彼が私のところに来て二週間ほど経ったある日のこと。
浜辺に、大量の白骨が打ちあがった。
その日の朝。
いつもどおり起きて
いつもどおりワトソンを起こし
いつもどおり二人で朝食を取っていた。
そこに、村の漁師が血相を変えて転がり込んできた。
どうしたのか、何かあったのかと尋ねても、ただひたすらに震える顎を動かし
「ほね、骨、」と言うばかりである。
漁師が転がり込んできたのだから、何かあったとしたらそれは浜でだろうと思い、一人家を出て浜に向かった。
背後から「待って」と言うワトソンの声が聞こえたが振り返ることはしなかった。
そこで私を待っていたのはいつもの浜辺
ただ、砂浜が果てしなく白く、遥かに広がっていた。
それはまず畏怖すべき光景であったのだろうけど、私は思わず「美しい」と呟いていた。
いつもの浜辺を埋め尽くしていたのは砂ではなく白骨の残骸。
原形をとどめず、粉々に砕けてしまっているもの。
崩れかかった頭蓋骨の一部。
丈夫で太い腕の骨か───
それらは皆、男性の骨だろうということは察しがついた。
これは人魚の仕業だ。
海からその美貌を以ってして男を誘い、そして余すとこなく喰らい尽くしたのだ。
───それにしても今回は規模が大きいな。
海岸線にそって、白骨の砂浜は延々と続いている。
いったいどれだけの舟を襲えばこれだけの人間を喰らい尽くせるというのか。
騒ぎを聞きつけて、ザワザワと浜に人が集まり始める。
皆、一様に眼前に広がる光景に声も出ず、その顔を恐怖に歪めている。
そのなかに。
ただ茫然と浜を眺める男がひとり、ぽつねんと。
「ワトソン───・・・」
その瞳はどこか懐かしそうな、だがどうにもならない哀しみを宿しているように見えた。
骨の回収は村の連中にまかせて、私はワトソンを連れて家に戻ることにした。
家へと帰る途中、ふたりとも一言も口をきかなかった。
あの浜の状況は人魚の仕業としか思えないものだが、すべての人魚が人間を食い物とする恐ろしいものではないと知っている私は
彼を罵ることなどできないし、また慰めの言葉をかけようにも、人間の私が人魚である彼にかけられる言葉なんて無いように思われた。
後ろを歩くワトソンの表情を盗み見る。
視線は横に広がる海に注がれ──その横顔は何か、想いを馳せているだった。
「ごめん。」
不意にワトソンの口からそんな言葉が漏れた。
私は足を止めてワトソンを振り返った。
心ここにあらずな様子だったので独り言かとも思ったが、ワトソンはまた、「ごめん」と呟いた。
相変わらず視線は海に向けたままで。
「・・・・何故謝るんだい?」
私の言葉にようやくワトソンは視線を海から外してこちらを見た。
「・・・・ぼく、あのときちょっと不謹慎だったから。」
言っている意味がつかめず、彼の言葉を待った。
彼はまた馳せるような眼差しを───さっき浜で見た懐かしさと哀しさを含んだ目で、海へと向けた。
「あの白骨の浜を見たとき──自分が生まれたところを思い出してた。
白い砂浜の広がる、人間も知らない、人魚が生まれた海の───・・・」
そしたら、目の前に広がる光景がなんだかとても懐かしく思えちゃってね。
そう言って彼はちろりと舌を出して苦笑いをした。
そして、囁くように謳い出した。
わたしは 海の女神の化身
月の光に誘われて 海の水面(みなも)から生まれたの
夜なら満月 岩島に腰かけて
昼なら青空 白い白い砂の上
まだ見ぬあなた 銀の舟で迎えにきて
わたしは ここに
ここに いるのだから
思わず聞き惚れていた。
こんな歌を美しい声で謳われたら、船上の男たちが自ら海へと飛び込んでいってしまうのが解る気がした。
人を喰らう人魚たちも、以前は人知れぬ浜でこの歌を謳って過ごしていたのだろう。
「・・・・君の郷愁を不謹慎と言うのなら、僕はさっき、もっと不謹慎だったよ。」
ワトソンがきょとんとした顔で首をかしげる。
「白骨で埋め尽くされた砂浜を見て、美しいと呟いてしまったんだからね。」
にっこり笑って告げれば、ワトソンは目が点になっている。
そんなワトソンを置いて先に歩き出すと、
「・・・それはほんっとーに不謹慎だよホームズ・・・・・」
呆れたような声が聞こえてきて、それからまた囁くような歌が流れ出した。
わたしは 海の女神の化身
月の光に誘われて 海の水面(みなも)から生まれたの
夜なら満月 岩島に腰かけて
昼なら青空 白い白い砂の上
まだ見ぬあなた 銀の舟で迎えにきて
わたしは ここに
ここに いるのだから
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歌謳わせちゃったよワトソンに。^^
テキトーに考えた歌ですが(笑)
しかしなかなか話が進まない・・・・(涙)
白い骨で埋まる砂浜・・・なかなかキレイなんじゃ?とか思った水仙はもっと不謹慎です(滅★)