「様子を見たい」
「それで?兄様は私にどうしろと?」
この妹のこましゃくれた態度は何処かあの親友を彷彿とさせる。
「あの青年貴族の注意を引いていてくれ」
「まぁひどい!いくら私が女優だからって職権濫用にもほどがあるわ!」
言うほど嘆いていないのは、もう知っている。
「いずれにせよ、その職権とやら、今ほど使うに越したことはないだろう」
兄・モーリスの言葉にジョルジュエットは気位貴く微笑んだ。
〜バーネット・ベシュー探偵社〜
ガタガタガタ、と闇色の風が激しく窓を叩く。
日暮れ時から吹いていた風はその強さを増し、強い風雨となってノルマンディーの地を覆った。
「この嵐の中帰るのは大変でしょう。急ぎでなければ泊まっていかれては?」
ヴィクトールの申し出を私とジョルジュエットは甘んじて受けた。
まあこの嵐が無くとも、妹がそうなるように仕向けただろうが。
「風の音が強くてなんだか恐いわ―――今夜はずっと楽しいお話を聞かせて頂戴、ヴィクトール」
一女優の妹は心にもないことをそれらしく言い放つ。
「大丈夫、ジョルジュエット。今夜はずっとついててあげるから」
ガタガタガタッ、と一際強く風が鳴った。
モーリスの双眼が、ヴィクトールをひたと捉えていた。
夕食を終えると、ジョルジュエットはヴィクトールの、モーリスは用意された部屋へと引っ込んだ。
モーリスがあてがわれた部屋はもともと来客用らしく、シンプルながらも高価な調度品で飾られていた。
部屋の中を一巡りしたモーリスの視線が、繊細な彫りの施された小机の上に留まる。
そこには真っ白な封書が一つ、置かれていた。
手に取り開くとそこには簡潔な、でも完璧なメッセージ。
速達・心配ありがとう。
大丈夫だよ―――ALN
つと目を通すと、モーリスは丁寧な手つきで封書を元に戻すとポケットにしまった。
そして即ベッドに横たわると、何事もなかったかのように規則的な呼吸を繰り返し始めたのだった。
夜が更けるにつれ、嵐はますます激しさを増しているようだった。
ヴィクトールはジョルジュエットの髪を梳いた。
あれほど怖がっていた彼女は話を聞かせるうちに眠り込んでいた。
ジョルジュエットがよく眠っているのを確かめると、ヴィクトールは立ち上がりさっそうと部屋から出ていった。
ゆっくりと扉が閉じられ──暫らくジョルジュエットがぱちりと目を開ける。
「『ずっとついててあげる』なんてありきたりな約束を違える男はダメね」
今夜か明日か。
何が起こるのかしら──いえ、起こすのか、かしら。
いずれにせよ可哀想な人ね
ジョルジュエットはしばらくヴィクトールの消えた扉を見つめていたが、やがて興が削がれたように再び目を閉じた。
屋敷の中は静かで、嵐のせいか皆なりを潜めてしまっているように思われた。
そんな屋敷の中をヴィクトールは誰に見咎められることなく進んでゆく。
そのまま祖父の寝室へとするりと忍び込む。
祖父は眠っていた。サイドテーブルには薬と水差し。
オクターブが置いていったものだろう。
その水差しに袖から取り出した錠剤をひとつふたつぽちゃんと入れた。
それらはあっという間に溶けて無くなり、水にも何の変化も無かった。
「今夜はよく眠れそうですよ・・・お祖父さま」
ヴィクトールの顔に浮かんだ微笑が、室内の照明に歪んで映っていた。
ガタガタと激しく揺れる音。
ひねた木材が軋んでは悲鳴を上げる。
その理由を考えられるほど、もう彼の意識ははっきりしていなかった。
ただただその音が耳障りで、いますぐ止んでほしいと願っていた。
さむいなぁ
体全体が濡れているような感覚を覚える。
それは単なる錯覚なのか、それとも本当に濡れているのか。
確かめようとする意思にさえ、思考はもう届かない。
身を縮めようにも体は発熱時のように重く、思い通りに動かない。
ほんのわずかに身じろぐだけに止まった。
暖炉に薪をくべなきゃ───それはボクの仕事だ
彼にはこの濡れたような、一種独特の寒さに覚えがあった。
どんなに暖炉に薪をくべようとも暖まるのは部屋だけで、自分の体はいつまでもしっとりと濡れて冷えている。そんな寒さが。
そんな寒さが、とうに過ぎたはずの幼少の頃を彼の目にさも現実のごとく映し出し始めた。
薪をくべなきゃ
暖炉に薪を
それがボクにできる唯一の仕事
かあさんと、かあさんの『テオドール』のために───
* * *
えらい放置プレイしててすみません;
もうみんな内容覚えてないよ!!(爆)
なかなか連載小説の神様が降りてきてくれなくて・・・!(泣)
ひとまず書ける状態のときに書いて進めときます;
次回でやっとこさベシューの過去が書けそう;
06.07.18.SUISEN