苔生した石畳の上をゆっくり歩いていく。
お盆の墓場は、至極賑やかだ。
のらりくらりと歩いてくる俺の姿を見つけて、弟が笑った。
もぬけの空の午前中/真夏の落日
ウチはいつも母親のパートが終わってから墓参りに行くせいか、盆の墓参りはいつも黄昏時だ。
弟は墓参りが大好きで、笑顔が絶えない。
帰って来た気分になるんだそうだ。何故かは知らないが。
そういえば、墓参りにはいつも父親の運転する車で行くのだが、
そのときだけは必ず引っかかるはずの赤信号が青になっていてスムーズに行ける。
早く来い、と墓の主が呼んでるんだろうか。
それが墓参りに、なのか墓の内に、なのかは知らないが。
ウチの墓には土台しかない。墓石は無い。
眠っているのが、俺たちが見たことも無い兄貴だからだ。
生まれてほとんどすぐに亡くなった。
会ったことも無い兄弟。だがその割りに、俺たちはこの兄貴が好きだ。
生きていればもう30代の兄貴の墓の前には、子供用のお菓子や食玩が山と並ぶ。
父親が小さなジュースの缶を開けて、一口飲む。
それを見て弟がボクもボクもと強請る。
墓に供える分が無くなるんじゃないかとハラハラする母親。いつもの恒例行事。
それからそれぞれに手を合わせて拝み、寺の本堂に行く。
墓参りに行くまではお菓子や食玩を選んだり、
どれを墓場に持っていってどれを仏壇に供えるか選別したりと盛り上がるのに、来てしまえばあっという間だ。長居はしない。
またね、と言い残して俺らは帰る。
帰り道の途中、片田舎なこの周辺では未だにあちこちで迎え火が立ち昇る。
大学に行くようになってからは、俺が実家に帰るのは年に二回、夏と冬だけになった。
くたびれ切った畳が、汗ばんだ足の裏に懐かしい。
『おかえり』
名前も定まらない、黒い男が出迎える。
「ただいまー。『迎え火』」
「今日の名前はそれか?」
『ああ』
母親は買ってきた寿司を広げる為台所へ、父親は仏壇に蝋燭を灯しに。
俺と弟が畳に腰を下ろし、今日は迎え火に話しかける。
「迎え火なら外に立ってなきゃダメだろ」
『? 何故だ?』
「にいさんはまたそんなこと言って」
『どういうことだ?迎え火は外に立ってなくてはいけないのか?』
そういうことじゃなくてねー。弟は要領を得ていない『迎え火』にその意味を説明する。
この男も随分人間らしくなった。
所作や的外れなところなどその他もろもろは変わらないが。
存在するようになった、と言うのが正しいかもしれない。
存在するようになった。
そう言う俺や弟は存在できているだろうかと俺はふと不安になる。
弟はいま入院中で、盆が明けたらまた病院に戻るんだそうだ。
夏の病院は暑いのに妙に涼しくて嫌だと弟は漏らす。
俺は俺で、盆が明けたらまたあの退廃的な街へと戻る。
もぬけの空の午前中/真夏の落日
『迎え火というのはつまり死者を迎えるための灯火か』
「うん。まあそんなとこ」
「盆に迎え火って名前をつけたんなら送り盆になったら送り火だな」
『送る火もあるのか』
「そりゃ死んだ人間をいつまでも迎えてちゃダメだろ」
『そうなのか?』
「そういえば誰が決めたんだろうね」
「ん?」
「死んだ人間を迎えたら帰す、なんてさ」
��へ/つづき
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08.02.09.TOWEL・M