンだろ!!」
『・・・・そうか?』