兄いわく。
アパートのベランダに、女がいるそうだ。
もぬけの空の午前中/風に揺れる白いワンピース
兄は大学生。
北の都会の大学に通っている。
六畳一間のアパートで一人暮らし。
その部屋には何故か無駄に一畳弱くらいのベランダがついている。
その一畳分を室内に回せ
兄はいつもそう言っている───
ボクもちょっとおかしいけれど、兄もちょっとおかしい。
妖怪・幽霊の類を、兄は全然信じない。
なのに、ホラードラマ『如何にも奇妙な物語』は大好きで、きっちりビデオに撮って見る。
それに兄もボクほどではないにしろ、ちょくちょく見えないものを視る。
なのに兄は、それを『見えないもの』とは認めない。
兄いわく、「自分に見えているのに見えないものとするのはおかしい」のだそうだ。
ボクの兄はなんとも合理的で、なんとも自己完結的な人だ。
ある日、兄から電話があった。
「元気か」
「うん」
「学校。休まないで行ってるか」
「うん。今のところ欠席なし。遅刻も。」
「おお、すごいな」
「うん」
これはボクと兄のいつもの会話。
兄の質問はいつも直喩的なのに遠まわしだ。
病気してないか、の一言で済ませられることなのに、ね。
「にいさん。にいさん。」
「ん、」
「大学って楽しい?ひとりって大変?」
「大学はな、自分で時間割を作って、毎日掲示板を確認しなきゃならないんだ。」
「へぇ。」
「うっかりするとテストが受けられなかったりとかな。」
「へぇ〜えええ。」
この感嘆には驚きも混じってる。
高校生活だって想像できないのに、大学生活なんて、ボクには夢の向こうの遠い未来だ。まだ。
「一人暮らしは、べつになんともない。気楽だ。」
「ふぅん。」
ひとりって大変そうだけど。そうでもないのかな。でもやっぱり大変そう。
受話器の向こうからは兄の声以外は聞こえてこない。
「そっちって、どんなかんじなの?」
なにを尋ねたいのか、ちょっとわからない質問だったかもしれない。
でも、兄いわく。
「こっちか。ベランダで、女が揺れてる。」
風に揺れる干した洗濯物みたいに。
兄はそう付け加えた。
「女?」
「女。」
問いは簡潔。答えも完結。
「知ってるひと?」
「知らない人。」
兄の声が笑ってる。楽しそうな声だ。
たぶん、この問答が楽しいんだ。
「なにそれ。」
「さあ?」
兄の『さあ?』はいつも語尾が上がり調子なので、知っててわざとそう言ってるように聞こえる。
実際、兄と話すときも、兄の顔はいつも笑っているので嘘かホントかわからない。
「どんな格好?どんなひと?」
「ボロボロの白いワンピースで、全身真っ白で、ぼさぼさの長くて白い髪の人。」
そんで、風が吹いててもいなくても、晴れてても雨でもいっつも揺れてるんだ。
兄いわく。
「まるでその人のところにだけ、ゆっくり風が吹いてるみたいに。」
なびいてるんだ。
それ以上の情報はとくに無く。
「Fax送るから。」と言われて受話器を置くと、『送って欲しいものリスト』と銘打ったFaxが、ズー、ズー、と送られてきた。
〜*
『送って欲しいものリスト』
米
缶詰
レトルト食品
野菜
お菓子など(チョコとか)
*〜
兄いわく。
アパートのベランダに、女がいるそうだ。
もぬけの空の午前中/風に揺れる白いワンピース
ボクもちょっとおかしいけれど。
兄の方も、ちょっとおかしい。
つづき
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