虎之丞。
虎之丞
虎之丞
虎之丞
虎之丞。
嗚呼、骨を共にしようと
おまえは言ったのに。
嗚呼、虎之丞。
『虎之丞の話』
ふいに柱の写真の人に目が行った。
色も無い古い写真。
これだあれ?
何も知らない子どもは無邪気にそして気まぐれに古傷を抉る。
婆さまが、細々と語りだした。
商店街。
田舎町のそれなのに、やけにその日は大勢の人で賑わっていた。
若い娘はお気に入りの紅い着物に身を包み、街を散策。
ふと、おまんじゅうの出店を見つける。
ほかほかに湯気のたった、出来立てのおまんじゅう。
お店のおじさんにください、と言ってほくほく顔でまだ熱いまんじゅうを頬張る。
さて行こうと顔を上げた路の向こう側、客を相手にしている行商らしき少年を視界の端に見た。
みやげ物売りのようであった。
土産用に封のされた菓子折りを客へと売りつけている。
どうやら売ることができたらしく、立ち去る客へと深々と頭を下げ、そうかと思うと荷を背負いなおしこちらへ向かって軽く駆けて来た。
タッタッタ
ドン
きゃッ
俯き、ツバを深く被っていた少年は娘に気づかなかったらしくすれ違いざまにぶつかってしまった。
その瞬間に、娘と少年の目と目がかち合う。
時間が止まったようだった。
これ、食べよ。
おう。
気づけば娘は笑顔でほかほかのお饅頭を少年へ向かって差し出していた。
少年も少年の方で、貰った饅頭を受け取ってニカリと笑った。
何してるん?
みやげ用の饅頭なんかを売ってるんじゃ。ぱちもんやけどな。
そんな。ばれたら怒られん?酷い目に遭うよ。
大丈夫じゃけ。
大丈夫だ、としてやったり顔でニカリニカリと笑う少年。
ほかほかのお饅頭が、次第に熱を失ってくる。
娘の顔に、影が落ちる。
名前は?
虎之丞。あんたは。
わたしは。
ここでわたしは虎之丞に何と言ったのだったろうか。
すくなくとも本名ではなかったことは確かだ。
なんとなくだが、『水』のつく名を告げたような気がする。
それこそ『水仙』とでも名のったのだろうか
でも何処かでそれも違うだろうと否定する。
怒号が聞こえてくる。
さっきの客だ。
青筋を浮かべて、腕を振り上げてこっちに来る。
まずい。
どちらからともなく駆け出す。
娘に駆け出す必要は無いのに娘も駆け出す。
並ぶようにふたり、駆けてゆく。
駆けゆく中。
虎之丞、こっち。
手を差し伸べる娘。
娘の視界から、虎之丞の背は娘より低かった。
なぁ。
なに?
おれら、いっしょに入ろうな。
虎之丞は娘にむかってそう言った。
何故か娘はそれが骨のことだとわかっていた。
ひとつの骨壷の中に共に入る情景がありありと脳裏に浮かんだ。
骨壷に入れられるその白骨(しらほね)こそが虎之丞であり、娘であるはずなのに、だ。
うん。
不思議と娘にも異論は無かった。
むしろ当然のことと思えた。
何をいまさら、口に出して言う必要があろうかと思えるほどに。
走るふたり、一度物置めいた隙間へと逃げ込むが即座に娘が虎之丞の手を引く。
ここでは見つかったとき逃げられないからと。
そして飛び出したふたりはまた走り出す。
手を取り合って。
見えるガラス戸。
そこを越えれば、大丈夫なはずだった。
───虎之介!
娘が叫んだその名はきっと呼称となるはずだった名。
頭を殴打された虎之丞が叩きつけられるように地にひれ伏す。
後頭部から弧を描く紅。まるで西洋の髪紐≪リボン≫のようで───
虎之介!
虎之介
虎之介
虎之介・・・・
虎之丞!!
伏した虎之丞に縋る娘。
見下げる野等の視線が卑しい。
気がつけば虎之丞の姿は無く
美しい白骨(しらほね)があるばかりだった。
嗚呼
嗚呼
嗚呼
嗚呼
───嗚呼!
嗚呼、お前は骨を共にしようと言ったのに!!
お前は、ひとりで白骨(しらほね)になってしまった!!
娘が泣く。
いや、娘はだいぶ前からとうに泣いていた。
やがて白骨(しらほね)は娘の手元からするりと離れ、舟となり。
どこからともなく流れてきた川にのり、娘の前から流れていった。
どこにゆくの
どこにゆくの
色のない舟は娘に背をむけて流れてゆくだけで、答えは無い。
置いていかれた娘は、ただただ衣を通して砂利の感触をはっきりと味わった。
体重をかけている部分が、砂利に喰い込んで、痛かった。
ふたりは出会い、そして別たれた。
おかしいよ。
こどもが無邪気に首を傾げる。
それならどうしてそのひとの写真がここにあるの?
老婆はただ柔和に微笑むだけ。
答えは、無い。
END
* * *
珍しく夢に出てきた人物の名前を覚えていたので、忘れないうちに。
自分が何と呼ばれたのかも覚えておればよかったのに。
握られた手を、ずっと握っていたかったのに。
ブラウザバックで浮上。