異端とは、畏怖と同義である。(ヤード)
現場で指揮を取れる警部という役職も、所詮刑事職の一階級でしかない。
上も出席するような会議の場では、ときに痛い、ときには理不尽な言及の的となる。
それはヤードの警部陣の中でも殊に生真面目なレストレイドにとっては大きな負担だった。
「あれ?レストレイドさん書類抱えてどちらへ?」
保安課の方から歩いてきたレストレイドに、ホプキンズが声をかける。
「会議だ」
それに短くレストレイドが答える。
「ああ・・・・頑張ってきてください・・・・・」
その答えに、すべて汲み取ったと言わんばかりにホプキンズが遠い目をして呟く。
警部としては若手でハツラツとした彼も、あの愚痴ばかり聞かされる会議は苦手らしい。
もっとも、頑張れと言われてもあの会議で何を頑張ればいいのかは知れないが。
力なく見送るホプキンズを尻目にレストレイドが会議室へと足を進めようとしたとき、後ろからあれ、と呟きが漏れた。
「・・・グレグズンさんも、出席じゃなかったでしたっけ?今日の」
「アイツが会議に出席すると思うか?」
「・・・いいえ。とゆーか、もしかして」
「アイツはいつも欠席だ。・・・クソ、人に全部押し付けやがって」
「そうなんですか・・・・あれ、でも」
「なんだ」
「グレグズンさん一人のときはちゃんと出てるみたいですよ?」
ふうん。
興味も無いと言うように気の無い相槌だけを打って、レストレイドは今度こそその場を後にした。
「よ、」
「・・・何してるんだ、おまえ」
会議室の前で、レストレイドはこれ以上ないくらい珍しいものを見つけた。
「何って、会議じゃん。今日」
「おまえ、今まで出たことあったか?」
「誰かと一緒のときは無いねぇ。一人のときは出てるけど」
会議室の前に、グレグズンが立っていた。
てっきり今日の会議も欠席するのだろうと思い込んでいたレストレイドが、なんで居るんだと口走る。
いや、居る方が本来は正しいのだが。
「どういう風の吹き回しだ・・・」
まるで良くないことの前触れかとでも言うように呟くレストレイドに、グレグズンが苦笑する。
が、その後急にスッと真顔になって
「たまにはいいかと思ってね」
呟いた。その口調も口元も、いつもどおり軽いものなのに。
(・・・?)
何処かいつもと様子の違うグレグズンに、レストレイドは内心首を傾げた。
会議室の、扉が開く。
(・・・なんだ?)
会議室に入るなり、常とは違った漂う雰囲気に眉を寄せた。
いつもは威厳なんだか虚栄心なんだかを保つ為にどっかりと椅子に腰掛けている上の連中が、
今日に限っては自分たちが入ってくるなり腰が落ち着かない様子だ。
皆々平静を装っているようだが、どこかぎこちなかった。
今までに無い上の者たちの様子にどうしたのかと思っていると
そんな気まずさなど知らぬとでも言うように隣に座っていたグレグズンがさらりと言葉を切り出した。
「本日は探偵であるホームズ氏が事件を解決、その手柄をこちらに譲渡したことに関してとのことでしたが、
何かご指摘なされるような問題点でもありましたか?」
思わず、おい、と咎めるような視線を隣に向ける。
言葉遣いこそ普段よりはマシなものになってはいるが、軽い口調だけは何も変わっていない。
ただ尋ねているだけなのに、それがまるで上を揶揄しているようにしか聞こえなかった。
だが、相手側の反応は意外なほど歯切れの悪いものだった。
「ふ、ふむ・・・いや、ここ最近その探偵に協力を仰ぐ傾向にあるようだが・・・」
普段は誰が喋るのもお構い無しにいっせいに喋り出すのに、
今日に至ってはきょときょとと視線を巡らしたり互いの顔色を見るばかりで誰も口を挟んでこない。
「ええ、迷宮入りになりそうな件、もしくは事件発生当初からこちらでは理解しがたい不可解な点がある場合などは
助言・協力を仰がせてもらってます。事件解決・犯人逮捕を最優先に考えれば当然のことと思いますが、それが何か?」
室内中に流れる気まずげな空気の中に響くグレグズンの声。
その声に、笑いが含まれていることに気がついた。
(──・・・グレグズン?)
隣に座る彼を見る。
仕事場のデスクを書類で埋め、自身もその書類の中で埋まっている彼。
普段はだらしなく足を机に上げて座っているが、今は姿勢を正し座っている。
机に肘をついて、顔の前で手を合わせている。
そんな彼に、別段変わった様子は見られない。
いつもは力無いライトグリーンの目が鋭く光っているということを除けば。
「・・・───・・・・しかし、あまり民間人に捜査協力を求めるのは、我々の体面が・・・・」
上の者が正直それがどうしたというようなことを言い募っている。だがその口調はやはりどこか鈍い。
話の内容などほとんど聞いていなかった。ただグレグズンの横顔、その眼をずっと見ていた。
「彼はこちらに解決した手柄をすべて譲渡して来ています。新聞各社が騒ぎ立てるだけで
書類・公務記載上はすべてこちらで処理したものとして扱われ彼の名は一切出ません。それでもまだ何か?」
そこまで淡々と言い切られてしまうと、もうにべも無い。
「ではもう本日はこれまででよろしいですね」
どこの店の営業スマイルだ、と言わんばかりにニッコリ微笑んだグレグズンは
本来ならば上が終了の合図を出すものを自ら終了させて席を立つと、俺の腕を掴んで会議室を後にした。
会議室を出るその背後で、安堵の溜め息が次々と漏れるのを聞いた。
「・・・・・おい」
「・・・・・・・・」
「・・・・・おい」
「・・・・・・・・」
「おい」
「ん?ぁあ?何?」
「いい加減腕を放せ」
「あ」
ワリ、と言ってグレグズンが俺の腕を外す。
グレグズンにさっきの会議室でのような雰囲気は無い。
眼もいつもどおり、力の無い眼だ。
「なぁ、おまえが会議に出るときって、いつもあんな感じなのか」
あんな感じ、とは上の連中の様子のこと。
よそよそしいというか、白々しいというか。
グレグズンに向ける視線が、何か変だった。
まるで奇妙なものでも見るような目で。
「あぁ・・・そだけど?」
いつもどおり。へらりと答える。
でもそのへらり、もなんだか力が無い。
「なんで、あんな変なんだろうな」
「オレが怖いんだろうさ」
いつもどおりだった力無いライトグリーンの眼が煌めく。
瞬時にさっきの鋭さで空気を射抜いた気がした。
「──おまえが書類を溜めて業務を滞らせるからか?」
「───は?」
ポカンと口を空けてグレグズンが呆気にとられたようにこちらを見る。
? なんだ?俺は何か変なことを言ったか?
「レストレイド・・・それ、本気で言ってる?」
「俺がいつフザけた?」
むっとして言い返すと、グレグズンは終始無言俯いた───と思ったら。
「あっははははははは!!!!」
「なっ・・・」
いきなり笑い出された。
「なんでいきなり笑う!」
「んー?やーもー・・・ははははは!!」
理由を訊いてもグレグズンは更に笑うばかりで答えない。
ワケが分からず、だんだん腹が立ってきた。
「笑うな!!」(怒)
「あはははは、はーっ、レストレイド、おまえやっぱ最高☆あははははは」
「だから・・・・!!」
廊下のど真ん中で、笑い声と怒鳴り声が響き渡る。
おもいっきり視線の集中砲火を浴びているのだが、そこはそれこの二人のこと。
まったくもって気づいていない。
「・・・・何やってんだ、あいつら」
「会議が終わったのだろうな」
「いや、会議が終わったのとあの騒ぎとは同義じゃねぇだろアルセニー」
「まあ・・・とりあえず会議の方は大丈夫だったってことでいいんじゃないですか?」
保安課の入り口。
会議に出た二人を実はこっそり心配していた同僚たちが、
いつもどおりな二人を遠目に確認して胸を撫で下ろしていた。
END
むむむ・・・;これだけではちと消化不良・・・;;;
もうひとつの拍手SS『異端児』を見てからの方が分かりやすいかも;;;
ちなみに会議において他のメンツたちは、
ホプキンズ→上の人たちが退くくらいのキラキラハツラツ光線で防御。
ブラッド→サラッと流して次の議題に進む。(ある意味勇気あるシカト)
ピーター→その巨体で何も言わせない。(威圧感!)
アルセニー→外貌フル活用(笑)
これを見ると、やっぱり一番酷い目に遭ってんのはレストレイドのような気がします(笑)
ブラウザバックプリーズ!
06.07.25.SUISEN