記憶も視界も、すべては薄暗い闇の中。

上下・左右から至極ひんやりとした風がわたしの体をすり抜けていく。

辺りは異様なまでの乾燥に包まれて。

わたしは独り。

血の海に浮かんでいた。

 

〜この手にもう一度24時間瞬ける星を・�機�

 

天気の良い、快晴とも言える午後。

「 ホームズ!!君はまたそんなものを・・・!! 」

陽気な空模様とは打って変わって221Bの部屋の空気は険悪だった。

「 ・・・また僕に説教かい?この僕に。何度も言うけれど、コレは僕の脳の活性剤なのだよ。 」

ふう、とホームズが溜め息を吐いて軽く払うように手を振る。ほっといてくれと言わんばかりに。

「 ・・・!!、体に悪いものなんだよ?!内からボロボロになってしまうのに・・・!! 」

泣きそうな、悲痛な親友の叫びも何処吹く風の名探偵は悠々と椅子に座り構えている。

この嵐の発端は言うまでもなくホームズの薬癖だ。

ここ一ヶ月ほどまともな事件もなく、退屈を自覚してしまったホームズはコカインに手を出した。

その現場を運悪くワトソンに見つかって今に至る。

この話は何度となくあったこと。平行線をたどるのは明らか。

無駄な口論に区切りを。

「 僕がどうなろうと君には関係ないだろう。 」

付けたのは、やはりというか、ホームズの方だった。

ぴたりと止まる心配という名の悲鳴。

大きく見開かれた、柔らかい、茶水晶の瞳は。

水面(みなも)のごとく光り、揺れていた。

ワトソンがホームズに背を向け、歩き出す。

歩き様にコートを剥ぐように取ると。

勢いよく部屋の扉を開け、出て行った。

・・・ぱたり

出て行く勢いと裏腹に、閉じられる扉は実に静かなものだった。

「 ・・・本音では、ない・・・のだけれど、ね・・・ 」

時々、この偏屈な自分の性格が堪らなく嫌になるときがある。

わかっている。

彼がどんなに自分を心配してくれているのか。

想ってくれているのか。

それなのに、自分ときたら。

素直じゃないのが災いして、彼を困らせ、悲しませる。

それはちっとも自分の本心には当てはまらないのに―――

「 帰ってきたら―――まず、謝らないといけないな・・・ 」

苦笑を漏らして、そう呟いた。

この時はまだ。

この時はまだ、それが叶えられないこととも知らずに。

 

下宿を出てきたわたしは、ぼんやりと前を見ながら歩いていた。

胸に穴でも開いてるんじゃないだろうかと思うほどに、心にぽっかりとした、貫けたような感覚がある。

ふと気づくと、公園内に足を踏み入れていた。午後の陽気に誘われた人々が、それぞれに散歩を楽しんでいる。空いてるベンチに腰を下ろす。

そうして必然的に見上げることとなった空は、それこそ本当に突き抜けていってしまいそうに青かった。

何をしてるんだろう。こんなにも青い、青い空の下で。

たった、独りで。

 

・・・君には関係ないだろう―――

 

ホームズの言葉を思い出す。胸が、心臓ではない胸のどこかが、ズキリと、痛い。

―――そもそも君がどうかなっちゃったら診る破目になるのはわたしなんだからね、ホームズ?

顔はうつむき、自嘲的な笑みが漏れる。

関係なくないよ、うん。

うん、そうだ。帰ったら、そう言ってやろう。

あの偏屈な、素直じゃない親友に。

そう思うと、心がほんの少しだけ軽くなったような気がした。笑みも自然、柔らかいものとなる。

と、突然視界が陰る。

「 ・・・もし、お隣よろしいですかな? 」

一体いつの間にいたのか。気づけば目の前に初老の紳士―――背がホームズ並みに高かった。

「 あ・・・、すみません、気づかなくて・・・どうぞ。 」

慌てて席を勧めると、紳士がわたしを見て驚きの声をあげた。

「 ほう!これはこれは・・・まさかワトソン博士とは。 」

気づかなかったとはいえ失礼を、と言われ、驚き問いかける。

「 わたしをご存知で? 」

「 もちろんですよ。先生のファンなのですよ。先生の御本は全て読ませていただいてます。ホームズ先生の助手の、ワトソン博士。 」

握手を求められ、恐縮しながら手を差し出した。

ホームズのファンなら露知らず、まさかわたしのファンとは。

初老の紳士は嬉々としてわたしに話しかけてきた。良くも悪くもわたしの書いた本の内容を評価してくれて、わたしもすっかりその紳士との話に夢中になった。

気づけば夕焼けの盛りも過ぎ、辺りに人影はなく、東の空から夜が迫っていた。

「 ああ、すっかり話し込んでしまいましたね。 」

すいません、こんな時間までと、わたしが申し訳なさそうに言うと、紳士はいえいえと純白の手袋を纏った手を横に振り、

「 話しかけたのは私の方ですから。ああ、しかしこの天気の良い日の美しい夕焼けを見逃してしまいましたなあ。 」

そう言うと立ち上がり、西の空を見遣った。つられてわたしも紳士の向こうの空を見遣る。もう日はとうに沈み、残光だけが目に眩しかった。

「 あ、そういえばまだあなたのお名前をお訊きしてませんでした。 」

ぜひ、訊いておきたいと思い尋ねると、紳士がこちらを振り返る。

「 ああ―――私は―――――― 」

逆光で、紳士の姿は真っ黒な影としか、わたしの目には映らなかった。

 

途端。

襲う衝撃。

殴られたかのような/重くなる体

紳士の黒い影。

触れれば熔けてしまいそうなほどに。

熱い。

夕焼けの残光/照らされる白い直刃

 

「 いやはや、人の内に絶えずある紅い夕焼けも、美しいものですな。 」

最後に聞いた紳士の声は、先ほどとは比べ物にならないほどに凄惨なものだった。

視界が暗くなったのは、背後から刻々と迫り来る夜のせいだけではなかっただろうか・・・

 

 

 

ドン。

 

ソファーに身を沈め、読書をしていたホームズは普段耳にすることのない音に顔をあげた。

音の震源を探すために辺りを見回すと、マントルピースに突き刺さっていたはずのジャックナイフが床に落ち、刺さっていた。

だるそうに立ち上がり、ナイフを引き抜こうと身を屈め。

凍りついた。

ナイフは落ちていた新聞の切抜きを突き刺していた。いつだったかの事件を解決した時に、撮られたものだ。

自分と、ワトソンと。

―――ナイフは、ワトソンに深々と突き刺さっていた。

膠着した体を機械仕掛けの人形よろしく動かし、ナイフを引き抜いて新聞の切り抜きにそっと手をかざす。

大きく切れ込みの入ってしまったワトソンの写真を、指でなぞる。

もうじきやって来る夜の暗さに。

昼間、あれほど明るかった部屋は光を讃えることを止め。

部屋の四隅で闇の到来を告げていた。

 

この日の夕食の席に。

彼の親友は帰って来なかった。

 

 

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***あとがき***

とうとうやっちゃいました!!小説第二段!!

ワトソンピンチ!!!!

この話、海さんのジャンクホムワト小説読んだ後に「ホームズ続編作成祈願隊」のJBさんのカキコを読んでその後布団の中で寝ながら考えた話です。(笑)ある意味パクリになってしまうんだろーか・・・(でもネタ的には前から書きたかったし・・・)

頭の中では完結してるんですが、打ち込むとなるとやっぱ量的に続きモノになっちゃいますね。

しかもなんだよ、このタイトル。

それでもこのタイトルが思いついたときは思わずガッツポーズを以下略。(おいッ;)

あ、ちなみにこれは犬ホームズでも人間ヴァージョンでもどっちでも可です。

皆様それぞれお好きなほうのキャラで想像(妄想)してください。

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