鏡の中のわたしの世界。

ホームズのいる本当の世界とは全てが左右対称な世界。

この世界にはわたししか存在しない。

前の持ち主も。

その前の持ち主も。

通りに蠢く雑踏の人々も───

所詮、鏡の中では輪郭のみが存在する灰色の影でしかない。

鏡から歩み出て、そちらの世界に行かない限り。

しかし出たとしても今度はわたしが見えぬ影となり。

ちょっとしたことで恐怖され。

様々な持ち主と店との間を往復してきた。

店に飾られている間、わたしは常に鏡の中。

 

だって気味悪がられて捨てられたら困るから。

 

周りはすべて影のみが蠢く鏡の中。

わたしは、独りきりだった───

 

 

 

〜虚構の恋人〜・��

 

 

 

最初の頃。

ホームズは依頼人が来るとわたしに鏡に入っているようにと言っていた。

わたしもその意味はよく分かっていたから。

おとなしく鏡の中に戻って、鏡に映らないようにしていた。

そんなときは大概、掛かっている鏡の真下の壁に寄りかかるようにして座っていた。

ここなら絶対に映ることはないし、邪魔をする心配もなかったから。

椅子にはホームズのうすぼんやりとした影。向かいには依頼人だろう影がゆらゆらと見えて。

この鏡の世界にとって、わたしにとって、現実が虚構。

すべてが陽炎のように、曖昧に揺らいでいた。

鏡の中では、『外(ホームズのいる世界)』の会話も聞こえなかった。

正確には、聞こえないのではなく───何か、記号めいた別の言葉になってしまって、全く内容が理解できなくなってしまうのだ。

人類が聞く異星人の会話とはこんな風なものだろうかと思うほどに。

漂う影/飛び交う記号

向こうの世界に飛び出して行きたい衝動を必死に抑えて。

部屋の片隅で、わたしは膝を抱えて小さくなっていた。

 

ああ、はやく───・・・・・・・

 

声にも出すことを許されない。

ちっぽけな願いを。

心の中で唱えながら。

 

 

 

そんなある日。

いつものように依頼人が来て、わたしは鏡の中に入った。

普段、ホームズは依頼人から話を訊くと依頼人を帰し、わたしは出てこられる。

だが、その日は違った。

依頼人から話を訊き終えるとホームズはすぐさま立ち上がり、依頼人と共に出かけて行ってしまった。

部屋を出る間際、こちらを振り向いてホームズは何か言ってよこしてくれたが、あいにく鏡の中だ。何も聞こえなかった。

誰も居なくなった部屋に、ふらりと出る。

依頼の内容なんてテンで知らない私は、ホームズの後も付いていけない。

一番初め、出かけたホームズにこっそり付いていったことはあるが、彼の鋭さゆえに気づかれてしまった。

一緒に連れて行ってもらえたこともあったが、今度は大人しく待っていた方がいいだろう。

誰もいない部屋を見渡して、わたしは深く溜め息を吐いた。

・・・・・・鏡に戻っていよう。

誰もいない世界なら、鏡も現実も同じ。

なんだかひどく空っぽになってしまった胸を抱えて、またひっそりと鏡の中に戻った。

 

ホームズ・・・はやく帰って来ないかな・・・・・・。

 

いつものように鏡の下で膝を抱えて座っていた。

窓の外から聞こえてくる記号の不協和音が嫌で耳を塞いだ。

たった独りの虚構の世界で。

ただ、ひたすら耐えていた。

 

 

 

・・・ッ

・・・・・!

・・・・、・・・・・・!!

 

『 ・・・・・・? 』

いつのまにか眠ってしまっていたらしい。

室内が薄い暗闇に包まれている。

 

・・・・・!

・・・・、・・・・・・!!

・・・・・?!・・・・ッ・・・・

 

なんだろう。さっきから、聞き慣れた音がうるさい。

同じ記号が繰り返し叫ばれる。

・・・・・・まるで、呼ぶように。

まだ夢うつつで頭がぼんやりしていたわたしは、激しく鏡が揺れる音で飛び起きた。

背後にある鏡を振り仰げば必死の形相で鏡を叩き、呼びかけるホームズの姿があった。

『 ・・・ホームズ・・・・・・? 』

呆けた声でも、彼にはちゃんと聞こえていたようで。

焦燥な様子が一瞬、ほっと緩んだ。

わたしはのろのろと立ち上がり、鏡から出た。

「 ああ、良かったよ。何度呼んでも返事がないし、部屋にも居なかったから。」

鏡の中に居たのだね、と深く息を吐きながら言う彼を見て。

『 ・・・ホームズ・・・・・・ 』

わたしのどこかで、何かが壊れる音がした。

何かが滝のように溢れてくるイメージが頭をよぎって・・・と思ったら目から涙が溢れていた。

『 ・・・ッ、ホームズ───ッ・・・!! 』

ホームズの胸に飛びついて、わあわあ泣いた。

「 ッ?!、ワトソン??! 」

慌てるホームズの姿はこのときが初めてだったが、じっくり見る余裕はなかった。

彼の胸の中で泣きながら、鏡の中の世界のことをうわ言のように告げ続けた。

 

漂う影、飛び交う記号音、独りきり────

 

驚きに目を見開きながらも、彼はちゃんと聞いていてくれた。

そうして、触れられないわたしを頭からすっぽり包み込むとでもいうように腕を回した。

また涙が溢れてくる。

わたしは彼に触れることができても、彼はわたしに触れることはできない。

 

彼の優しい腕と再び思い知った現実の悲しさに。

 

泣いて泣いて、泣きつかれて彼に縋りついたまま眠ってしまうまで泣いていた。

 

 

 

その事があってからというもの、ホームズは依頼人が来てもわたしに鏡に戻るようには言わなかった。

むしろソファーに座ってわたしにも依頼の内容を聞いていて欲しいと言われた。

ホームズの事件にしょっちゅう付いて回るようになったのはその頃からで。

いまではもう、そのソファーがわたしの指定席ということになっている。

 

 

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消化不良。。。

ダメじゃん。全然ダメダメじゃん。。。

あー・・・でも勘弁して。

今回のお話はすごく難産だったんだよぅ(><)

ワト視点の今回。

独り淋しくポツネンと先生の帰りを待つドクターを想像(妄想)していただけたら嬉。

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