ノルマンディには早くに亡くなった母の実家がある。

もう、誰も居なくなってしまったが。

それでも私の姉と妹が住んでいるからしばしばこの地を訪れる。

道端で草の葉の擦れる音と吹き抜ける風を堪能していると横から誰かがぶつかって来た。

こんな道端で突っ立ている自分の方が悪いと思うのだが相手の方が先に謝った。

ゆっくりと視線を向けて

見覚えのある姿に驚く。

 

 

 

二つの茶水晶・��

 〜バーネット・ベシュー探偵社〜

 

 

 

「ルブランさん・・・・?」

「・・・・・・」

驚いた様子でベシューがこちらを見上げているが、驚いたのはこちらも一緒だ。

「?お知り合いですか?兄さん」

見慣れない青年もひとり居る。

ルパンの変装では無いらしい。

彼との接点はルパンくらいでそんなに内輪のことを知らないから、兄弟がいても別に不思議ではない。

「・・・・大丈夫だったか?突っ立っていて済まなかったな」

「いえ、僕も前をよく見てなかったから。お久しぶりです、ルブランさん。ご旅行ですか?」

「ここは私の母の郷里なんだ。ときおり訪ねる・・・・・・・」

無言で視線を後ろに向ける私に気づいたらしい彼が、ああと声をあげる。

「そうなんですか。・・・あ、こっちは弟のヴィクトールです。ヴィクトール、こちらはモーリス・ルブランさん。作家さんだよ」

聞いたことないかな、とベシューが弟とやらを覗き込む。

弟も思い当たったらしく、顔が明るくなる。

「ああ、あの・・・・」

ルパンの冒険談を書かれていらっしゃる・・・と呟く声が聞こえた。

「はじめまして、ヴィクトールと申します。先生の本、何度か読まさせてもらったことがあります」

「・・・はじめまして。ありがとう。だが・・・『先生』は止してくれ、ルブランでいい」

ヴィクトールは人懐っこそうに笑うと、「じゃあ、ルブランさんで」と返してきた。

ふとそこで持っていた懐中時計のベルが鳴る。

見れば時間はちょうど午後のお茶の時間を指していた。

早く帰らないとジョルジュエットが五月蝿いだろう。

しかし道すがらばったり出会った知り合いをここで置いて行くのは気が引けた。

「・・・丁度いい。実家はすぐそこだ。侘びがてら茶にしていかないか、お前たち」

そう言って、二人をお茶の時間に誘った。

 

 

かつての旧家もいまは簡素な鉄格子の門に紋章を残すのみになっている。

キイと少し錆付き気味の鉄格子を開けて二人を招き入れる。

最早必要最低限の手入れしかしなくなった庭はどこか淋しく見えた。

家の中に入ると姉のジュアンヌがおっとりと出てきた。

「遅かったのねモーリス、どうしてたの?ジョルジュエットが待ちくたびれて・・・あら」

私が連れてきた予期せぬ客人にジュアンヌが目を丸くする。

はじめましての代わりにベシューとヴィクトールが姉に向かって頭を下げた。

「・・・・パリの知人にたまたま会った。せっかくだから茶に誘った。」

簡潔にそう述べてベシューたちに視線をむける。

「テオドール・ベシューです。突然お邪魔してすみません」

「ヴィクトール・アンベルです。ご家族の団欒にすみません」

二人とも似たようなことを言って、もう一度姉に頭を下げて挨拶した。

・・・姓が違うのだな、この兄弟(ふたり)。

さっき、弟の方は名前しか名乗らなかったから解からなかったが。

「まあ、お邪魔だなんてとんでもない。モーリスがお友達をつれて来るなんて無いことですからね」

姉は胸の前で手を合わせて楽しそうに微笑む。

「さあさあ、どうぞ中へ。すぐにお二人の分のお茶も用意しましょうね」

そのままいそいそと居間へと歩いていった。

二人に中に上がるように促す。

私が先に立って居間の戸口に立つと

 

「遅いわ遅いわ!兄様ったら遅すぎるわ!!・・・あら?」

腰に両手を当てて、ずいっと体を乗り出してきた妹、ジョルジュエットの歓迎(?)を受けた。

と言ってもいつものような嵐は続かず、彼女の視線は私の後ろに釘付けになっていたが。

 

 

その後は落ち着いて、私たち姉弟とベシュー兄弟の五人で穏やかなティータイムを楽しんだ。

とくにジョルジュエットとベシューの弟のヴィクトールは気が合ったようで、会話が弾んでいた。

母親気質のジュアンヌはそれを微笑ましげに見つめている。

もともと口数の少ない私は無言で、ベシューは面白そうに弟の様子を眺めていた。

「ヴィクトール、ヴィクトール」

会話の区切りがついたところを見計らって、ベシューが弟にむかって手招きする。

「?」

「・・・・・・・」

弟がベシューの口元に耳を寄せるとベシューが何事か囁いた。

途端、弟の顔が真っ赤になる。

「にいさんっ、からかわないでください!!///」

「あはは!そう怒るなよ♪」

あんまり楽しそうだったから、そうなのかなって思っただけだよ。

「なになに?どうしたの??」

ジョルジュエットがきょろりと瞳をめぐらす。

「なんでもないですよ・・・・まったくもう・・・・!!///」

弟はまだ顔が赤い。

「そう怒るなよヴィクトール」

ベシューがどこか苦笑気味で弟を宥める。

「酷いですよ・・・兄さんだってそういう風にからかわれたら怒るでしょう?!」

キッと弟がベシューを睨む。

するとベシューはすこし淋しそうな、懐かしそうな顔をした。

「ああ──怒ったね」

返ってきた言葉が意外だったのか意味深だったからか、弟はすこし目を瞠った。

「あったんですか?」

「昔ね───天性の前に負けてしまったけれど」

いまでは付かず離れず。いい付き合いだよとベシューは弟に向かって微笑んだ。

「天性?」

「ああ。女優さ」

その言葉に一時蚊帳の外だったジョルジュエットが身を乗り出してくる。

「え、ベシューさんってもしかして女優の方と付き合ってらしたの?」

あ、今ではということは今も?

興味津々なジョルジュエットにベシューは苦笑する。

「実際付き合ってたのは女優になる前ですけどね。

 僕との生活と天性とを天秤にかけて、彼女が天性を取っただけのことです」

彼女もいまはそんなに自由な時間が無いから頻繁には逢えないですけど、一応、顔は合わせてもらってます。

「成功してらっしゃるんですか」

今度は弟が尋ねる。

「ああ」

「まあすごい」

おっとりとジュアンヌが感嘆を漏らした。

「兄さんって職業探偵で、女優ともお付き合いがあって、本当に凄いですよね」

ヴィクトールは目を丸くして溜め息をついた。

「僕が凄いんじゃなくて、僕のまわりの人たちが凄いんだよ」

探偵はバーネットの卓越した推理力と行動力、女優との付き合いだって彼女が自分との生活を取らなかったからこそ。

正直、自分は居ても居なくてもたいして変わらないよと笑顔で言うベシュー。

「兄さん、そんなことは───・・・」

「そう過小評価するな」

弟がベシューを諌めようとする声に、私の声が重なった。

「『あれ』のお前に対する評価は決して世辞でもなければ揶揄でもないぞ」

スッと、ベシューの目が見開く。

「今のセリフ、『あれ』の前で言ってみろ。大変だぞ」

姉と妹、そしてベシューの弟には私が何のことを言っているのか解からなかっただろうが。

『あれ』が何を示しているのか。

理解したベシューただ一人が「そうですね、気をつけます」と言って微笑んだ。

 

 

ベシューたちを見送って居間に戻ってくると、ジョルジュエットが唇に指を当てて何やら思案顔をしていた。

「・・・・どうした」

「兄さん、あの人」

ジョルジュエットは身内だけになると綺麗なその容姿とは裏腹に、口調や性格が少し崩れる。

私のことを様付けで呼ぶのは第三者がいるときのみ───居間に入ってきたあのときも、すでに猫を被っていたことになる。

「あの人、気をつけないといけないわ」

同じ蒼黒の瞳が明るく光を弾いてキラリと光った。

「あの人って、ベシューのことか。それとも弟の方か」

「あの人はあの人よ」

妹の真意が読めない。

「気をつけるとは何にだ」

「あの人が、あの人自身に」

そう言うとジョルジュエットはふわりとスカートの裾を返して居間を後にする。

 

「淋しい人ね、あの人」

 

そう言い捨てながら。

私は何とも言えずに、ただ妹の後姿を見送った。

 

 

 

NEXT

* * *

とゆーわけでルブランの姉と妹君が登場。
このたびあっさり目ですが妹は二重人格並みに『本音と建前』を使い分ける子です^^
予定は無いけどまた出せたらいいなぁ。
ベシューがヴィクトールに言ったセリフはまあ、惚れたかとかそんな程度で^^

* * *

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