「モーリス・・。」
白い、質素な小部屋に、彼はいた。
彼の横たわるベッドと小さなパイプ椅子。
それだけの部屋だった。
小さな窓から差し込む月の光だけが、彼の血の気の失せた皓い貌と、夜の闇から抉りだしたような、ナイトブルーの瞳を照らし出していた。
「ら、うる・・?」
突然の訪問者に、驚いたのだろう。
相変わらずその表情は動くことはなかったけれど、途切れ途切れに呟かれた声は、どこか幼かった。
「ずいぶんと捜したよ? あいつと同じ病院にいたなんて、灯台もと暗しもいいとこだったけど。」
・・・・そうなのか?
問うように、夜の瞳が揺れた。
「具合は?」
「あ・・。 っ・・肋に・・ひびが。 それだけ・・・だ。」
「それだけ?」
彼の短い説明に、僕は眉を吊り上げた。
喋ると響くのだろうか。 彼の息が細い。
月明かりを頼りに目を凝らせば、彼の無表情な顔に、苦痛の色が見て取れた。
まったく、この期に及んでまだ 『それだけ』 ?
一体きみは、僕を何だと・・。
彼を捜し出すまでの不安が、ここにきて一気に怒りに変わった。
静かに、けれど鋭く言葉を放とうとして、僕は一呼吸分目を閉じた。
部屋の外に、誰かがいた。
「失礼ですが、面会時間はとっくに過ぎておりますが?」
無遠慮に開けられた扉。 訝しむように掛けられた声。 近付く気配に苛々と。
「保護者です。」
僕は威丈高にそう、言い放った。
M e p r i s e ・ 3
「よく、あそこまで歩けたと思いますよ?」
小さく苦笑した男は、モーリスの担当医だった。
偶然、彼が倒れるところに居合わせ、そのまま自分の勤務するこの病院に運んだらしい。
深夜にも関わらず、傷の具合を看にきたという青年医の言葉に、僕はふと眉を上げた。
「肋にひびが入ったくらいでこの時間に回診ですか?」
僕の言葉に、医者は驚いたように軽く目を瞠った。
「ええ。 傷の状態と、包帯を替えにきました。」
そして、僅かに逡巡したあと。
「あなたは、見ない方がいいと思います。」
「・・・・・・。」
眉を顰めたまま無言で睨み付ける僕の視線を、医者は暫し困ったように受け止めていたが、
やがて諦めたのか小さく溜息を吐いて椅子に座った。
「だいぶ、悪そうですね。 傷を看ますから、これが終わったら薬を飲んで下さい。」
少しは楽になりますよ。
医者が点けた小さな裸電球の灯りが、壁に奇妙な陰影を描いていた。
彼の衣服をはだけ、包帯を取り除いていく鮮やかな手つきがまるでマジシャンのようで。
その先にあるものを見るまでは、目を逸らすことが出来なくなる。
しゅるっ と音をたて、まるで生き物のように巻き取られる最後の尾ひれ。
その下から現れる白いガーゼ。 それを ぺらり 、捲れば・・。
「!」
僕は、瞬間息を呑んだ。
『瓦礫が乗っていた、と言っていました。』
ああ。
『よく、あそこまで歩けたものだと・・。』
内臓は、無事だったろう・・。
『肋はひびが入っただけで・・』
骨は、僅かの損傷で済んだだろう・・。
『呼吸をするのさえ、苦しかったはずです・・。』
内臓は骨が。 骨は肉が。
だが・・・
肉は、無惨だった・・・・。