水アカ。(現代Ver.リパ)

 

 21世紀。いわゆる現代といわれる今は、19世紀末のそれ並みに退廃的だ。

 ただ、自由に飛び回るにはあの時代より少し窮屈なだけで。

 

「はーあ。やれやれ。」

 新しくも無い、どちらかといえば古くなってきているビジネスホテルの一室に入るなりタイを緩める。

 この手のホテルは何処も同じだ。簡単なデスクテーブルにベッドが一つ。

 必要最低限なモノしか揃っていない部屋は割りと過ごしやすかったりする。

 目移りするものが、何ひとつ無いから。

 タイと背広をベッドの上へと放り投げると、青年は真っ赤な髪を掻き上げた。

「ったく、やってらんねーぜ」

 その下から見えた瞳も、それと違わぬ、紅い色素だった。

 

 ─── ム カ シ を思い出したのはガキの頃に紙で指を切ったとき。

 思いのほか滴り落ちた血の紅を見つけたときだ。

 思い出したのは今となっちゃあ伝説化してしまうほど遠い過去のこと。

 おれが切り裂きジャックと 呼 ば れ て い た頃の話だ。

 ───全部おれの妄想だって?いやいや違う、そうじゃない。

 その証拠に、おれはおれの愛した女を憶えてる。

 

 ではまたあの頃のようにおれの中で泉のごとく湧き出る闇を形にしないではいられないかといえばそういうわけでもなく。

 二十一になりごく普通に社会人なんぞをやっていたりする。

 

 キュッ、と蛇口をひねれば狭い浴槽に蒸気が溢れ湯が溜まり始める。

「・・・かと言って全然後悔も反省もないしなぁ」

 何度生まれようと、やはり自分は自分でしかないらしい。

 生まれ変わったのなら何か価値観の変化でも得られるかと思ったのだが。

「つまらないな」

 十分に湯の張った浴槽を見とめて蛇口を閉めると、そこいら中にワイシャツだの下着だのを脱ぎ散らかして身を沈めた。

 

 ユニットバスは湯が飛び跳ねないように気を使う。

 ふと上を見上げて仕切りのカーテンがあることに気づく。

 どうもおかしいと思ったらコイツが無かったんだ。

 やれやれ、おろしとけよなと思いながら立ち上がってカーテンに手をかけた。

 

 なんとなく、訪れる予感を感じながら。

 

 シャッと音を立ててカーテンを引く。

 何事も無い。クリーム色でレーヨン製の、よくあるカーテンだ。

 ワケの分からない予感は気のせいだったと力を抜いたとき、それが目に留まった。

 

 一瞬、飛び散った血の痕かと思った。

 しかしよく見ればそれは淡いピンクを帯びた水しぶきの跡───水アカだった。

 

 さすが場末のビジネスホテル、手入れもここまでは行き届かなかったか。

 だが、これからのことを考えるのならこれは大失態だ。

 なんてことだ。

 ああなんてことだ。

 飛び散った水アカを見た瞬間、手がうずき始めるのが分かった。

 急速に頭のどこかが新しい扉を開く感覚。光の洪水、いや光の柱が脳内に視覚となって現れる。

 久しい感覚に、歓喜に、目が見開いていく。

 

 口元に。

 

 紅い弧月が

 

 浮かんでいく。

 

 

 おれは新鮮な気持ちで風呂を出た。

 体を拭かずに出たので部屋の床が濡れたが構わない。

 それすらも、爽快に感じた。

 濡れた手で携帯を取り上げる。

 簡単な操作と呼び出し音の後、カチャッと相手が出る音がする。

 

「ハルヒ?」

 

 いつになっても愛しい女よ。

 叶うことなら今宵は今すぐにでもきみに逢いたい。

 そして告げたいまずきみに。

 

「ただいま。ただいまハルヒ。」

 

 かえってきた。

 おれはかえってきたよ

 

 受話器の向こう側から聞こえてくるやさしいおかえりの声に、おれはうっとりと目を閉じ紡ぐ。

 

「手 始 め に 、いまの会社を辞めようと思うんだ」

 

 

 翌日、あらゆるメディアがとある会社のビルで起こった生存者ゼロの惨殺事件を報じる。

 

 

 

 END

 仕事のツアー先で泊まったホテルの風呂のカーテンの水垢から発想を得た話。
 いままで書いてた現代版パロとはまた違った趣で。
 何が違うってリパが途中までは真面目に生きてたってことくらいですが(爆)
 最後のスイッチって、ホント普段は目にも留まらないかやり過ごしてしまうくらい些細なモンだと思うのです。

ブラウザバックプリーズ!

 

 07.05.31.TOWEL・M