私は此処に居る、だから貴方は此処に来て欲しい。(ルパルブ)

 

 

 私は何処へも行かない

 何処へも行かず、私は此処に居る。

 私は此処にいる。

 

 だから、

 

 

 

 毎日決まって午前10時から正午までの二時間。

 忙しいだろうに、パリ市内にいる間は彼は必ず私を訪ねてくれる。

 仕事は?と訊くときちんと食べているかと尋ね返された。

 食事は?睡眠は?きちんと摂ったか?と。

 いずれもすぐに答えられるほど徹底していない。当然口篭ると、彼は眉を寄せる。

 

 僕が来られる日は毎日来て、毎日チェックするからな。

 

 そのお達しに、ぶるりと背筋を震わせたものだ。

 

 それが幸福だったのだと、気がついたのはいつだっただろう。

 彼の仕事が忙しくなり、彼が顔を出さなくなる日が増えていくたびに。

 

 私は少しずつ壊れていく。

 

 

 バサバサと音を立てて落ちる紙の山。

 これまでのルパン譚の原稿の束たち。

 束ねていた紐も今はほどけて。

 舞い散る羽毛のように飛翔する。

 それも数秒後にはひらひらと力なく舞い、最後にはらりと床に滑り落ちる。

 その様子を床に転がり眺める『わたし』

 あらかた舞い散ると束を掻き集めてもう一度宙へと放る。

 再び舞い落ちる紙の羽。さっきからその繰り返し。

 彼からの私的な手紙は私の手元にほとんど無い。

 私が大事に取って置いても、いつのまにか彼が処分してしまうからだ。

 私の身を案じてのことだということは分かっているので何も言えない。

 けれど手元に残る物が無いことは悲しかった。

 こんなふうに、彼にしばらく会えないとき。

 彼を偲ぶものは、私が書いた彼の冒険譚くらい。

 

 バサバサバサ

 

 はらはらはら

 

 もう何日来なかった?

 もう何日会えなかった?

 私は何処にも行かず、此処にいるのに。

 

 玄関には、視界を埋め尽くすほどの新聞が溜まっている。

 新聞を見れば、少しは彼の状況が分かるかもしれない。

 けれど何も載っていなかったときの落胆を考えると、あの山を崩して新しい新聞を掘り起こす気にもなれない。

 けっきょく何も出来なくて、私はただただ自分の書いた彼の冒険譚に埋もれてる。

 そこに私に向けられた彼の言葉など、何ひとつ無いのに。

 

 バサバサバサ

 

 はらはらはら・・・・

 

 今日何度目か、原稿の雪を降らせる。

 

「これは酷いな」

 

 真っ白な原稿で埋め尽くされた視界の向こうで、自信に満ち溢れた声がする。

 呆れたように漏らされた溜息。ドキリとする。

 

「玄関は新聞の山。書斎は原稿の海。悲惨だな、久しぶりに来たってのに」

 

 ひら、ひら、ひら、と勢いを無くした原稿が一枚、床の上をすべって。

 

「客人に邸の掃除をさせる気かい?モーリス───」

 

 彼の足元に舞い降りた。

 

 

 私は此処にいるのに、なかなか帰って来ないお前が悪い。

 

 

 床に広がる真っ白な原稿用紙を蹴散らして、私は彼の胸へと跳び込んだ。

 

 

 

END

この後怪盗はご機嫌取りに追われてそうだ(笑)

モーリスはモーリスで拗ねつつもくっついたまんま離れないんだよ、きっと。

 

ブラウザバックプリーズ!

 

08.04.23.TOWEL・M