「ヴィクトール様が失礼をしませんでしたか?」

夕食の折、執事のオクターブがそっと耳打ちをした。

反射的に「え?」と顔を上げると、オクターブは眉を顰めて

「ヴィクトール様は筋金入りの慇懃無礼★ですから」

目が点になる自分の横で。

「・・・オクターブ。・・・・・聞こえてるぞー」

ムッとした面持ちでヴィクトールがボソッと呟いた。

 

 

 

二つの茶水晶・��

 〜バーネット・ベシュー探偵社〜

 

 

 

「そうなのか?」

丁寧語がなんだか他人行儀でくすぐったいなぐらいにしか思っていなかった。

「んー・・・そうみたいですねー・・・」

『素』なんですけどねぇ、コレ。

「素でもなんでも構いませんが、お客様等とお話するときは抑えていただかないと・・・」

この間の夜会の時だって酷かったじゃありませんか。伯爵様にむかって・・・・

オクターブが額に手をそえてブツブツと呟き始める。

そんな彼を置いてヴィクトールに向き直る。

「そんなに酷いのか?」

「んー・・・執事に頭抱えられるくらいですから、酷いんじゃないですか」

兄さんは気になりますか?と聞かれて今度はこちらが唸る。

「んーーー・・・?」

慇懃無礼。

真っ先に頭に浮かぶのは人の神経を逆撫でしつつも手際よく難事件を解決してしまう男のこと。

聞く人によってはヴィクトールも相当な慇懃無礼なのかもしれないが。

彼の酷い慇懃無礼に悩まされ続けてきた自分は、彼以外の慇懃無礼が気にならなくなってしまったのかもしれない。

「いや・・・君以上に慇懃無礼な友人を、僕は知ってるからね」

だから全然気にならないよと言ってのけると、ヴィクトールはホッとした表情を見せる反面、

僕より慇懃無礼だなんて凄い人なんですね、そのお友達、と目を丸くしていた。

それには苦笑いでしか答えようが無かったのだけれど。

ああ、そういえば彼に絵葉書を出さなくてはいけなかったなぁ。

「その友人に絵葉書を出さなくてはならないんだけれど、何かないかな?」

尋ねると、

「じゃあ後で僕の持ってるセットをあげますよ。僕は使いませんから」

と笑顔で返してくれた。

 

夕食後、宛がわれた部屋に戻るとすぐにノックがあった。

ドアが開いて、ヴィクトールが顔を出す。

「兄さん、さっき言ってた絵葉書のセットです」

手渡された絵葉書セットは14枚セットになっていて、きちんと包装された綺麗なものだった。

「いいのか?こんなに綺麗なもの」

なんだか使ってしまうのだ惜しくて、つい尋ねてしまう。

「いいんですよ。使わないよりも使った方がいいですからね」

言ってニコッと笑う。

 

なんだかヴィクトールはバーネットに似てる。

バーネットほどではないにしろ、慇懃無礼なうえに見せる笑顔は人懐こい。

ああ、興奮気味になると口が達者になるところも似てるかも。

 

そう思ってる間にもヴィクトールが人懐こい笑顔で話しかけてくる。

「今夜はゆっくり休んでくださいね。明日は庭でも歩きましょう」

いまの季節は花だけじゃなく葉も青々と茂って綺麗ですから。

その提案には賛成で、うんと肯く。

「おやすみなさい」

「おやすみなさい」

挨拶を交わすと、その日は思っていた以上に疲れていたようですぐに眠りにつくことが出来た。

 

 

次の日は邸の庭でゆっくりと過ごした。

ヴィクトールの言っていた通り、花も葉も初夏の陽気に瑞々しく、生気に満ち溢れていた。

置かれたベンチに二人並んで腰掛ければお互いに知らない話に花が咲く。

「そういえば、ヴィクトールっていまいくつ?」

「あ、二十歳です」

「へぇ、なんだ。一つしか違わないんだ」

そんなに変わらない歳だろうと思ってはいたが、こんなに近いとは。

「兄さんって、お仕事は?」

「ちょっと前まではパリの警視庁で刑事を。いまは私立探偵の・・・助手かな?」

一応札には名前を掲げてもらってはいるが、役に立ったかと言われると自信が無い。

「へぇぇ・・・凄いんですねぇ」

ヴィクトールが目を丸くして驚く。

「うーん、そうでもないよ。探偵の方がキレ者だから」

いつもあんまり役に立てないうちに終わっちゃうんだよね、と笑う。

「ええ?そんなことないでしょう。でも凄いですね、その探偵の方も」

「けっこうクセの強い男だけど、ね・・・。ヴィクトールは?いま何かしてるの?」

聞かれたヴィクトールが顎に手をあてる。

「僕は・・・古いものの研究、かな」

「?」

「歴史とか、昔の装飾とか・・・幅が広くて無節操かもしれないですけど、そういうのを調べてまとめるのが好きなんです。

 最近は昔の装飾を調べて、それを今風にアレンジして。服飾とか、アクセサリーのデザインをしたりしてますね」

ほんとうに好きなんだろう。

頬が緩んで自然な笑顔になっている。

「そっちの方がすごいな。後で何かあったら見せてくれる?」

自分の申し出に、ヴィクトールは嬉しそうにハイと返した。

 

昼食はそのまま庭で、ということになった。

料理係がわざわざサンドウィッチを作ってくれたらしい。

オクターブがこれまたわざわざバスケットに入れて持って来てくれた。

「お二人とも、午後はどうされるんですか?」

コップに上等の葡萄酒を注ぎながらオクターブが尋ねる。

「とくに考えてませんでしたね。兄さんは、何かご予定がありますか?」

サンドウィッチを頬張りながら、ヴィクトールが尋ねる。

丁寧なのに、物を口に頬張りながら、というのはなんだか子どもっぽくて微笑ましかった。

思わず笑みが漏れる。

「うーん・・・とくには・・・あ!絵葉書を出さなくちゃならなかったんだ!」

昨日寝る前に書いたバーネット宛の葉書を出すことをすっかり忘れていた。

言いつけられたうえに自分も出すことを承知したのだから、出さないと帰った後が怖い。

バーネットの恨みと厭味は海より(ある意味深海より)深いのだ。

「じゃあ、散歩がてら出しに行きましょうか。

 僕もとくに用事は無いですし、ゆっくり歩く分には散歩にちょうどいいコースですから」

 

そういうわけで、昼食を取ってしばしの休憩の後、散歩がてら葉書を出しに行くことになった。

 

 

コトン。

葉書の宛名をもう一度確認し、ポストに入れる。

ひとまず済まされた用事にホッと胸を撫で下ろす。

これから帰るまで毎日しなくてはいけないのだけれど、散歩と思えば苦痛でもないだろう。

「いまの葉書、もしかして探偵さんにですか?」

後ろに控えていたヴィクトールがひょいと身を乗り出して尋ねる。

「ああ、毎日出すように言われちゃってね」

「優しい方なんですね」

何の疑問もなくそう言うヴィクトールに、そうかなぁと眉間に皺を寄せてしまう。

「だって、心配してくださってるってことでしょう?」

「心配───してなくもないとは思うんだけど」

いつもからかわれて虐められている身にとっては、心配されていると言われてもなかなか納得できない。

まあ・・・悪いヤツだけどそんな悪くも無いというか。

 

帰り途、歩きながら悩み出してしまった様子の兄に、ヴィクトールは何か拙いこと言ったかしらと首を傾げていた。

 

 

そう、悩みながら歩いていたから、注意力が散漫していた。

「あっ・・・兄さん!!」

ヴィクトールの呼びかけが耳に入ったときにはすでに遅く、自分は前方に佇んでいた人にぶつかって尻もちをついてしまった。

「あっと!!すいません・・・!!」

「・・・・・・」

そのとき咄嗟に謝ったので、相手の顔をまだ見てはいなかった。

「兄さん、大丈夫ですか?」

ヴィクトールが駆け寄って起こしてくれる。

「ああ、うん。ごめん・・・って、あれ?」

そしてようやく顔を上げて、自分がぶつかってしまった相手を見た。

 

蒼黒の髪

蒼黒の瞳

蒼黒の衣服

 

無言で自分を見下ろしているその人物に、自分は憶えがあった。

「ルブランさん・・・・?」

「・・・・・・・」

名を呼ばれても無言のその人は、久しぶりとでも言うように軽く頭を下げた。

 

 

 

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はぁ〜やっと意外な『あの人』を出せた。
たぶん次回はまた新キャラが。

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