顔見知りの殺人鬼がいる。

普通の連中が聞いたら、それはそれは怪訝な顔をすることだろう。

何言ってんだ?頭オカシイんじゃねぇか?、と。

だが。

「へぇ、何処の人なの?おんなじロンドン?」

そんな普通をぶち壊してくれる存在が。

いま、オレの手元にいる。

 

 

ハルヒ。

 

 

 

殺人狂、血肉を求めて夜な夜な街を彷徨うオレ。

それも、娼婦だけ。

穢れた淫猥なその体を、両腕に抱いた月を以って清めて。

鉄臭い血の匂い。

十の小さな月を以って丁寧に丁寧に肉を裂く。

切り裂きジャックとして名が世に広まる前も、同じことをしていた。

もう、ずっとずっと。

柔らかな肉塊のぬくもりと瑞々しい血の匂い無くしてはいられなくなっていた。

それは麻薬の如くやさしくオレの心をくすぐった。

もっともっと、過激なスリルが欲しくて。

わざと人目の付く路地で『仕事』をやった。

仕事の後、いまだ興奮冷めやらぬままに手紙を書いた。

「いっしょにあそぼう」、と。

かくして『切り裂きジャック』の名は一気に広まり、人々が恐怖した。

なのに。

 

なのに、その切り裂きジャックの犯行はここのところトンとご無沙汰だ。

それはたった一人の異国の少女の出現によるのだと、誰が知りえただろうか?

 

その少女は長い黒髪を持ち

その少女は水を打ったような黒い瞳で

その少女は故郷の民族衣装に身を包み

その存在は、霧の晴れたロンドンの空の下においても、どこか幻のように霞んで見えた。

 

名前を、ハルヒといった。

 

東洋の目を引く格好をしながらにしてその存在を認識させないようなその姿に

ひどく、惹かれたのだと思う。

 

一人でいる時間が減った

気まぐれに相手をしていてやったガキどもと過ごす時間が増えていった

その目の前には隣には

振り返れば。

淡く霞んだ、遠い東の島国の春の花が咲いていた。

 

いつのまにか、オレは血の匂いも肉塊のぬくもりも求めなくなっていた。

 

どれぐらいの日々が、穏やかに過ぎていったのか。

オレの中の、俺自身も持て余していたドロドロとした感情はハルヒの出現で宥められていくようだった。

血肉の渇望から徐々に抜け出しつつあった頃。

フランスから赤インクで封をされた手紙が届いた。

 

 

「───・・・ハルヒ────」

「ん?なに??」

「オレ、今夜はちょっと出てくるわ。メシもいい。」

体が強ばるのは、何故だろう。

慣れているはずなのに。

「ん、いいけど。誰かと会うの?」

反射的にギクリとしてしまう。

ハルヒもオレ宛に手紙が来たのを知っているから、当然の切り返しなんだろうけど。

「ん、まぁ・・・顔見知りの殺人鬼、てとこかな。」

「へぇ、何処の人なの?おんなじロンドン?」

ゴン。

オレは思わず床とご対面してしまった。

「やだ、コールズ。具合悪いなら外でじゃなくてここで会うようにしてもらったら?」

ハルヒはオレが眩暈か何かで倒れたと思っているらしいが・・・違う。違う、そうじゃないんだ、ハルヒ。

「いや・・・ダイジョウブ、だ・・・・。」

と、いうかオレの『顔見知りの殺人鬼』発言に対する切り返しのピックアップはその言葉でいいのか。

「で、何処の人?」

まだ言うか。

オレはふかーい溜め息を吐いてから答えた。

「・・・・フランスだ」

「ふーん、じゃあきっと明るい人だね。」

「は?」

フランスから何故『明るい人』が連想されるのか。

なんとなく予感のようなものを感じながらも、なんでだとハルヒに尋ねる。

「だって、なんかフランスってキレイな花がいっぱい咲いてそうじゃん。あとパンも美味しそう♪」

それだけか。

それだけのイメージで『明るい人』なのか。

しかも『パンが美味そう』ってのは関係無いような気がする。

言いたいことも訂正したい箇所も突っ込みたいのも山々だが、そろそろ時間が迫っている。

「そうか、そうだな。んじゃ、オレそろそろ行って来るから。」

立ち上がると踵を返し、肩越しにひらりと手を振った。

しかし次の瞬間、背後から掛けられた言葉に息を呑むことになる。

 

「きっと青が似合うトモダチなんだろーね。」

 

オレは一瞬凍りついて動けなかった。

「・・・・なんで?」

振り返ることなく理由を尋ねる。

「え?だって。」

僅かに首を動かして、ギリギリの視界で彼女を捕らえる。

「だって、コールズは赤いじゃない。」

がくん。

今度は膝から折れてそのまま崩れた。

「いやだ、ほんとに大丈夫?コールズ。」

ああ、一瞬でも「まさか」とか思った自分が馬鹿だった・・・

というか、もう本気で自分を呪いたい気分になった。

よろよろと立ち上がったオレは、ハルヒに大丈夫と言い置いてロンドンの街へと駆け出した。

 

夕闇が刻一刻と姿を変えてゆく。

優しく甘く、闇がロンドンの空を覆い始めていた。

 

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