考えもなしに、さっき何かが通って行った廊下に面したふすまをすごい勢いで開けると。
ボクは一気に向かいにある階段を駆け上がっていった。
もぬけの空の午前中/午前と限らずいつもいる
二階にあがると物置をかねたような(ほんとは階段上がって右方向に物置がちゃんとあるんだけど)踊り場を通り抜ける。
正面の自室も隣の兄の部屋も開け放たれている。兄は春から他県の大学に通っているから、部屋の中は気持ちのいい簡素さに包まれている。
( どうせすぐ物置状態になるんだろうけどな )
ちらりと兄の部屋を視やる。何かが飛んだような、動いたような気がしたが意識を向けることはしなかった。
自室に入ると、何をするわけでもなく突っ立った。
急に立ち止まったものだから一瞬脳みそが意識と一緒に前方に飛ぶ感覚に襲われる。頭をぼうっとさせて、自分のものになるのを待った。
衣料箪笥の上に置いてあるオルゴールが何の前触れも無く鳴り出した。
ワンフレーズ行って、もう半分ほど行くと鳴り止んだ。
ふと自分の後ろ、開け放たれた自室の出入り口を視やった。
真っ黒い、長身の影/影ではない、男
『 ご機嫌斜めか? 』
男が口を開いた。でもその声は耳に届いているのか、頭に響いているのかわからないようなものだった。
「 そういうわけじゃない。ただ、ぼーっとしてただけ。」
いつものことだよ、と少し笑ったような顔で返してやった。
『 そうか。ならいい。』
男の目は真っ黒だった。
『 おい 』
「 ん? 」
髪も服も真っ黒だった。
『 今日の俺の名前はなんだ? 』
ん〜、っと右手の人差し指を立てて顎にあてると首を軽くひねった。
こういうわざとらしいそぶりをするときって、実はもうボクの考えはできあがってるんだけどな。
わざとらしく手をぽんっと打ち合わせると、男に向かってボクは言った。
「 エリー 」
立てていた右手の人差し指をくいっと反転させて男、ううん、エリーに向けたのも同時だった。
『 意味はあるのか? 』
エリーが尋ねた。
「 ん? 特に無いよ。前読んでたマンガに出てきた悪役の愛称が妙に気に入ったから。」
エリー、っていう響もいいしね♪ 右手を上にあげ、腰に左手をあててビシッとポーズを取って見せるとエリーの目がふっと笑ったような気がした。
『 そうか。ならいい。』
名前に意味があっても、いいって言うくせにね。
階段下の玄関がガラリと開く音がして、ただいまーと女の声がした。
(「あ、母さん帰ってきたからまたあとでね、エリー。」)
(『 ああ 』)
階段を下りるとき、一瞬、エリーを振り返った。
目も、髪も、服も真っ黒なエリー。
ただ、その肌だけが図工室に置いてある石膏像のように真っ白だった。
もぬけの空の午前中/午前と限らずいつもいる
それが、ボクの異常なまでの思考力が生み出したあの真っ黒な男。
今日の彼の名は、『 エリー 』。