真夜中のさびしい車さ。
詩人だねぇ。
とおりすぎるまち/まよなかのさびしいくるま
柳の巨木のあしもと控える時計屋さん。
柳の巨木は夜の闇ではまるでおおきな森の影。
ダン・ダン・ダン。
ダン・ダン・ダン。
・・・・・エリー・・・・エリー・・・・・・
ガラガラガラ。
「なんだ」
「宿直の先生にとっとと帰れって学校追い出された」
開いたのは玄関ではない。
二階の窓から黒いシルエット。
夜の闇よりも森の影よりも黒かった。
男が呼びかけていたのは玄関ではない。
二階の窓を見上げる白い影。
夜の闇にも森の影にも解さなかった。
「それで」
「居るとこ貸して」
カラカラカラ・・・・・タン。
黒いシルエットがいなくなり、そうして窓は沈黙する。
白い影が白い尾を引いて店の脇にまわる。
闇にも鈍いアルミのようなドアノブをチャッとまわして戸を開ける。
そこには七十センチ四方の、人ひとりが立ったままでやっと入れるだけの空間しかなかった。
明かりもない。
天井は高いのか、闇に潜んでしまって確認することはできない。
バタン。
中に入り、戸を閉める。
弱光さえも遮断され、本物の闇となる。
柳の巨木がおおきな森の影になるのは、月がうしろを照らしているからだ。
ふいにそんなことが思い浮かんだ。
だがたとえ事実そうだったとしても、それを理解したところで誰に言っても伝わらないと思った。
この閉鎖空間は居心地がよかった。
この時計屋ができてからぐうぜん見つけてそれからしばしば。
しばしば自分から捕虜になる。
おもしろいことに、ここの戸は夜に一度入ると朝になるまで開かない。
だが、あした朝が来るという保障はどこにもない。
きょうの夜があしたの朝あけるという保障もない。
十日後かもしれないし、九年後かもしれない。
立っているのに疲れて壁に寄りかかる。
そしてそのまま壁をすべるようにして、すとん、と座った。
こうすればこの空間でも座ることは可能なのだ。
ズン・ズン・ドン、ズン・ダッ・・・・・
時計屋のまえの通りを、カー・ステレオの音量を全開にした車がレーシング・カー並みの速さで通過していったらしい。
「うるせぇな・・・・・」
遠くから聞こえたように感じたのに、なぜかそう呟いていた。
それに対して、不機嫌になった、わけではないのに。
『真夜中のさびしい車さ』
突然てんじょうの闇からエリーが降ってくる。
いや、エリーのこえが、だ。
「詩人だねぇ・・・・・」
さびしいくるま。
確かにそうかも。
あたりはシンと静まり返っているのに、大音量で突き進むくるま。
それも夜の闇の中を。
そんなくるまの中に、運転手ひとり。
いや、ふたり。さんにん、よにん・・・・・
いずれにしろ増えた分だけさびしさが増すような気がした。
とおりすぎるまち/まよなかのさびしいくるま
次の日、ちゃんと明日に朝が来て。
「きょうの夜」は「きのうの夜」になって。
「あしたの朝」は「きょうの朝」になった。
そんなわけで、今日もおれは白衣をはおって『白雨(ゆうだち)』になる。