ぼくはナイフになるかもしれない。(ラフバニ)

 

 その夜会では、とくにラッフルズは件の仕事をするなどということは言っていなかった気がする。

 でも、ぼくらは二人いっしょにそれについて考えるということはまずなかったし、

 そういった類の話題はラッフルズが持って来るのが常だ。

 だから突然その事態が降って湧いたとしても、それは仕様の無いことではあった。

 

「見てご覧、バニー。あれが我が大英帝国が誇る、法の擁護者さまだよ」

 

 慈愛深き母が迷い子に教えを諭すかのような優しい厳かな口調でラッフルズが告げたので、

 ぼくはその手が差し伸べる先を至極落ち着いた心もちで見ることができた。

 

「彼が、シャーロック・ホームズ?」

「そうだよバニー。そして隣に居るのがおそらくはドクター・ワトソン氏だろうね」

 

 言われて視線をずらすと確かにそこには柔和な面立ちをした、医者と思えそうな紳士がいた。

 こんなところで、こんな形で英国の話題を攫う正義漢二人に見(まみ)えるとは思いもよらず、ぼくは遠目にもしげしげと眺めてしまった。

 そんなぼくの様子を見て、ラッフルズは苦笑した。

 

「そんなに悠長にしていていいのかい?バニー。向こうは、僕らのことに気がついているんだぜ?」

「え?気がついてるって」

「僕と君が───いや正確には僕がかな───影では道を踏み外してるってことにね」

 

 彼の言葉に、ぼくは本当に驚いてしまって二の句が告げなかった。

 会場の華やかなざわめきが、遠くに聞こえる。

 

「え、でも、ぼくも君も捕まってないし。そもそも名前だって。」

「まあ世間一般、警察連中にはそうだろうがね。あの底知れぬ叡智を持った探偵様には、通用するまいよ。」

 

 事実彼は、僕を見ている。

 

 そう言ったラッフルズの言葉どおり、英国を代表する探偵は獲物を捕らえる鋭い目つきで、ラッフルズを見ていた。

 ぼくの背筋に、冷たいものが走る。

 

「どうするの?」

 

 不安と困惑を含ませた声で、ぼくはラッフルズに問うた。

 

「なに、僕らは今夜、まだ仕事はしていない。彼に対して後ろめたさを持つ必要は無いよ。」

「『まだ』ってことは、するんだね?」

 

 彼の含みを持った言葉に気づいたぼくはすぐさま切り替えした。

 すると彼はあの独特の笑みを浮かべた。

 

「まわりにこれだけのお宝がひしめいているんだよ、バニー。

 君はそれを強敵が目の前に居るからという理由でおいそれと逃がすつもりなのかい?」

 

 確かに、今夜の夜会において女性陣はこれでもかというほどきらびやかに着飾っている。

 その首から胸元にかけてを彩るジュエリーやネックレスは、そうとうの価値があるだろう。

 だからと言って、あの探偵の目をやり過ごして、それらを手にし、この場を上手く立ち去ることができるだろうか。

 上手く立ち去れたとしても、後々あの猟犬はこちらを嗅ぎ付けて、追ってくるのではないだろうか。

 

「大丈夫だよ、バニー。きっと上手くやれるさ」

 

 ぼくが返答に詰まっていると、ラッフルズはそう言って優しく微笑んだ。

 だが、ぼくは頭の中では最悪、ラッフルズが万策尽きた時のことを考えて、

 そのときどうやって彼に活路を見出させるかということを考えていた。

 

 普段彼と共に仕事をする際はたいした働きもできないぼくだが、

 彼を救済するという点だけにおいてはぼくの中で眠っているものが目を覚ますのだ。

 それはいざとなったら彼を助けられるのは自分しかいないという自負であったかもしれないし、

 また彼がいなくなった後の自分のことを考えるのは、想像するにも恐ろしかったからかもしれない。

 スクール時代から、ぼくは彼に頼りっきりで、卒業し大学を出た今ではもうすっかり彼無しでは居られなくなってしまっていた。

 

 帰る家も寄るべき家族もすでに無いぼくにとっては、ラッフルズが唯一にして無二の存在。

 

 だからもし。

 その彼に何か火の粉が降りかかるようなことがあれば。

 

 ぼくは、ナイフになるかもしれない。

 

 ぼくは毅然と顔を上げると、思い知らしめるような面持ちで遠くに映る探偵に鋭い目を向けた。

 

 

 

 END

 バニーからホムへの宣戦布告?(笑)
 イラストで書いた小話の続きで。
 本当はこれに事件も全部おさめようとしたんだけど、だらだら書いてたら長くなっちゃったんで一旦切り。
 バニーはラッフルズが窮地になると、人が変わるような気がする。
 きっとラッフルズの為なら平気で人も殺しちゃうよ、この子。

 ブラウザバックプリーズ!

 06.09.21.SUISEN