記憶のカケラ〜1〜
さようなら、あなたにもう会えないの?
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殴られた頭がクラリと痛む。
そのまま後ろに倒れこむ寸前、脳裏に映ったライトグリーンと金髪が。
無くなりそうで、手を伸ばそうとしたのに。
その前に、意識は途絶えた。
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「…っ」
目を醒ますと見慣れない天井が目の前に広がっていた。首を傾げながら、体を起こそうとするとポプキンズが止めた。
「駄目ですよ!まだ、動いちゃ!」
慌てた様子のポプキンズに更に疑問を大きくしながら尋ねた。
「…ここはどこだ?」
「病院です。レストレイドさん、被疑者に殴られて頭を打ったんですよ?覚えてないんですか?」
覚えていなかった。
さっぱり、どうしてそんな状況に自分がいたのかさえ覚えていなかった。
しかし、頭に残る鈍い痛みと鳩尾あたりの疼痛は間違いなく現実で。ベッドに体を横たえたまま聞いた。
「被疑者はどうなった?」
「あ、大丈夫です。しっかり捕まえました!」
邪気の無い様子でにこにこと告げるポプキンズにそうかと短く答えて、眉間に皺を寄せた。頭痛が酷い。
「気分どうですか?」
「……大丈夫だが…仕事が」
「大丈夫です、捜査課の皆さんが分担して片付けてくれるらしいですよ。もうすぐ皆さん来るらしいです」
皆さん、という言葉で括られたのは多分捜査課の喰えない警部連のことに違いない。
正直自分のところに来るよりも、仕事をしろと思うのだが。
そんなことを思っているうちに、病室のドアが開いたようだ。
「大丈夫か、レストレイド」アルセニーの声。
「ったく、大丈夫か」ピーターの声。
「生きてるか?レストレイド」グレグズンの声。
ベッドに寝たまま、上をそれぞれの声が行きかうのに答えた。
「…まぁ大丈夫だ…」
大丈夫といえば大丈夫だが、しかしまだ頭痛は酷かった。頭の一部が欠損したのではないかと思うほどの頭痛がする。
「お医者さんの話だと、何も変わったことが無かったら今日はもう帰っていいそうですよ」
この分だと今日中に帰れそうですね。そうポプキンズが呟くのが聞こえた。
「…仕事は」
「終わった」
アルセニーが即答した。
「悪かったな」
「お前が普段やりすぎなんだよ」
ピーターが呆れたような声でそう言う。今日はもう帰れと、そうピーターが言った。
ぎしっと頭の近くで椅子の軋む音がしたような気がして、視線を上げると椅子に座ったらしいグレグズンが顔を覗き込んでいた。
「…なんだ?」
普段に無い至近距離のような気がする。
「どこ殴られた?」
簡潔に真直ぐとした視線で、グレグズンが聞いた。
「…鳩尾」
だと思う。なぜか殴られた時の記憶が綺麗に消えているが、それでもこの痛みは間違いない。
「痛いか?」
「いや、たいしたことは…」
普段に無いほど真剣な顔しているグレグズンに、正直かなり戸惑う。
「具合は?」
「…いや、大丈夫」
その言葉を口にのせようとした途端に、ライトグリーンの目が細められた。
「嘘吐け」
一刀両断の否定。
「…いや、大丈夫だ」
「顔色悪すぎだし。どっか悪いだろ」
確かに頭痛は酷かった。
しかし、それを口に出すのも何だか嫌な気がしたので尚も否定の言葉を口に出そうとすると。
それより先にグレグズンの手が額を撫でた。
「痛いのか?」
ライトグリーンの目。
否定も、肯定も出来ないまま。グレグズンの目を見返したまま、正直困った。
どうにも、今日のこいつの態度は調子が狂う。
違和感だらけだ。
何かがおかしい。
額に置かれたグレグズンの手が、労わるように頭を撫でて離れた。
「今日は俺が送ってくから、お前は大人しくしてろ」
当然のように言われたその言葉にやはり感じるのは違和感。
「…? どうして、お前が俺を送ってくんだ?」
その言葉に、奇妙な沈黙が落ちた。
「何言ってるんですか?」
ポプキンズが呆気に取られたような声を出す。
「レストレイド?」
訝しげにアルセニーが名前を呼んだ。
「そんなのいつものことだろうが」
ピーターのその言葉に、ますます疑問が深まった。
「いつものこと?そんなはず無いだろう。俺はグレグズンを一緒に帰ったことなんて無いぞ?」
眉を顰めて聞けば、やはり全員が妙な反応を返した。
「…なぁ、レストレイド」
一言。
頭の近くに座ったままのグレグズンが口を開いた。
視線を向けると、真直ぐにこちらを見つめるグレグズンの顔が。
「俺とお前の関係って何?」
俺とお前の関係?
その質問こそに首を傾げながら、グレグズンの顔を見返したまま言う。
「同僚だろう」
「…僕、医師(せんせい)呼んで来ますねっ!」
ポプキンズがバタバタと病室から出て行く。
「レストレイド。どこか具合が悪いところはないのか」
アルセニーが聞いた。
「お前ら実は喧嘩でもしてるとかじゃねぇだろうな」
ピーターの質問に、どうして俺がグレグズンと喧嘩をするんだと思いながら。
視界の端に収めたグレグズンの顔は。
ライトグリーンの瞳が、今まで見たことの無いほどに透き通った色をしていた。
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