街で、 『彼』 を見つけた。

 独特な金髪。 全てを見透かすような、透明なウォーターアイ。

 変装はしていたが、あれは間違いなく 『彼』 だった。

 彼とは久しく会っていなかった。 だから、何か大きな事件に関わっているのだと思っていた。

 こんなところで会うなんて、たまには歩いてみるのもいいものだ。

 何となく浮き立った気分で、歩を進める。

 人通りの多いシャンゼリゼの向こうとこちらから、人混みに紛れ見えつ隠れつ、お互いに近付いて来る。

 彼は、誰かと一緒だった。

 人の波から見え隠れする 『誰か』 は、柔らかそうな茶色の髪にスモーキークォーツの瞳。

 病的なほどの色の白さが、儚い印象を与える青年だった。

 楽しげに何かを喋りながら笑いあって、ふと、彼の瞳が悪戯っぽく光った。

 次の瞬間。

 「!?」

 彼の唇が、隣りの青年の唇を掠めた。

 途端に真っ赤になって口許を覆う青年。

 周りが気付かないほどの早業に、間違いなくあれは 『彼』 だ、と確信すると共に、何故か つきり と、胸が痛んだ。

 このまま行けば、鉢合わせてしまうから。

 だから くるり と背を向けて、立ち去ってしまいたかったのに・・・。

 いつの間にか歩みを止めていた足は、動かそうにもぴくりともしなくて・・。

 常に無表情なこの顔は、更に固く強張り彼らから目を離せない。

 してやったり、と片頬を上げる彼の視線が廻って、そして何故か固まった。

 

 『モーリス・・・』

 

 真っ直ぐにこちらを見る彼の唇が、そう象っていた。

 

 

 

   M e p r i s e

 

 

 

 ドオオオォォォオオオンン!!!

 

 と。

 何か大きな音がしたように思う。

 気付いたら、仰向けに倒れた自分の上に、壁の破片と思しき大きな瓦礫が乗っかっていた。

 それを何とか押し退けて、辺りを振り仰いで見れば、ついさっきまで華やいでいたシャンゼリゼは、悲鳴と怒号に満ちていた。

 何かが焦げるような異臭も漂っている。

 ずきずきと痛む身体を起こして、そうしてルブランは何が起こったのかを把握した。

 それまで立っていた通りに面していた一つのレストランが、見事に吹き飛んでいた。

 爆発は店の内部で起こったらしく、外側は辛うじて・・・でもそこから見える店内は凄惨極まりなかった。

 もうすぐ外側も崩れるな・・・。

 ぼんやりと二次災害を予感して、はっとする。

 そういえば、彼らはどうしたのだろう・・・?

 彼らとの距離はそう遠くはなかった。 そう、彼の瞳の色が分かるくらいには。

 だから、多分この近くにいるはず。

 そう思って、ふい と顔を廻らせれば、きらりと輝く金髪が、目の縁に映った。

 ああ、良かった・・。

 その姿に安堵して、彼の腕の中にいる人物にハッとした。

 「おい!」

 急いで駆け寄って、彼を何と呼べばいいのか分からなくてそう声を掛けた。

 「モーリス・・・」

 それまで、腕の中の青年の名を、必死になって呼んでいた彼が、ゆるゆると顔を上げた。

 「酷いな・・・。」

 ガラスでも浴びたのだろうか。

 彼も青年も、あちこちが切り傷だらけで、そして青年は、飛んできた瓦礫にでも打たれたのだろうか。

 頭から流れた血がべったりと、ペンキのように青白い頬を塗り潰していた。

 「まだ息はある。 大丈夫、助かる。」

 彼の、確信めいた言葉はどこか祈るようで・・。

 遠くから、救急車両の悲鳴のような鐘の音が聞こえてきた。

 「ラウ、ル・・」

 小さく、自分の知っている彼の名前を呼んだ。 張り詰めていた彼の瞳が僅かに緩んで・・・

 「「 きみ (おまえ) は? 」」

 同時に、互いの安否を気遣った。

 大丈夫・・・。

 こくり と小さく頷くと、彼も口の端を僅かに上げて応えた。

 大丈夫・・・。 だから・・・

 「ケガ人の方を運びます!」

 救急隊員の怒鳴り声が響いた。

 「早く彼を連れて行け。・・・付いていてやるといい。」

 「モーリス?」

 「私はこのまま家に帰る。 ここにいても役には立たないからな。」

 そう告げると、彼は何か言いたげに見つめてきて、けれど結局何も言わずに青年を抱き上げて去っていった。

 それを見送りながら、また胸が ずきん と痛む。

 さっきのよりも、ずっと強い痛み。

 何故だろう?

 彼の姿が消えるのと同時に、ふらふらと家に向かって歩き始めながら、疑問に思う。

 今までも、伝記作家として彼の恋愛談はたくさん聞いてきた。 それこそ星の数ほど。

 だから、彼に愛されてるのは自分だけではないと分かっていたし、

 それが当たり前だと思っていたから、それが原因で思い煩うということもなかった。

 それなのに何故、いま、これほどまでに胸が痛むのだろう?

 呼吸をうまく出来ないほどに、苦しいと思えるのだろう?

 聞くと見るとでは、こうも違うものなのだろうか?

 今までもらってきた彼の情熱が、頭の中でぐるぐる回る。

 それは、揶揄いめいた言葉だったり、優しい愛情だったり・・。 身体さえも重ね合わせた。

 そういえば、自分は彼に言葉を返したことはあっただろうか?

 彼に愛情表現をしたことは・・・・。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 かなり以前。 ロンドンの夜会に行ったときに見た、ラッフルズとかいう盗賊を誉めたとき、拗ねた彼に一度だけ言ったな・・。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 「はあぁ。」

 どんなに記憶を辿っても、それしか思い出せない自分に小さく溜息を吐いた。

 彼と、楽しそうに笑いあっていたスモーキークォーツの青年を思い出す。

 自分の顔は、あんなふうには動かない。

 ふむ。

 もしかしなくても、飽きられたか・・・。

 それならそれで、しょうがない。

 きっと、これは罰なのだ。

 いま、息が出来ないほど苦しいのも、胸がどうしようもないほど痛いのも。

 彼に、うまく愛情表現が出来なかった罰・・。

 はあ・・と、空を仰いで息をついた。

 目に飛び込む鮮やかな青に、ふと、学生時代の頃を思い出す。

 あの頃は、ただただ外に出たかった。 空も、周りの景色も、全てが灰色に見えていた。

 白い塀に囲まれた寮生活で、表情の出ない顔と口が災いしてか、友人の一人もいなかった。

 外に出れば。

 出られれば・・・。

 鮮やかな空の下でなら・・・・。

 そうして、ようやく出逢えたと思ったのに。

 手を放してしまったのは、自分の方か・・・・。

 ああ。  そうか・・・。

 そうなんだ・・・。

 そうじゃなくて・・・・、きっとそうなんだ。

 「・・っ。」

 息が苦しい。

 考えすぎて、頭がぐらぐらする。

 胸が痛い。

 痛くて痛くて堪らない。

 突然 くらり と、視界が回った。

 「どうしました!?」

 誰かの声が遠くでして・・。

 ああ。 空が・・・。

 沈んでいく意識の中。 最後に見たのは、あの頃と同じ。

 灰色の・・・

 

 

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