瞼の裏から現れた目が、呪われた黄金目に戻ってるとも知らないで。

 迂闊にも、その目に彼を映し出す。

 

 

 

『凶弾・後編』

 

 

 

「・・・・・・・」

 フッと目を開けた私の視界に広がるのは明らかに一個人の寝室の風景。

 私はその寝室のベッドに横たわっていて、ゆっくり視線を巡らすと洗面器を置いたサイドテーブルが目に入った。

 さらにその向こうには蔵書の詰まった本棚が見えた。そのいくつかが本棚から崩れ落ちて溢れてる。

 そしてこの部屋に漂う、独特の匂い。

 どこかで嗅いだ憶えがある気がする。

 で、ここはどこだろう。

 少なくとも私の隠れ家のどの寝室にも当てはまらないことは確かだ。

 そもそも、どうして私は寝ているのだっけ。

 記憶の糸を探っていると、軽い音がして寝室の扉が開いた。

 入り口に立つ人物と目が合い、思わず あ、と口を動かした。

「・・・・! 起きたのか・・・・」

「・・・・明智先生・・・・・?」

 戸口に立っていたのは己の宿敵とも呼べる相手、明智探偵その人だった。

 

 思い出した。そうだ銃弾だ。

 明智を狙った凶弾を、自分が盾となって喰らったのだ。

 一気に甦った記憶に多少眩暈を覚えながら、二十面相は近づいてくる探偵をぼんやり見つめていた。

 

「明智先生、ここは・・・・」

「私の寝室だ」

 

 そこでようやく私は寝室内に漂う香りが彼愛用のエジプト煙草のものだと気がついた。

 上から下まで、彼の佇む姿を見てホッと息を吐く。どうやら彼には外傷は無かったようだ。

 そんな私にちらりと視線を送ると明智は傍にあった椅子を引いて私のベッドの脇に座った。

 

「明智先生のお宅で目を覚ますことになるなんて思いも寄りませんでした」

 てっきり刑事見張り付きの病院のベッドで起きることになるかと思ってましたのに。

 目を細めてクスリとした笑いを相手に向ければフンと鼻であしらわれる。

「彼らに見張らせても、それはお前に逃げろと言っているようなものだ。私の手元に置いておく方がよっぽどマシだ」

 憮然とした面持ちでそう言う彼に、確かにそうかもしれませんねと笑って返すと何故か不機嫌な顔をされてしまった。

 そして落ちる沈黙。

「・・・・・・・・・・」

「・・・・・・明智先生?」

「何故かばった?」

「・・・・・・え?」

 彼の苦々しく寄せられる眉とは対照的に、私はぱちくりと目を瞬かせた。

「何故、って。みすみす先生が狙われていると知って、黙っていられるような私じゃありませんよ」

「前々から知ってたのか?」

「いえ、あの場で貴方を狙う不躾な視線を感じ取ったのですよ。間一髪と言ったところでしたが」

 よかったですよ。貴方にお怪我が無くて。

 にっこり笑いかけてそう言う私を、理解不能だとでも言うように明智は見ていた。

「本当に───・・・良かったですよ」

 私とは違って貴方に何かあると皆さん心配されますからね。

 あそこで貴方に怪我をさせたら、それこそ私の名折れですよ。

 探偵は『私とは違って』というところにピクリと反応したがとくに何も言わず、始めから折るほど誉れ高い名でも無いだろうと私を詰り飛ばした。

「─────」

「え?」

 聞き取れるか取れないかというぐらい小さな声で、明智が何事か呟いた。

 それはかろうじて私の耳に届いていたが、彼の口からそんな言葉が聞けるなんて意外で、思わず聞き返してしまった。

「・・・・・もう、いい」

 フン、とそこで彼はそっぽを向いてしまった。

 臍を曲げきってしまう前に、話題を変えた方が良さそうだと感じた私は、違う話を切り出した。

「しかし、ここは貴方の寝室なのですよね」

「そうだが何か?」

「何か、って。貴方はどちらでお休みになられるのです」

「客間があるさ」

「・・・普通はそっちに私を置くべきじゃないでしょうか・・・・・」

 本当のところ本当に見張り付きの病院ベッドで目を覚ます覚悟であったのだ。

 それが、明智宅の、まさか明智自身のベッドで目を覚ますことになるなんて、一体誰が予測できただろう。

 しかも本人は客間で寝るからいいと言う。

 念のため断っておくが、自分は怪盗、相手は探偵である。

 そこまで考えて、私は明智宅にはもう一人小さな探偵がいることを思い出した。

「小林君には何と言ったのです?あの子は貴方以上に私を快く思っていないはずですが・・・」

「私以上というのは余計だ。彼には君が二十面相だとは言ってない」

 彼の小さな助手は正義感が強く、己の師を崇拝し、その敵である私をこれでもかというほど憎んでいる。

 私の方は彼のことが嫌いではない。むしろ気に入っているくらいだ。

 それに悪いものを悪いとまっすぐに言えるのは子どもの特権だろう。

 人は一体いつから善悪の境界を有耶無耶にし、転げ落ちていってしまうものなのだろうか。

 

 わたしのように。

 

「具合が悪いのか」

「え?」

 気がつけば前髪を掻き揚げられて額には彼の手が置かれていた。冷たい手。

「少し熱いな・・・・しかしそれにしても」

「? なんです?」

 発熱しているようだと顔を顰める彼に、大丈夫だと言ったころで急に言葉を切られどうかしたのかと視線を上げる。

 

 そう、愚かなことに私はこのときまで気がつかなかったのだ。

 

「見事な黄金目だな」

 

(愚かだ。実に愚かだ。これだけ時間が経てば薬を使って変えた忌々しい目の色など)

 

「・・・・・え?」

 

(元に戻っていない、訳などないのに。)

 

「────ッ!!!!」

「?!! 二十面相?!」

 声にならない悲鳴を上げて、額に置かれていた手を跳ね除ける。

 いきなり動いたことで途端に突き抜けるような痛みが走る。

「馬鹿!何してる!!」

 慌てたような叱咤とともに暴れる身体を押さえ込まれる。

 それでもこの目だけは見られたくなくて顔を背ける。

 調度良く、前髪がはらりと落ちて目元を隠す。

「ったく、何なんだ、いきなり──・・・!」

「せん、・・・先生・・・・」

 情けないことに、声が震えた。

 私の異変を感じ取ったのだろう。押さえ込む力が、フッと弱められた。

「───・・・何だ?」

「・・・・すみませんが・・・・私の衣服の胸ポケットに目薬容器が入ってるはずなのですが・・・それを、持ってきていただけませんか」

「? 目薬?」

「はい・・・目の色を変える、ものです」

「いまさら変装か?私の前で?意味ないだろう」

 するりと抑えていた手が離れる。呆れたような声音に、私は手で目元を覆いながらもその指の隙間からそっと彼の表情を窺った。

「いえ、だって・・・気味が悪いでしょう?」

「気味が悪い?何がだ?」

「何がって・・・・」

 

 この目がだ。

 生まれつきのこの黄金目。

 黒髪から覗く瞳は、日本人ならば黒曜かブラウンが適当だというのに。

 自分の双眼に埋まっているのは、獣のように鋭く煌く黄金目だった。

 

 子どもの頃、周りの子たちは指をさしつつ口々に言った。

 

 『気味が悪い』、と。

 

 正義と悪。

 悪いものは悪いと言える真っ直ぐさ。

 

『気味が悪い』

 

 子どもはいつだって、残酷なまでに真っ直ぐだ。

 

 

 身体を丸めて顔を伏せている私の上で、溜息が漏れる。

 明智が、呆れた眼差しでこちらを見ている。

「私は『見事な』と言ったんだ。誰も気味が悪いなんて言ってない」

 というか、誰がそんなこと言った。

 何処か怒ったような声で言われ、こちらが何か悪いことをしたかのように思えてくる。

 いや、確かに常日頃法に触れまくりなことをしているからその感覚は間違っていないのだけれど。

「不特定多数に言われ続けてきましたが・・・」

 だって、当然じゃありません?

 何故か弁明するように言い募る私を、明智は一掃した。

「二十面相」

「・・・・はい」

「私が『見事な』と言ったんだ」

「・・・・・・・」

「『見事な』と言った私の前でまでわざわざその目を隠すような真似をする必要はない」

「・・・・・はい」

 無駄に凄みの掛かった声で言われては、私は『YES』以外に言葉を紡ぎようがなかった。

 

「全く、分かったら大人しく寝ていろ。怪我人が暴れるんじゃない」

 

 ボスッと乱暴に頭を枕に押し付けられる。

 さすがに堪らず「う、」と呻きの声を上げた。

 抗議しようとして、再び額に手が宛てられて言葉を見失う。

 

「ほらみろ、さっきより熱いじゃないか」

「・・・・・・・・すみません」

 

 まっすぐに茶色の瞳がこちらを見つめてくる。

 その目が相対しているのは『気味が悪い』と言われ続けてきた黄金目のはずで。

 何の躊躇いもなく向けられる視線が慣れなくて、思わず視線を落としてしまう。

 無駄な行為と知りながら、前髪を引っ張る。

 

「・・・君の怪我は全治にひと月は掛かるそうだ」

「え?あ、はぁ」

 突然切り出された話につい間抜けた声が上がる。

 まあ銃創だしなぁ・・・。

 いつまでも彼の寝室を占拠しているわけにもいかないだろうし、ともすると次目が覚めたときには刑務所なんてことも彼ならありえなくもない。

 そこはそれ、そこそこ動けるようになったらお暇させていただこう、と思っていたのだが。

「さらに静養期間も含めてこれからあと二ヶ月はここに居てもらうからな」

「え、ちょ、静養って・・・え?せんせ・・・」

 戸惑う私を置いて、氷水を持ってくると言って彼は立ち上がった。

 

 ドアを開け、閉める瞬間彼はこちらにちらりと視線を向けて

 

「逃げるなよ」

 

 ニヤリと笑った。

 

 一人部屋に残された私は

 

「二ヶ月って・・・その間は、居てもいいってことなんでしょうか・・・・?」

 

 彼の意図を図りかねて、困惑の坩堝(るつぼ)に落ちていた。

 

 

 探偵と怪盗の、奇妙な二ヶ月間の生活が此処より始まる。

 

 

 

END

ひとまずここで終わらせといて、あとは書きたい2ヶ月間のエピソードを書いていこうかと。
ダシが出来た感じですかね。しかしこれ完璧に明知20だよね!(笑顔)
まあいいんだ。某S様宅のチュウされ20見て明智20をエロで妄想してるようなヤツですから水玉は。(殴 打)
きっと怪我が治ればヘタレ攻めだよ!(笑)

ブラウザバックプリーズ!

07.11.24.TOWEL・M