それは一瞬の衝撃。

 何故膝が折れるのか

 何故脳内が白く焼けたのか

 その理由はすべて次の瞬間にやってきた。

 

 目前の好敵手に、手を伸ばす。

 

 

 

『凶弾・前編』

 

 

 

 事にして幸いだったのは彼と私だけの一騎打ちだったことか。

 然る洋館そびえる庭にて、明智探偵はまた見事に私を出し抜いて見せていた。

「ふふふ、またしても先生にしてやられてしまいましたね・・・それでは私めは貴方に免じてこの場は退散させていただきましょう」

「お褒めに預かり光栄だがね。───退散すると言われてはいそうですかと僕が君を逃がすと思うのかい」

「いいえ?」

 恭しく一礼する私に向かって、探偵が不敵な笑みをその口元に浮かべる。私もそれににっこりと貼り付けたような笑みで返す。

 一触即発。逃げおおせるか捕まるか。勝負はここから。

 私から目を放さない視線。ゾクゾクする。

 そのとき私はふと背後から第三者の視線を感じ取った。

 邸の敷地内から一歩足を踏み出せばそこには警官隊の群れが控えているかもしれないが、その視線はそういったものとはまた別のように感じた。

 明らかに単独で孤立しており、存在が浮いている。

 なんだ?

 目の前の明智と対峙しながらも、自然と感覚は背後の奇妙な気配へと向けられる。

 そしてその感覚を探っているうちに、背後の視線が辿り着く先が己の背ではなく目の前にいる明智に向けられているのだと気がついた。

 ハッとした私が後ろに目を向けたのと、硬質的なあの独特の黒が茂みから顔を覗かせたのは同時だった。

 その銃口は明らかに私の向こうにいる彼に向かっていた。

 

 危ない、などと叫ぶ暇は無かった。

 咄嗟に身体を彼の前にスライドさせて危険な標的から見えなくする。

 突然の私の動きに目を瞠る明智の表情。

 しかし時すでに遅く、それは火を噴いていた。

 

「?!!」

「!!」

 

 至近距離で響き渡る発砲音。

 背後から襲った衝撃に、堪らず膝が折れる。

 明智の顔が、驚きに蒼白になる。

 足を踏ん張りなおす余裕など無く、姿勢が前へと崩れていく。

 このまま崩れてしまっては二撃目が来たとき今度こそ明智に当たってしまうかもしれない。

 一瞬でそこまで考えたわけではないが、このまま倒れたのでは拙いという思いだけが私の手を彼に向かって伸ばさせていた。

「な・・・?!」

 倒れざまに明智の腕を掴んで引き寄せるとそのまま己の体の下に引き込んだ。

 思ったとおり、私たちが倒れた後も数発の発砲音が続いた。

 私の下で明智が身もがく。

 それでも私は下手に彼が這い出して弾雨に曝されたりしないよう、しっかりと彼を抱いていた。

 

 ひとしきり銃声が響き渡ったあと、辺りは急に静かになった。

 シン、と静まり返って動くものと言えば風に吹かれて揺れる茂みの葉や木立くらいのものだった。それくらいに、世界は静寂に満ちていた。

 しばしの沈黙を保つ。

 撃ってきた賊が近寄って来でもしたらと気を張り詰めていたのだが住宅街で派手にぶっ放したことを危惧してか、賊の気配は早々に茂みから立ち消えた。

 回避すべき危険が去ったのを認識すると、急速に体も意識も泥のように重くなり始めた。

「・・・ッ おいっ、二十面相ッ!」

 私の体の下から彼が這い出してきた。

 すみません、重かったでしょうね。

 すぐに退いてやりたいのは山々だったが、体はまるで地に溶け込まんと言わんばかりに重くだるかった。

「・・・・・二十面相ッ・・・・、」

 そんな私の身体を、明智が凄い力で仰向けてくれた。

 一気に視界が反転して広がるのは土色ではなく空色。そして覗き込む明智の顔。

 その明智の服が真っ赤に汚れているのに気がついて一瞬血の気が引く。

 まさか何処か怪我を?

 駆られた不安に、言うことのきかない腕を必死に上げた。

 それに気づいて、明智が私の手を掴んで引き寄せてくれた。

「なんだ、どうし・・・」

「・・・、が、を・・・・」

「?」

 声がかすれてうまく紡げない私の言葉に、明智は必死に耳を傾ける。

「・・・血が・・・・怪我、を?」

 やっと何とか音となり言葉となった私の発言に、明智は一瞬訳が分からないとでもいうように呆気に取られた顔した。

 が、次の瞬間その端正な顔が歪められた。

 

「ッ、馬鹿!!これはお前の血だ!!」

 

 他人の心配より自分の怪我の心配をしてろ!と怒鳴りつけられ目を瞠る。

 だがそれも一瞬のことで、私はすぐさま目を細めて笑った。

 

 ああそうか。なんだそうか私の血か。

 よかった。

 貴方の血でなくて。

 

 微笑した私をどう思ったか、彼はいっそう私の手を強く握り、いっそう私の名を呼んだ。

 ぬるま湯に浸かっているかのような奇妙な感覚が次第に遠退き、今度は異常に寒くなってきた。

 目は確かに明智とその後ろにそびえる空を映し出しているはずなのにちっとも見えている気がしないのは何故だろう。

 身体は、もう無くなってしまった気がした。動かせないとかいう問題ではない。

 意識に先んじて正直な身体は、すでに死んでしまっているようだった。

 私の名を呼ぶ彼の声も、もはや私の知らない、何処か遠くの国の言葉を喋っているように耳に響いた。

 それがただの音としか聞き取れなくなった頃には視界も白く解け出して。

 潮が一気に引くように、私の意識もまた白い波に浚われていった。

 

 白い闇が、二十面相を包む。

 

 

 

NEXT

あれ、続き物?(冷や汗;)
いやこの先もちょい打ってるんですけど長くなりそうだから分け分けしようかなと・・・;
前後編でまとまるのかそれとももう少し長引くのか、ちっとも分かりませんが何か。
ひとまず二十面相が撃たれるシーンを書けて満足満足。(ぷはー)

ブラウザバックプリーズ!

07.11.22.TOWEL・M