首、首、首。
あの首が欲しいのだ。
頭部から背中へかけての美しいライン。
真っ白なうなじ。
首、首、首。
ワタシが欲しいのは他でもない。
ワタシを魅了して止まない、アナタの首。
『 首齧り・1 』
高原の別荘地といえばひがな一日木陰のテラスで読書をするか、木漏れ日の落ちる砂利道を散歩して過ごすかである。
その青年もまた、そのようにして日々を過ごしていた。
都会とは違い穏やかに過ぎていく時間に、青年は満足していた。
その日の朝、朝食に出されたコーヒーを片手に新聞を開いた彼は飛び込んできた記事に顔を顰めた。
内容はと言うと、首の無い女性の遺体が発見されたというもので、その発見された場所がいま居る高原地だというものだった。
無論警察は殺人事件と位置づけ捜査を開始するという。
「まったく。せっかく都会の喧騒を逃れてきたというのに物騒な」
誰に言うとでもなく呟くと、焼き上がったトーストを運んできた使用人がそうですねと言葉を漏らした。
「旦那様もお気をつけくださいませ。容疑者すらまだ上がっていないのですから。また事件が起こらないとも限りませんし」
心配げに言う使用人に対し、青年はそんなものは無用とばかりに微笑を浮かべた。
「ひがな一日テラスで本の虫をしている私だ。よっぽどのことが無い限り巻き込まれることなどないよ」
そう言うと青年は運ばれてきたばかりのトーストを口に頬張った。
青年はいわゆる実業家であった。
それほどその世界で名を上げているわけではないが、それなりの財は築き不自由なく暮らしていた。
陰惨な記事を見たその日、彼は珍しく外へ出た。
気分転換、というよりはすぐ近くで起きた事件への物見遊山的な感情の方が大きかったかもしれない。
とくに事件現場が何処なのか知っていたわけではないがついきょろきょろと辺りを見渡しながら歩いていると思いのほかそれは早くに見つかった。
小道を外れた木立の向こう、黄色いテープと青いビニールシート、複数のポリスマンの姿が見えたのである。
「驚いたな。うちのすぐ近くじゃないか」
元より色素の薄い顔をさらに青白くして青年は呟いた。うすら寒くなって、うっかり何かを見てしまわないうちにと足早にその場所を通り過ぎた。
と、そのとき。
「!!」
「おっと!」
突然茂みから子供が走り出てきて青年にぶつかった。
「あ・・っと、すみません!」
反動でよろめく身体を支えてやると、子供は慌てて顔を上げて謝った。
「いや。気をつけて歩くんだよ」
微笑で返すと子供はほんとうにすみませんと深々と一礼すると背を向け走っていってしまった。
その後姿を見送ったあと。
「今のは小林君だったな」
青年がぽつりと呟いた。
その翌々日。
再び紙面を事件が飾った。
また新たに女性の首無し遺体が発見されたというものだった。
しかも今度は複数見つかったという。
場所はこの高原地と近くの小さな町。
警察は同一犯による可能性が高く、連続殺人事件の疑いもあるとしている。
青年は溜息を吐きながら使用人が淹れてくれたコーヒーを啜った。
警察はいったい何をやっているのか・・・こうも物騒な事件が立て続けに起こったのでは、安心して表を歩けないではないか。
被害者の遺体が自分のいる高原地で見つかるというのも薄気味が悪い。
それに被害者たちの首はまだ見つかっていないのだ。
何処かに遺棄されたか、それとも犯人が持っているのか・・・。
そこまで考えて、青年はぶるりと身体を震わせた。
ああ恐ろしい。こんな猟奇的な事件が蔓延るくらいなら、自爆死したと噂の怪盗の奇行の方がまだマシじゃないか・・・。
額を押さえながら、彼は読書をすべくテラスへと向かった。
それから小一時間も経っただろうか。
屋外用の椅子に腰掛け持ってきた本を読みふけっていた彼だったが、不意に顔を上げた。
彼の居る場所からは林の一本道がよく見えた。
その一本道を歩いてくる影がある。
ひょろりとした長身の男で、髪はどうしたらそうなるのかというくらいにクシャクシャだった。
根っからのクセっ毛にプラスして本人の横着が見て取れる。
じっと見ていると、男がこちらに近寄ってきた。
「ちょっとお尋ねしたいのですが」
軽く会釈をして覗く瞳は吸い込まれそうなグレイブラウンだ。
「何でしょう?」
「姫柳家の別荘はどちらになりますかね」
先日首無し遺体で発見された被害者宅だ。
この先をまっすぐ行ったところだと指し示してやると男は一瞬そちらに目線を向け、再びこちらを見た。
「どうもありがとうございます」
「いいえ」
簡潔に礼を述べると男はゆっくりと通り過ぎ去っていった。
男が去った後、私は自分の手に視線を落とした。
いつのまにか手には大量の汗を掻いていた。
それからさらに三日後。
再び高原の林の中で女性の首無し死体が発見された。
その薄気味悪さというか気味の悪さと言ったら無かった。
林の中の切り株の上に彼女は首の無いままきちんと座ってそこに居たのだから。
あまりの光景に気分を悪くした私は手で口元を覆った。
「大丈夫ですか?こちらで少しお休みになった方が」
先日私に道を尋ねたあの男が私の様子に気がついて声をかけてきた。
「・・・・すみません・・・・」
「落ち着いてからでいいので、後で詳しくお話をお聞かせください」
「はい・・・・・・」
そう、第一発見者はこの私だったのだ。
なんか始まっちゃったけどどうすんだこれ。
とりあえずお付き合い。
08.09.10.TOWEL・M