なんだか着々と
人間は独りになっていく気がするんだ
それでも、
それでも、人間を信じとけよ。
もぬけの空の午前中/焼き付いてゆく夏
「・・・・あっちぃなー・・・・・」
容赦なく照りつける夏の日差しに、グリルで焼かれる魚の気持ちを今更ながらに知る。
お盆シーズンの二週間。
俺は実家に寄生、いや帰省してる。
あまり知られていないが日本最大の盆地らしい故郷の暑さは半端じゃない。
田舎は涼しい、なんて固定観念は早々に捨てろと都会のヤツらに宣言したいほどだ。
そしてこのクソ蒸し熱い中。
肩にかけてもまだ溢れるほどの、真っ白い百合の花束を抱えて、俺は歩いている。
───百合の花って、現物で見る方が胡散臭ぇのな。
白い紙で包装された、白百合の束を見て素直にそう思った。
写真に写ってる方が現物よりもずっと生き生きしてるっていうのは、カメラマンの腕がいいからなんだろうか?
のったりゆったり、白い石段を上がってゆく。
まわりに立ち並ぶのは見慣れた日本のそれではない真っ白な墓石。
あまりにも景色から浮いた白が、百合の花の胡散臭さとよく似ていた。
おまけに酷く脆そうな印象を受ける。
ちょっと土埃を被っただけで、ボロボロと崩れていってしまいそうだ。
ちらりと視線を横に向ければドンピシャで崩れかかった白い墓石が飛び込んできた。
草ボーボーの緑の中に、白い破片が浮いて見えた。
・・・字ィ、描けるかなー・・・・・
ふとそんなことを思った。
朽ち落ちた白い欠片が、どこか粉っぽく見えたからかもしれない。
墓石の欠片を見てそんなことを思うのは、不謹慎だろうか。
・・・描けそうに見える方が悪い・・・・
きっとガキの頃なら誰もがやったであろう子どもの遊び。
白い石と、描けるかどうかは同義だ。
エガミがここに居たら、きっとアイツだってあれを見てそう考えただろうし、そう言ったかも知れない。
そして俺はそれに『あーホントだ、描けそう』とでも返したんだろう。
ただ、アイツが居ないから俺が考える破目になっただけで。
おんなじように真っ白い墓の間を、のらりくらり歩いてゆく。
アイツの墓を見つけられる気がしない。
というか通り過ぎたかもしれない。
朽ちてようが新しかろうが、馴染みの薄い白い墓はどれも同じに見える。
「っと、」
いきなり見つかった。
やっぱり気づけなくて一歩通り過ぎてしまった。
でも良かった。
一歩戻るだけで、俺はエガミの墓の前に辿り着けた。
じーわじーわじーわ・・・・ ・・・ ジ〜〜〜〜〜・・・・・・
・・・・・・。
えー、っと。
何、したらいいんだろう。
どう、したらいいんだろう。
何故だか拍子抜けしてしまって、その場に突っ立ったまんま途方に暮れた。
見慣れた真っ黒な墓石なら、掃除したり水をやったりするのだけれど。
あまりにも白すぎるこの墓石は、水なんか掛けたら掛けた端から崩れていってしまいそうだ。
「なんだか、なぁ・・・・」
頭の後ろに手を回す。
「似合うっちゃあ、似合うけど」
まわりに在る墓とおんなじ、真っ白な、墓。
「ま、お前もヒョロかったしなぁ」
でも、こんなに浮いた、焼き付けるように強烈な白は似合わないと思った。
居心地悪いよ、これじゃあ。俺もお前も。
だからここの墓地は誰も居ないのかと思う。
自分以外、本当に誰もいない。
一人くらい居たっていいだろうにと思う。
お盆なのだし。(いやここでは関係ないか?)
うん、そう。せめてコイツくらい。
サーッと、丘の涼しい風が吹いてきて、手元で何かがカサカサ鳴った。
あ、そうだ。花だ。
そこで俺は手に握っていた嘘臭い百合の花束のことを思い出した。
「・・・花生けって、無いのな」
しょうがないのでそのまま墓石の上に置く。ガサリ。
この炎天下じゃあ、すぐにでも萎れてしまうだろう。
気の利かない墓だ、と胸の内で毒づく。
花を供えてしまうとまたやることが無くなった。また突っ立つ。
でもこの炎天下の中、いつまでも突っ立て居るわけにもいかなかった。
だいいち、ここには誰も居ない。
じーわじーわじーわ・・・・・・・
俺は突然ガバッとしゃがみ込むと、顔の前で両の手を併せた。
パンッ
併せた手と手が音を立てて弾けた。
もぬけの空の午前中/焼き付いてゆく夏
「あ〜・・・墓で拝む時は手を鳴らしちゃいけないんだっけ・・・・?」
来る時に上ってきた白い石段を、ダルそうに下りながら呟いた。
たん・たん・ガクン
たん・たん・ガクン
何処のどんな階段でも、下る時は一定のリズムが付くもんだと思う。
「ま、いっか・・・・」
それも愛嬌ってことで。勘弁してもらおう。
タシ、タシ、とサンダルの裏が乾いた音を立てる。
「まあ、アレだよな」
立ち止まると、今し方下りて来た石段の道を振り仰いだ。
「さよならの意味を知るには、俺たちは若すぎたってことで」
大学入って二十歳過ぎて、建前は成人だけど。
しょせん建前は建前でしかない。
だって俺大人になった、なんて思えるところ一個も無いよ。
今でもずっと。
だから、今は『またな』って思っとく。
最後は結局さよならなんだろうけど。
けっきょく、独りになってくんだろうけど。
それでも、まだ。
「なんか信じてたいしー」
何なのかはよく解からないけれど、それでもなんか信じてたい。
それはきっといつか一掃されるもの。
たとえば、思いとか。
たとえば、ヒトそのものだとか。
でも『若いから』と許されるうちは。
でも、できればこれからもずっと。
信じてたい、何か。
「さぁーて、もう一箇所行かなきゃな」
うーん、と声を上げて、腕を伸ばした。
その先の空は、夏だった。