故郷・ルーアンの自室でルブランは一人考え込んでいた。
先日、ひとりで葉書を投函しに行くヴィクトールと会ってからというもの、何か気になって仕方がない。
毎日当然のように訪れていたヴィクトールとベシューはあれからぱったり来なくなった。
ベシューはパリに戻ったのだろうか?
しかし数回しか面識が無いとはいえ、ルパンから聞かされる話から合わせてみても
彼の性格から言って挨拶も無しにこの地を去ることも無いだろう。
よし、と思い立った私はペンを取った。
簡潔に用件を書くと、封筒に入れる。
『至急・親展───ALN 』
その封筒を窓から表の道へと投げたところで、ノックがあった。
「兄さま、気になるヴィクトールさんからのお誘いだわ」
真っ白な封書をヒラヒラと振って、妹・ジョルジュエットが意味ありげに笑った。
オクターブとルブランは客間へと場所を移した。
「面識がなかったもので。気づくのが遅れてすみません、ムッシュ・ルブラン」
深々と頭を下げるオクターブに、気にするなとルブランは手を振った。
「私も、名前を聞かなければ思い出さなかったからな」
この邸の執事・オクターブ。
だが、本当は彼はルパンの部下の一人だ。
『813』事件のとき、ルパンの身の回りを給仕していたのが彼だった。
もっとも、ルパンがあの後生きて帰ってこなければ、彼のことも知り得なかったのだけれども。
「あの事件は大変だったな」
「・・・もう勘弁してくださいって言ったら、苦笑で返されましたよ」
かく言う彼も、苦笑いでルブランの前に湯気の立つ紅茶を置いた。
それにフッと笑みを浮かべて答えると、表情を戻して本題に入る。
「それで、ベシューは」
「わかりません・・・が、危ないのは確かです」
オクターブの表情も緊張したものになる。彼は今、執事ではなく、ルパンの部下だ。
「危ないとは?」
「邸の中に血痕を見つけました。あと、パトロンの電信からで」
葉書の筆跡の相違、及び血痕の検出。
「あの日、ヴィクトールが出したものだな」
落とした視線が、紅茶を見つめる。
「会ったんですか」
「散歩の途中でな。ベシューが今動けない状態にあるとして───何処にいるか見当はつかないか?」
「隠しているとしても、邸の中は無理です。私が隈なく見てまわってますから」
オクターブが背筋をシャンと伸ばして答える。実直なハウスキーパーぶりが窺える。
「では邸の外は」
ルブランが淡々と尋ねる。その表情には何の感情も浮かばない。
さすがパトロンに『親友』と言わしめるだけある、とオクターブは思った。
「そうなると、場所はひとつに絞られます。裏庭の小屋です」
「裏庭」
ルブランが鸚鵡返しにぼつりと呟いた。
「裏庭と言ってもいくつかあって、その内の最も奥の小さな、荒れ果てた庭です。
そこの隅に崩れかかった物置小屋が置いてあります。たぶん、そこではないかと」
だったら、とルブランは首を傾げた。
「君が行って助けることも可能なんじゃないか?その方がすぐだろう?」
それだけ目星がついているのなら、オクターブ一人でもカタがつく。
そうルブランは考えていた。
しかしオクターブは力なく首を横に振った。
「駄目です。その庭は、ヴィクトールの部屋に面しているんです。
おまけに、彼はあれから外出を全くせずに部屋にいるか・・・・あの庭に足を運ぶかの、どちらかしかしていません」
そういえば今日も彼は家から一歩も出ることなく私たちを『招いた』のだったな。
ああ、と息を漏らしてルブランが答えた。
「姿の知れている、君では無理か」
「はい・・・それで、パトロンにご連絡を」
オクターブは申し訳無さそうに俯いた。
「もっと早くに気づくべきでした」
「そう自分を責めるな。『彼』のこと、もう動いているんだろう」
ひょっとするともう来ているかもしれないしな。
すっかり冷めてしまった紅茶から目を離して、ルブランが呟いた。
風が強いのか、窓の外では草木がざわめくように揺れていた。
***
客間の部屋の前に、奇妙なメイドが二人、佇んでいた。
「あの事件は悲しかったよね」
「パトロン、二回も死んじゃった」
二人とも一様に口をへの字に、眉をハの字にして並んでいる。
「一回目は焼身自殺」
「でもそれは嘘」
「よかった」
「よかった」
そこで二人は歯を出してニィと笑った。
「二回目は海に入水自殺」
「それは本当」
「悲しい」
「悲しい」
そこで二人はまた口をへの字に、眉をハの字にした。
「でもやっぱり生きてた」
「帰ってきた」
「パトロン帰ってきた」
「嬉しい」
「嬉しい」
二人は再び歯を出して笑い合い、その場を後にする。
「ルブランさん鋭いね」
「鋭いね」
「パトロン来るよ もうすぐ来るよ」
「パトロン来るよ もう来るよ」
「「もう来たよ」」
そこで二人はまた顔を見合わせてニィと笑い合う。
「さあてお仕事お仕事」
「お仕事お仕事」
邸中央の広間まで来ると、二人はお互いに向かって手を挙げ。
「ここからは別々 またねジャック」
「ここからは別々 またねジャン」
一人は邸の外へ、一人は邸中央の階段の上へと姿を消した。
───陽が傾くにつれ、風はその強さを増していくようだった。
NEXT
* * *
オクターブとルブランの対談。
この小説に登場するオクターブと最後に名前の出た二人(ドードビル兄弟)は『813』『続813』登場のキャラたちです。
なのでちょっと回想させてみた(^^)
つか噂の兄弟がメイドに変装★
つかコイツらは性別すら怪しい。
次はちょっと事件かな。ベシューの過去はもうちょい先で。
* * *
ブラウザバックプリーズ!
2005.12.10.SUISEN