まだ、少し君を愛している。(BB)

 

 きらびやかな場所は苦手だ。

 ベシューは重い溜息を吐いた。

 

 仕事でもないのに、何故こんな場所に自分が招かれているのか。

 だが招待されてしまったものを無下に断るわけにも行かない。相手が上流階級なら尚更。

 刑事などという公僕を生業にしていると見ず知らずの貴族の夜会に突然招待されるのもしばしばだ。

 理由は護衛を兼ねたものであったり、社交辞令であったりといろいろだが、

 自分が招かれるのは、『彼』と一時親しくしていた時期があったからだろう。

 

「ベシュー刑事」

「ドラフォスさん」

 

 この夜会の主催者であるドラフォス氏がワイングラスを片手ににこにこと笑みを浮かべながら近寄ってきた。

 こちらも愛想良く微笑を浮かべながら挨拶を交わす。

 しばらく他愛ない雑談の後、ドラフォス氏が思い切ったように話し出した。

 

「ベシュー氏は、その、例の・・・アルセーヌ・ルパンと親しくされていたことがおありだとか」

「ええ、まあ」

「おお、やはり本当でしたか!あ、いえ失礼。差し支えなければ、その時のお話などを詳しく窺いたいと思いまして・・・」

「・・・・取り立ててお話しするようなことは無いのですけれどね。『彼』の伝記作家が書いた、あの探偵社の話以上のことは」

 

 一瞬高揚した声を慌てて落として弁明する氏に、ベシューは苦笑を浮かべて答えた。

 彼のように、『彼』について尋ねたがるものは五万といる。

 それは内外問わずで、氏のように外の人間ならばまだしも同僚たちからの追随には困り果てたものだった。

 バーネット探偵社が閉じた後も『彼』と通じているのではないかと。

 全く、そんなことあるわけもない。あの探偵社が無くなってしまってから、自分には『彼』に連絡を取る手段などもう無いのだ。

 それは決して特別なことではない。過去に出会った人たちの中でも連絡のつかなくなった人たちが何人もいる。

 ただし、『彼』と自分の職務上、過去になりきれないところがあるが。

 

「そうですか・・・いやしかし、あの正体不明の男の、日常的な面も目にされていたりするのでは?」

 

 ルブラン氏の伝記には冒険譚と浮いた話しか記されませんからね。

 そう言ってなお食い下がろうとするドラフォス氏に、目を細める。

 

「どうでしょうね。僕が知っていたのは『ジム・バーネット』という男ですから。

 辛辣な物言いで、人をからかうという点では彼らは似ていたかもしれませんね」

 

 そこでふと言葉を切ると、何かを思い出したかのようにクスリと笑った。

 

「しかし、ドラフォスさん。『彼』は紳士的な怪盗ということで謳われていますが、

 バーネットというヤツはどうしようもなくだらしのない男でしてね。

 探偵社の事務所の席でシャツのボタンもろくに留めずに僕にいつもこう言ってましたよ。

『どうしたらそんなファッション雑誌からそのまま取り出してきたような格好が出来るんだ?』ってね」

「ですが・・・・・噂や伝記に聞くあの男は、とてもそうとは」

 

 表情に困惑の色を載せて、氏が言いよどんだ。

 

「ですからね、僕の話なんて当てにならないんですよ。

 僕が会ったのは、あくまで『彼』が持つ変装レパートリーのひとつに過ぎないんですから」

 

 それでは、と一方的に話を切ると氏の傍から離れた。

 やれやれと会場の隅の方にある支柱に寄りかかり、一息吐く。

 

「どこかお加減が悪いのですかな?」

 

 その支柱の裏からかかったしわがれた声に、ベシューは肩が跳ね上がるほど驚いた。

 後ろを振り返るも、声の主の姿は無い。どうやら自分と同じく相手も支柱に寄りかかっているようだった。

 支柱越しに、少々老いた声が聞こえてくる。

 

「具合が悪いようならば、誰か呼んだ方がいい」

「いいえ、大丈夫です。こういった場は慣れないもので、少々疲れてしまって」

「そうですか。まあ無理はされん方が良いでしょう」

「お気遣いありがとうございます」

「こういった場は慣れないと仰っていたが、今日は何方かのご招待で?」

「ええ。今夜の会の主催者に」

「ほう、ドラフォス氏の。いや、身分の高い方に気安く話しかけてしまって申し訳ない」

「いえ、僕は貴族じゃありません。歯牙無い公僕ですよ」

「公職。刑事さんかな」

「よくわかりましたね」

 

 おかしい。

 最初年老いてしわがれていたはずの相手の声がどんどん若返って聞こえてくるのは気のせいだろうか?

 

「そういえば先ほどドラフォス氏とお話されていたようですね。何を?」

「大したことでは。僕の、知人、の話です」

 

 うっかり友人と言いそうになって言葉が詰まる。

 そう言ってしまって構わないかもしれないが、この後またその話題にならないとも限らなかった。

 

「それはどういった方で?」

「・・・・世間的には、非常によく知られた人ですよ」

 

 気のせいではない。ベシューは身を硬くした。

 老いていたはずの声が、はっきりと若々しい青年のものになっている。

 思い切って、ベシューは支柱の裏側にいる人物に問うた。

 

「ときに貴方は実はお若いんですね。最初話しかけられたときは、もっと歳をいっておられるのかと思ってました」

 

 一瞬、沈黙が落ちる。

 会場はとても賑やかなはずなのに、何故か今はそれらがとても遠くに感じられた。

 すると暫し間を置いて、バツの悪そうな声が支柱の裏から聞こえてきた。

 

「・・・・・・・・君を久しぶりに見かけたものだから」

 

 つい、声をかけたのだけれど。

 うっかり話すのに夢中になって、声を変えるのを忘れてしまった。

 

「とりあえずここじゃ難だから、庭にでも出ないかい?」

「・・・・・? きみ、は?」

 

 心の臓が跳ね上がる。

 期待なのか不安なのか、自分でもよく分からない。

 

「今更僕を誰だって言うつもりなのかい?・・・・・そりゃ無いぜ。さっきまで散々話題にしてたくせにさ」

「話題にしてたのは僕じゃないよ。・・・・・・拗ねるなよ、いつも大変なんだから」

 

 支柱から背を離し、裏へと回る。

 広間の照明から陰になるその場所は、けれども相手の顔がよく分かった。

 だからベシューは素直に驚きの声を上げた。

 

「バーネットじゃないか」

「だから隠れて話しかけたんじゃないか」

 

 姿こそ貴族の装いであったが、その顔はバーネットそのものだった。

 この怪盗のことだから、てっきりまた見ず知らずの顔が出てくるのだろうと思っていたベシューは心底呆れた。

 

「まさか君がいるとは思わなくてね。焦ったよ」

「・・・・・・一応フランス全土と世界を股にかける悪党なんだから変装する顔ぐらい注意しようよ、そこは」

「何故か知らないけれど今夜はどうしてもこの顔で来たかったんだよ」

 

 そしたら案の定、君だ。

 苦笑を浮かべる、その顔が懐かしい。

 

「僕が仕事で来てたらどうするつもりだったんだ・・・・」

「そのときはそのとき。それなりに楽しむさ」

 

 痛む頭を抱えるベシューを他所に、怪盗は呆気羅漢と答える。

 

「しかしベシュー、いくら仕事じゃないとはいえ、いいのかい?捕まえなくても」

 

 揶揄を含んだ声は相変わらず憎たらしい。

 ベシューは素直にそう思った。だから返す言葉も恥ずかしさを堪えてできるだけ素直に述べた。

 

「捕まえろって?久しぶりに会えて嬉しくて、まだ君のことを少し愛しているのだと実感してる、この僕に?」

 

 ベシューの思わぬ切り替えしに目を瞠った怪盗は、ほんの少し照れ臭そうにして完敗だよ、ベシューと答えた。

 

 

「しかし───少ししか愛してくれないのかい?ベシュー」

 

 夜会を抜け出し庭に向かう途中、漏らした怪盗の言葉に今度はベシューが盛大に顔を赤くした。

 

 

 

END

 長くなってしまった(爆)
 久々のBB。バーネット探偵社解散後。
 でもあれだけ仲良くしてたら、絶対その後もベシューに会いに行ってそうですけど怪盗(笑)

ブラウザバックプリーズ!

 

09.01.18.TOWEL・M