貴方は追い出された側だから

置いていかれた者の気持ちなんて、わからない。

 

 

 

二つの茶水晶・��


〜バーネット・ベシュー探偵社〜

 

 

 

───バキッ!!

 

「・・・・ッ、」

何処からか、何処かに衝撃を受ける。

それが殴られたのか蹴られたのかさえも、よく、わからない。

自分の意思に反して重たい瞼をわずかに上げた。

 

滲んでいるのか霞んでいるのか

回っているのか歪んでいるのか

 

そんな判別も付かなくなってきているのはヤバイのかな、と思いの外冷静な考えが頭を過ぎる。

 

「肯くだけでいいのに」

唸る耳に聞こえてきたのは苦々しげな、声。

「ここに残ると約束して。あんな老いぼれ、今すぐにでも僕らの手にかけてしまおう?」

縋るような声音とは裏腹に、その口が奏でるのは、狂気。

「───貴方だって、ヤツを憎んでないはずがない、憎めないはずがないッ!!!!」

掴まれた肩に、指が喰い込んでいく。

何の反応も示さずに、歪んだ弟の顔を見つめる。

視界が歪んでいるのか、彼自身が歪んでしまったのか。

ただ見つめるだけの自分に、ヴィクトールはふつりとその表情を変える。

 

「ああ・・・・知りませんものね、兄さんは。この窮屈な檻の中で」

それは腹の底から煮え繰りかえるように

 

「俺がどんなに虐げられてきたかなんてッッ!!!」

 

一気に、噴き出した。

 

 

───あの老いぼれが!!

家柄だとかプライドだとか格式だとか、そんなものしかヤツは見ちゃいなかった。

身分違いの恋と過ちを犯した父を激しく攻め立てたあげく、家柄の良い母を嫁がせた。

そこで黙って見ていればいいものを。

こども≪俺≫ができた途端、ヤツはまた要らないちょっかいを出してきたんだ!!

この家の跡継ぎだからと、母が愛をもって俺にしてくれることに、やれ品が無いだの

俺が少しでも粗相をすればどんな躾をしているんだだの、母に向かって俺を任せられないだの。

言いたい放題さんざん言い散らして、えばり散らして。

すっかり参ってしまった母はとうとう家を出た。

もともと祖父の反感を買ってしまった父はそれを機に家に帰らないことが多くなった。

 

祖父の驕りの矛先は、俺に向いた。

 

そしてそう長く生きることもなく父が死ぬと

あの老いぼれはようやくしおらしくなったんだ。

父の葬式に、母は来なかった。

もう音信も途絶えて、何処にいるかもわからなくなった。

年老いることなく死んだ父に、老いぼれは泣き縋った。

 

───こんなことなら、あの交遊を認めていたら、と。

 

そこで初めて知る、兄のことを貴方のことをその存在を。

とうの昔に切り捨てた貴方に、父の訃報を報せようにも報せようが無く。

俺にむかって許してくれと泣き縋る老いぼれ。

イイ気味だとほくそ笑んだ。

 

なにもかも、あの老いぼれが元凶なんだ。

ヤツこそが諸悪の根源

俺と貴方の人生を狂いに狂わせたのはヤツだ。

 

そう、アイツさえいなければ今頃は

 

「僕ら二人、同じ胎から生まれた兄弟で在れたかもしれないのに───・・・・・」

 

酩酊するように紡がれた言葉を、ベシューは他人事のように聞いた。

 

 

 

***

 

 

 

早急を要する事態に、オクターブは頭を悩ませていた。

まさかテオドール・ベシューが、『あの』テオドール・ベシューとは。

この屋敷に配置に着くよう指示されてから、『あの人』と顔を合わす機会も話すことも減ってしまって、咄嗟に結びつかなかった。

分かっていたら、もっと気をつけていたのに。

今更いくら悔やんでも仕方が無い。

 

それよりも今は彼が何処に居て、どういう状況にあるのか把握するのが先決だ。

だがしかし絨毯に残された血痕が最悪の結末を招こうと口を開ける。

頭を振って厭な考えを振り払う。

しっかりしろ、オクターブ。

『813』事件のときのように、もうあの人が失意の底に沈む様など見たくない。

血の気の失せた指先を、こめかみに宛てたとき、来客の知らせがあった。

募る期待を抑えつつ、玄関ホールへと赴くと、そこには目鼻立ちのはっきりした快活そうな少女と物静かそうな男が立っていた。

 

「はじめまして、今日はこちらのヴィクトールさんにお招き戴きましたの」

「ヴィクトールさまに?」

 

「ジョルジュエット!!」

驚く執事の後ろ、階段の上からヴィクトールが歓喜の声を上げた。

「ルブランさんも、こんにちは」

ヴィクトールの挨拶に、ルブランも会釈で答えた。

「さあさあ、ヴィクトール、今日は貴方のお仕事のものをいろいろ見せてくれるって約束よ!」

そのままぐいぐいと腕を引っ張って、ジョルジュエットがヴィクトールを急かす。

「お、おいおい、ジョルジュエット!」

そんなに急かさなくても見せる物は逃げやしないよ!

面食らいながらも何処か嬉しそうにヴィクトールが引きずられて行く。

「あ!ルブランさんもご一緒に」

「若い二人について行く気はしないな」

掌をかざして見送る体勢のルブランに、苦笑しながらも。

 

「オクターブ!!ルブランさんにお茶をお出しして置くように!!」

 

そう言い残して、上の階の部屋へと消えた。

 

・・・・オクターブ?

少し首を傾げて、ふと思考の波に沈む。

聞き覚えがある・・・・たしか前に・・・・何かの本で?物語で?

 

「・・・・ちがう」

「では、ルブラン様。こちらでお茶のご用意を・・・・? 、どうされました?」

沈んでいた思考の波の中。

水しぶきを上げて、何かが跳ねた。

ああ、そうか。

「執事、オクターブと言ったな」

「はい」

「つかぬ事を訊くが」

 

───もしそうだとしたら、自分が出張る必要はそれほど無さそうだ───

 

「『ALN』の意味を知っているか?」

「?!!」

顔色が変わった。アタリか。

 

「『彼』から聞かせてもらった話の中で、名前だけ聞いていたのでな。

 自己紹介が遅れた。私は、モーリス・ルブラン」

 

幾度と無く『あの人』に聞かされた名に、オクターブは目を瞠った。

 

「───現状は、どうなってるんだ?」

 

その声には『あの人』とはまったく違う、けれど同じ力を持った響きがある、とオクターブは感じた。

 

 

NEXT

* * *

ヴィクトールの過去と、重い腰を上げたルブランと、繋がったオクターブと。
ルブラン、原作では
『決して臆病ではなく、むしろ危険にぶつかっていく勇気の持ち主』(ハートの7より)とあります。(スゲェな)
ウチのルブランは危険に
『ぶつかっていく』というよりは『入っていく』の方がしっくりくるかもしれません(尚のこと悪いわ/笑)
次回はベシューの過去か、でなくばもう一話何か挟むかもしれません。

ブラウザバックプリーズ!

2005.12.06.SUISEN.