『透明人間と少年』

 

 芝生の広がる広場で、ぼくは兄さんと出会った。

 

「変な兄さん」

「おや、君は僕が見えるのかい」

「見えるって、何言ってんの」

「僕は透明人間なんだよ」

 ホントに何言ってんだ、この兄さんって思った。

 目の前に居る兄さんを下から上まで眺める。

 白いラインの入った、普通の学ランよりはちょっとカッコイイ感じの学ラン姿。

 けれどもそれを着るには、顔がちょっと大人だ。

 髪はクセのある猫っ毛の黒髪で、風が吹くとふわふわ揺れた。

「透明人間って、全然透明じゃないじゃん。服も着てるし」

 ていうかさ、そんな学ランみたいな服着てるけどそんな歳じゃないよね。

「へぇ、君にはそう見えているのか」

 そう言って兄さんは自分の容姿を確認するように視線を巡らした。

「だから、そうとしか見えないってーの」

 いよいよ頭がオカシイぞこの兄さん。

 関わらずにさっさと行った方がいいかなぁと思ってそんな素振りをしていると、兄さんがそんなぼくの様子に気がついたように顔を上げた。

「何か急ぎかい?そうでなかったら、少し話し相手になってくれると嬉しいんだけれど。こんな有様だからね。人と話すのは久しぶりなんだよ」

 だから、どんな有様なんだ。

 いつまでも下手な冗談ネタを通そうとする兄さんにぼくは少し苛々した。

 けれどとくに用事も無かったし、正直退屈していたので話すだけならと思って付き合ってあげることにした。

 空いていたベンチに並んで座る。

 

 

 

「まだ言うのかよ。そんなに言うんなら、証明してみせてよ。透明人間だったら、簡単だろ」

「そうだなぁ」

 苛々を隠さず刺々しい口調で言うと、兄さんがゆっくりと立ち上がった。

 目の前にはキャンディボールを使って遊んでる子達が五、六人いた。

 その輪の中に兄さんがスタスタと入っていく。

 そこでぼくは何故みんな変な顔もせずにいるんだろうとふと思った。

 だって普通、知らない人が自分たちの方に近づいてきたら変に思って遊ぶ手を止めてしまうだろう。

 それなのに、その子達は顔色一つ変えず遊んでいる。

 近づいていく兄さんがまるで見えていないような。

 兄さんがその子達の輪の中に完全に入ってしまっても、やはりみんな変わらずゲームを楽しんでいた。

 進行するゲーム、その渦中をゆっくりと歩いている兄さん。

 それはなんとも奇妙な光景で、ぼくは思わず腰を浮かしていた。

 次の瞬間、兄さんがパッと手を伸ばし、一人の少年が手にしていたボールを取り上げた。

 うわ、ぜったい突っかかってくるぞ。

 険悪な空気になることを想像して、ぼくは顔を逸らした。

 けれど想像していた喧騒はいつまで経っても聞こえて来ず、不思議に思ったぼくはそろそろと視線を戻した。

 するとそこには動きを止め、ぽかんとした顔で兄さんを──正確には兄さんの手にあるボールを見つめるその子達の姿があった。

 最初は見知らぬ人の突然の侵入に呆気に取られているのかなとも思っていたがどうも違う。

 みんな、兄さんにはちらとも目を向けていないのだ。

 みんながみんな、兄さんの手にあるキャンディボールだけを見つめていた。

 不意に兄さんがボールをその場でつき始めた。

 次の瞬間。

「わあ!オバケ!!」

 その場に居た五、六人の子供たちが悲鳴を上げながら駆け出した。

 キャーキャーと思い思いに叫ぶ悲鳴の中で誰かが言った。

「透明人間のオバケだ!!」

 誰も居なくなった広場にボールを持った兄さんだけがぽつんと立っている。

 ベンチから立ち上がったぼくは動けずに、じっと兄さんを見ていた。

 兄さんはゆっくり振り返ると力なく笑って言った。

 

「ね、君。分かったろう。僕は透明人間なんだよ」

 

 それが、透明人間の兄さんとぼくとの出会い。

 夏が来る前の、緑が一番美しい季節だった。

 

END

 この透明人間は、家族には行方不明になったと思われてた気がする。
 家の中に入っても、声を出すとバレちゃうから声は潜めて。
 でもこの透明人間の妹が鋭くて、ヒヤヒヤものだったんだ、たしか。

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 08.08.22.TOWEL・M