手紙の差出人の名前を見た瞬間

錆び付いてもう二度と動くはずの無かったものが動き始めた。

ギシギシと、軋んだ音を立てながら。

 

 

 

二つの茶水晶・��

 〜バーネット・ベシュー探偵社〜

 

 

 

事務室の机で葉巻を吹かす。

あの後ベシューは朝食も中途のまま自室に引っ込んでしまった。

いったいあの手紙が何だというのだろう。

ベシューの部屋は物音一つせずシンとしている。

状況が把握できない。

イライラする。

 

 

自室に籠もったベシューは未だ手の中にある封書を見つめていた。

いろんなものが入り乱れ、錯綜し、噴き出してくる。

頭の中はグルグルで、眩暈を起こしそうだった。

差出人の名前をそっと指でなぞる。

 

『ポール=アンベル』

 

記憶の霧がうっすらと晴れてゆく。

幼い日に聞いた、おぼろげなはずのそれらは何故かひどく鮮明によみがえってくる。

アンベルは、父方の名前だ。

 

ベシューの父の名前はリュドゥイック=アンベル。

そしてその父の父親、つまりベシューからすれば実の祖父にあたる

人物の名前がポール=アンベルだとベシューは幼い頃聞いていた。

 

父と恋仲にあった母を相手として相応しくないと、引き離したのが祖父だった。

恋仲の時点で自分はもう生まれてしまっていたものだから、当時、祖父からの追撃はなおさら激しいものだった。

父が亡くなったときも、通知すら寄越してくれなかったのに───

なんで、今頃。

手紙の内容が何なのか、いったいどんなことが書かれてあるのか。

見たいと思うのに手が動かない。

真っ白で上等な封書を手にしたまま、どうしたらいいのかわからなくて泣きたくなった。

泣きながら部屋を飛び出して、バーネットに縋りつこうかとも思った。

それくらい、頭の中が混乱していた。

 

大きく肩で息をして、深呼吸する。

小机の引き出しからペーパーナイフを取り出すとサッと封を切った。

出てきたのは三枚にも及ぶ手紙。そして切符。

緊張に強張った手でそれらを開く。

内容はこうであった。

 

息子──つまり父──リュドゥイックを早くに亡くしてからずっと仲を引き裂いたことを悔いていたこと

いま現在祖父は病に侵されていてもうあまり長くは無いこと

それで金で罪滅ぼしするわけではないが、わずかなりとも自分にも遺産を残したいということ

もし良ければこちらに一度来てもらいたい───とのことだった。

 

何度も何度も手紙を読み返し、肩から力を抜くと同時に仰向けにベッドに転がった。

パサリと音を立てて、手紙が顔を隠す。

「はあーーー・・・・・はははっ」

感嘆のような溜め息の後、零れた笑い声は震えていた。

「ああ・・・・・!!」

 

遺産なんか残してくれなくたっていいよ

この手紙だけで充分だよ

僕の存在を認めてくれてありがとう

 

自分のいまを気遣う文章と、心のこもった侘びから始まる手紙を見つめる。

 

生まれてから二十年以上経ってようやく自分は。

テオドール=ベシューは、その存在を認められたような気がした。

 

閉じた目から、涙が溢れた。

 

 

「ッ!!」

事務室でぼんやり宙を見ていたバーネットは、扉の向こうでうろうろする気配に気づいて椅子から跳ね起きた。

そのまま大股で扉に向かい、

「ベシュー!!」

「ぎゃッ!!!」

 

ガンッッ

 

例の如くおもいきりよく開けたドアがベシューの顔面に直撃する。

腕を掴むと、ふらあっと大きく傾いだ体を強く引き寄せる。

「ベシュー!泣いたのか?!!」

「これはいま!!きみのせいだよ!!!」

ベシューの目にはぶつかった衝撃から意思とは関係なく涙が滲んでいた。

でも、よく見ればそれよりも前に目尻が赤くなっていることぐらい解かる。

いま滲んだ涙をバーネットが指で拭き取る。

「これは、な。あの手紙のせいか?なんだったんだ?何があった?」

「ああ・・・・えっと」

朝食もそこそこに自室に引っ込んでしまったのだからバーネットが心配するのも無理は無い。

ただ、込み入った事情ゆえに説明するのは憚られた。

「うん・・・ちょっとだけ嬉しいことがあった、かな」

頬を紅潮させるベシューの顔には先ほどまでの凍りついたような気配が無い。

事情はわからないが、どうやら悪いことではないことが解かり、バーネットはほっと肩の力を緩めた。

「あ、それでバーネット、あの、頼みがあるんだけど」

「?なんだ?」

「僕にしばらく休みをくれないかな」

じっと茶水晶の目が見上げてくる。

ただの休暇願いとは違う、真摯さがある。

「・・・何処かに出かけるのか?」

「ああ。ノルマンディに行きたいんだけど・・・」

それもあの手紙に関することだな、とバーネットは思った。

どうも事情を説明したがらないところをみると込み入ったことのようだ。

それなら自分がどうこう言えるものでもないだろう。

「わかった。行って来い」

バーネットの言葉に、ベシューがほっと表情を緩ませる。

「ありがとう、ジム」

「ただし」

「?」

グッとバーネットが身を乗り出してベシューの顔を覗きこむ。

「連絡先は控えていけよ。それと名前を書だけでいいから絵葉書を毎日一枚出せ」

いいな、と念を押されて。

「・・・わかった」

なんだかくすぐったい気持ちで、ベシューはそれを承知した。

 

 

次の日。

バーネットの車で駅に送られて、パリを発つベシューの姿があった。

 

 

 

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いろいろ細かいオリジナル設定&オリジキャラがこれから登場してきます^^;
そしてノルマンディでは意外な『あの人』が登場予定♪
なんか楽しくなってきた^^♪

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