何かやりたいのに、何もできないときがある。
うまくいかないのとは違う。
そんなときは何をやっても落ち着かない。
飽きてすぐ。
そんなときのボク。
もぬけの空の午前中/ボクがもぬけの空のとき
裏返しになったチラシが居間のテーブルの上に散々としている。
そのうちの一枚がケバ立った畳の上にするりと落ちた。
チラシの裏側には、実に抽象的な絵が出来上がっていた。
よく見ると、どれもこれも途中で線が在らぬ方へと伸びて、終いにはグシャグシャになっているものばかりだった。
ふすまは開け放たれ、廊下も階段も台所も丸見えの状態。
ここぞとばかりに空気が互いに触れ合っている。
昔、兄さんが寝てボクが寝て。そして今は誰も寝ない畳の間。ふすまを挟んで居間に隣接する畳の間だ。
もっとも、そこのふすまも今は開け放たれてとても広々としていたけれど。
そんな畳の間に、ボクは大の字で寝っ転がっていた。
右手にはカバーのはずれかかった電子ピアノ。
譜面台には色あせたバイエルが今にも落ちそうなバランスで乗っかっている。
左手には絵本が散乱していた。古いぬりえの本も。開きっぱなしのページは色がぬりかけだった。
そしてその更に向こうには両親の寝室―――青い配色のふすまを挟んで、やはりそこも畳の間だった。
日中なのに暗い/暗いのに青い
涼しくて、寒い。
他の部屋とは明らかに違う雰囲気。灰青(ほのあお)い濃霧の中の部屋。
ボクはいまだにそこにあるモノが何なのか知らない。
どうでもいいことなんだけどね。
ピアノの両側にある窓から入ってくる風は、悔しいほどに温かさを帯びていて気持ちがいいのに。
今のボクの心にはそれすらもイライラの募るモトだ。
頭の中は単語とも記号とも言えないものでグチャグチャで。
何もやりたいことが無くて空っぽなのに、手足は何かやりたくて堪らないと言わんばかりにウズウズしていて。
ほっとけば、勝手にどこかに行ってしまいそうだった。
うーっ、と唸り声を上げて手足をバタつかせる。
どうしよう。
どうしようどうしよう。
このやり場の無い溢れるパワーをどうしよう。
『 ひとまず俺の名前を決めるのに使ってくれないか。 』
・・・・・・黒い光を纏うピアノの長椅子に、光を一切纏わぬ黒い影。
昨日も初めまして。今日も初めまして。その前も。黒髪黒服黒目を称えるボクの溢れる思考の一部さん。
「 名前、ねえ・・・・・・ 」
それすらも今のボクには「やりたいこと」に足りえないらしい。
アタマの中が、灰色とも黒とも言えない色でどよどよしていた。
『 ・・・嫌ならいいぞ。 』
どうやら顔に出てたらしい。
こんな顔してるしな、と彼は口を真一文字に結んで眉間に皺を作って見せた。
ボクは苦笑いしながら、
「 ゴメン、嫌なワケじゃないんだけど―――― 」
寝っ転がったまま彼を視上げた。
視界の端/彼の背後で揺れるもの
大きな靴下から顔だけ出しているクマ。
いつだったかのクリスマスの時期に、父さんがどっかで買うか貰うかしてきたものだ。
靴下は袋状になっていて―――さしずめ、プレゼントを入れる為なんだろうけど。
あるべきクマの体は無い。
生首のクマ。
まるくて大きな目で、下にいるボクらを視ていた。窓辺でユラユラ揺れながら。
どこかで聞こえた羽音。
大きくもなければ小さくもない羽ばたき。
胡坐をかいていたボク。
落ちてきた、緑色の―――――――
「 葉羽(おちば)・・・ 」
『 何? 』
気づいたら、声に出してしまっていた。
いきなりの呟きに、彼はちょっと驚いた顔をした。
『 それが今日の名前か? 「落葉」が。 』
「 違う違う。葉っぱの『葉』に『羽』で『葉羽(おちば)』だよ。 」
腕を大きく振って勢いよく立ち上がりながらそう告げると彼は、葉羽はもっと驚いたようで。
『 随分と凝った名前だな・・・ 』
ボクは右手のひと差し指を立てると自分の頭を指して
「 イメージの賜物だよ。 」
得意げにニヤリと笑って見せると彼に踵を返した。
ああ、なんかやたらと気分が良い。
ボクの頭の中は先ほどと一変してスカッとしていて。
おそらくは、背後で鳩が豆鉄砲喰らったような顔を曝しているであろう葉羽を思い浮かべて、ボクはブッと吹き出した。
もぬけの空の午前中/ボクがもぬけの空のとき
やる気が無いわけじゃない。
何かやりたいのに、何をやってもしっくり来ない、違う気がする。
そんなとき。
そんなときは、そうだね。
とりあえず、今日の君の名前でも考えようか。