ノルマンディに着いたのは太陽が空の頂点にある頃。

駅に下り立つと迎えの馬車が来ていた。

ガラガラと走る馬車の中

寄るものの無い心はわずかな緊張に揺れていた。

 

 

 

二つの茶水晶・��

 〜バーネット・ベシュー探偵社〜

 

 

 

父方の、祖父の邸に来るのは初めてだ。

黒塗りのしっかりとした鉄格子の門

ゆるやかなカーブを描いて玄関へと続く道は長く、たくさんの草花で飾られていた。

邸の建物がこんなに大きいのだから、おそらく裏手にあるであろう庭はもっと広いのだろう。

ここが依頼者の邸であれば、よく手入れの行き届いた草花に溜め息を漏らすこともできるのだけど。

実際にはまわりに目を向けることもなく、ただ己の足元の敷石だけを見つめて歩いている。

「では私は馬車の方がありますのでここで」

中の方は執事が案内しますので、と玄関まで送ってくれた御者が頭を下げて来た道を戻ってゆく。

その後姿を見送りながら、一瞬自分も戻りたいと思ったが玄関に向き直るとちいさく扉を叩いた。

 

「ようこそいらっしゃいました。私は執事のオクターブと申します」

執事は品がよく、とても穏やかそうな人だった。

メイドを二人呼んで、荷物を用意したお部屋の方にと指示をする。

メイドが去った後こちらに、と言われて執事──オクターブの後について歩き出した。

真っ赤なビロードの絨毯が敷かれた階段を上る。

「着いて早々、お疲れのところ申し訳ありませんが主人

 ──ポール・アンベルがお会いしたいと申しておりますので」

ドキリと一瞬体が強張る。

はい、と言ったつもりだがきちんと声になっただろうか。

どうやら祖父の体の具合は思った以上に良くないらしい。

「寝たきりで、ベッドから起き上がるのも困難な状態なのです

 ですから来て頂いたベシュー様には大変失礼ですが・・・・・」

でも、と付け足してオクターブが振り返る。

「主人はほんとうに、貴方が来ることをお待ち申し上げていたんですよ」

ニコッと柔和に微笑まれて

ほんの少し、心がほぐれた。

 

こちらでお待ちです

スッと流れた手の先にあるのは単調ながらも美しい細工の施されたドア。

ノック・・・・・

敲かれたこだまは返ってくるだろうか

たとえそれが聞き取れないほどにちいさなものであっても。

 

扉の向こうは

こちらのせかいと繋がってますか?

 

コン・・・コン

 

触れただけかと思えるほどのノック。

嗚呼、これでは病んだ人に聞こえるはずがない・・・・

「おはいり」

無いだろうと思っていた返事に驚いて顔を上げる。

ドクドクと脈打つ音が耳元で響く中、震える手でノブを回した。

 

その部屋はとても落ち着いた色彩で構成された寝室だった。

真白い、大きなベッドに老人が横たわっている。

白髪で、髯を蓄えている。

昔は鋭かったであろう眼元には歳相応の皺が刻まれていた。

「・・・・・・・」

扉口で突っ立ったまま、後ろにも前にも動けないでいると寝ていた老人の手がゆっくりと手招きをした。

「どうした・・・・さあ・・・こっちにおいで」

もっと、近くに・・・・

そう言われて、一歩、足を踏み出す。

一歩。また一歩。

ゆっくりと、無言で近づいてくる自分を老人──祖父はじっと見つめていた。

近づいてゆく間、その灰色の瞳を自分もじっと見つめていた。

ベッドの傍らに立つと、スッと祖父がこちらにむかって手を差し伸べた。

しかし老いたその腕はほんの少ししか上がらず、祖父は目を曇らせた。

そっと、体を折って顔を近づける。

ごつごつとして、乾いた手が頬に当てられる。

そのままゆっくりと頬を撫でる、手。

「すまんなぁ・・・・・」

「・・・・・・」

ゆっくりと頬を撫でる手

「すまんなぁ・・・・・」

とつぜん視界が滲んだ。

祖父の顔が曇って見えなくなる。

「すまんなぁ・・・・・」

 

これだけしか言えなくて。

 

頬を撫でる手がつたった涙をぬぐってくれる。

ズ、と祖父が鼻を啜る音がして

祖父も泣いているのだと、滲んだせかいからでも知れた。

ゆっくりと、祖父の胸に倒れ込む。

頬を撫でていた手が、そっと頭を包み込んだ。

 

 

どれぐらい、ここに居られるのかね。

二週間の休みを貰ってきたからその間は、と告げると祖父は嬉しそうに笑って目を閉じた。

祖父は眠り込んでいた。

きっと自分の到着を待って、無理して起きていたのだろう。

 

嗚呼──涙を拭いてあげなくては

ベッドに腰掛け、ハンカチを取り出して流れたままになっていたそれを拭ってやっていると、背後から自分の眼元にハンカチを当てられた。

驚いて振り返ると、そこには見知らぬ青年が立っていた。

「貴方も拭かないと。涙は意外と痕が残るから」

そう言って自分の顔をハンカチで拭ってくれる青年を、茫然と見つめた。

 

歳は自分と同じくらいだろうか。

顔立ちは整い、利発的に見えた。

サラリと流れる髪は黒く、首にすこし纏わりついている。

覗いてくる瞳は、茶色。

 

「貴方は・・・・?」

いささか困惑気味の自分に、気がついたように青年は顔を上げる。

「ああ、申し遅れました」

ハンカチを終い、スッと立ち上がる。

「僕はヴィクトール=アンベル。───貴方からすれば、腹違いの弟に当たる者です」

 

 

じっと見つめる茶の目と、驚きに見開かれた茶の目。

それが、二つの茶水晶の出会った瞬間であった。

 

 

 

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とゆーわけでベシュー君の異母兄弟・ヴィクトール登場☆
あ〜あれも書きたいこのシーンも入れたい(><)だばだば☆

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