この世に、二人だけ。

その存在を知ったのは随分と大きくなってからだった。

ずっと夢見ていた

貴方に出会うのを

もうひとつの茶水晶を持つ、貴方に。

 

 

 

二つの茶水晶・��

 〜バーネット・ベシュー探偵社〜

 

 

 

祖父の寝室を出ると執事のオクターブの代わりに先に立って邸を案内してくれたのは

自分の異母兄弟で弟にあたるという、ヴィクトールだった。

 

「ああ、貴方が来てくれてほんとうに良かった」

やや興奮気味に自分の手を握ると、部屋へと案内してやるとそのまま歩き出す。

振り返る顔は悦びに少し紅潮していて、当初の利発そうな印象が崩れて人懐っこい笑みを映す。

「お爺様、意外と筆不精な方だから。手紙で何か気に障るようなことなかったですか?」

それ以前にきちんとお手紙を見てもらえるかどうかも不安でしたけど、と心配そうな視線を向ける。

そんなことはないと言ってやれば『よかった』と安堵の溜め息を漏らしてまた笑った。

「いきなり腹違いの弟ですなんて聞いてびっくりしたでしょう?

 ごめんなさい、本当は手紙で先にお知らせしておくべきだったんでしょうけど」

そうすると、貴方が来づらくなるんじゃないかと思って。

それで手紙には一切そのことは書かぬようにと祖父に頼んで出してもらったのだと。

理由はどうあれ隠してしまって申し訳ないと詫びる彼。

でも、来てくれて本当に嬉しいのだと微笑む。

 

ほんとうに嬉しそうだ

でも、何故?

 

「あ、あの」

「なんですか?」

「なんで、そんな・・・嬉しそうなの?」

ずるずると引きずられるようにされながらも、思ったことを問いかけた。

結婚もしていない、恋仲の女性と自分の父親の間に生まれた。

そんな何処の馬の骨とも知れない自分を、正妻の子である彼が歓迎する理由が解からなかったから。

 

「嬉しかったから」

 

前に顔を向けた彼は、歌うように囁いた。

「僕、一人っ子なんです。他に兄弟、誰も居らないんです」

キュッと、自分の手を握る彼の手に力がこもる。

「もうずいぶんと前から、早いうちから、僕、祖父と二人暮しなんです」

この広い広い邸で。

たった、ふたり。

もちろん使用人はたくさんいるから家の中が閑散とすることなんて無い

でも。

「社交界にも知り合いや親しい友人もいるけど」

だから淋しいなんてことは、まったく無いのだけれど。

「・・・・・・」

なんとなく、わかる。

 

同じ年頃の友人

気の合った友人

どれだけ親しくなったとしても

 

「なんか・・・違うんです」

誰も彼も、どれもが求めるものとは、違う。

他人ではなく。

親と子という直結した血の繋がりでもなく。

『分け合った』血を、対等に共有するもの───

兄弟。

 

「だから、貴方がいることを知ったとき、すごく嬉しかった」

ヴィクトールの足が止まる。

スッとこちらを振り返る。父親譲りであろう黒髪が、はらりと舞った。

「分け合った血が半分でも、恋仲の女性の子だとか、そんなことはどうでもいい。どうだっていい」

彼の茶水晶の瞳の中に、映る自分が見える。

まるで、鏡のように。

「兄弟──兄が居る。それだけで、僕は満たされた」

貴方を知ったあの日から、貴方の存在が支えになっていたと。

まさか自分が彼にとってそんな存在にまで昇格しているとは夢にも思っていなかったから、これが夢かと思ってしまう。

「でも、これは僕の勝手な思いです───貴方は」

ヴィクトールはそこで言葉を切った。

拒絶されることを恐れてか。

ふと、掴んでいるヴィクトールの手の指先が小刻みに震えているのに気がついた。

 

──それは本来、こちらの取るべき態度だろうに───

 

「ヴィクトール、僕は確かに今日、初めて君の存在を知ったよ」

でもね、と付け足す。

「もう、ずっとずっと前から、誰かいてくれたら・・・・誰か」

兄弟がいてくれたら。

でも、それは叶わぬ望みだと諦めていた。

「そう、思っていたんだよ。だから」

 

だから、君の言う『勝手な思い』を僕も勝手に思っていたんだよ。

 

そう告げると。

ヴィクトールが泣くとも笑うともつかない顔で、たぶん、笑った。

 

 

今度は落ち着いて二人並んで、赤い絨毯の敷かれた広間を横切っていた。

「やっぱり貴方が来てくれてよかった」

ほぅ、とヴィクトールが本日二度目の安堵の溜め息を漏らす。

そこでもうひとつ疑問が浮かぶ。

「あのさ、ヴィクトール」

「何でしょう?」

「ヴィクトール、君、なんで喋るとき敬語なの?」

同じ年頃なんだから普通に喋ってくれればいいのに。

「ああ・・・すいません、これはもう癖になってしまっているというか」

父がまだ生きていた頃は祖父もまだ相当厳しい人でしてね。

とにかく行儀とか口調とか、きちんとするように小さいうちから刷り込まれてしまったもので。

「僕はこれで普通なんですが、きっと貴方の耳には他人行儀ですよね」

そしてまたすみません、と謝る。

まあ、もう染み付いてしまった口調をいきなり砕けたものに変えろとは言わない。

言わないが。

「せめてさ・・・『貴方』ってのは止してくれないか?なんか慣れなくて、照れくさいし」

ぽり、と頬を掻くとヴィクトールは口元に手を当てて困った顔をする。

「じゃあ、何とお呼びしたらいいですかね?」

「君の好きに」

彼はさらにうーんと唸ってしまった。

ひとしきり考え込んだ後、放った言葉は。

 

「じゃあ、『兄さん』で」

 

それは始めから決めてたんじゃ?と思うような答えにこっそり笑いながら、それでいいよと答えた。

 

 

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『兄弟』になったふたり。
さ、これからバカンスです^^

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