=紅く歪んだ弧月の夜に(リパルブ・皇帝モノ)=

 

 まずはじめに、紅い三日月が弧を描くのが飛び込んできて最悪だと思った。

 どっちに転んでも最悪だったろうが、やはり最悪なものは最悪だ。

「・・・お前にはヒトを的にする趣味があるのか?」

 眉間に皺を寄せて問いかければ、

「こっちの方が面白いだろ?スリル満点で」

 窓辺に腰掛け、クツクツと哂う男の顔は逆光で見えなかったが、紅く歪んだ口元が弧を描いて裂けたのは判った。

 面白いのはお前だけで、スリルがあるのは俺だけだ。

 喉まで出かかった言葉は言わないでおいた。

 おそらくはさっきまで己の体を支えていたのであろう

 足元に転がる下男二人の額にはダーツにしては大きすぎる短剣が深々と突き刺さっていた。

 

 

 体の支えが短剣だけというのは何とも頼りないような気もするが意外と丈夫なものだ。

 それだけ等間隔に巧く衣服を貫いている証拠でもあった。

 宙に浮いたままの足元にはやはり心もとなさが残っていたが。

 

 ヒュン

 ダンッ

 

 空を切る音は木の葉のように軽いのに、壁に突き刺さった瞬間に立てる音はいやに大きく、禍々しかった。

 また一本、的確に短剣が衣服を縫い留めてゆく。

 ピンで固定される標本の虫と言ったら、こんな感じなのだろうか。

 けっこう他人事だな。重力に逆らって固定されるのが少し窮屈なだけで。

 嗚呼、それにしてもムッとするこの濃い臭い・・・

 いつ始末したのかわからないが、足元に転がる二つの死体から立ち昇るむせ返るような血の臭いに呼吸がし辛い。

 自分はまだ一滴の血も流してないだけマシかと思っていると、空を切る感触が顔に向かって飛んできた。

 顔を顰め、フイッと首を逸らすと流れた髪の中へと深々と短剣が突き刺さった。

 ついで一瞬後に、顔を背けた視界にも短剣の直刃が躍り出た。

「・・・・・!」

 髪を縫いとめられ、尚且つ白く光る冷気が感じられるほど眼前にある刃。

 完全に身動きが取れなくなったところで、紅い影が紅い月灯りを背負って近づいてくるのを感じた。

「・・・・ッ」

 頭を掴まれて無理矢理顔をそちらに向けさせられる。

 部屋の奥間だというのに、仰向けられた瞬間に今宵の月はやけに紅いと思ったのは何故だろう。

「なぁ、アンタが眠ると夜が眠るってことになって、朝が来るんだってな」

 ギリギリと押さえつける手に力が込められて、痛い。

 ヘタに動くと周囲に数多に刺さった短剣で自身を引き裂きかねないから、どうにもできない。

 もっとも、動かされてしまえばそれで終わりなのだが。

「・・・・・ッ、それが?」

 息を詰まらせながらも何とか答えると、紅い目が融けるように歪んだ。

「俺は朝が来ると困るんだ」

 

 アイツと、別れなくちゃいけなくなるからな───

 

「だから・・・・・」

 一瞬真摯な輝きが宿った、と思った途端に衝撃が走る。

「が・・・・ッ!!」

 力任せに引っ張られて布が裂ける音は遠くに聞こえた。

 短剣に留められた髪が捲き込まれて引っ張られる痛みが軽く意識を奪う。

 気づけば床に押さえ込まれて、首を圧迫されていた。

「は・・・・ク、はっ」

 視界の隅に幾重もの短剣が突き刺さった壁が見えた。

 そのひとつに、一房の黒髪。

「だから、アンタには眠られちゃ困るんだ」

 酸素を求めて開けていた口に、真っ白な粉末を注ぎ込まれる。

「んグッ・・・・!」

 喉奥に降り積もったそれを吐き出そうとしたが明らかに生身ではない手の感触に遮られた。

 必死にその手を退けようとしたが並々ならないその力に、物静かに過ごしてきたものの手が敵うはずも無い。

「飲み込め」

 歪み霞んだ視界に最後に映ったのは、紅い月灯りの中浮かび上がる紅と、舞い散る花弁───

 

 

 夜帝が動かなくなったことを確認して、紅帝は起き上がった。

「・・・・覚醒剤だよ」

 服用量は標準の数倍だけど。

 事も無げに言って、クスリと哂う。

 見下ろした夜帝は瞬きもせず両眼を開けたまま、凍りついた人形のようだった。

「脳みそ、焼けちまったかな」

 おーい、と呼んで紅帝は夜帝の目の前でヒラヒラと手を振って見せたが、夜帝の瞳すら動くことは無かった。

 そこで興味を無くしたのだろう。いや、窓辺から入り込んでくるものに気づいたと言うべきか。

 紅帝は窓辺に体を向けた。

 紅い月灯りに照らされて、紅帝国中に浮かび上がったのは淡く舞い散る可憐な花───桜だ。

 はらはらと舞い散る花弁に、紅帝は手を差し伸べた。

「『明日の朝』は・・・ぜったいに来ては駄目なんだ」

 

 アイツとも、この花とも。

 別れなくちゃ、いけなくなるからな。

 

 紅帝はそのまま窓辺に足を掛けるとサッとその姿を外へと消した。

 あとに残ったのは意識を奪われた筈の夜帝。

 まだ若干残る白濁した意識の中で、夜帝はひとりごちていた。

 

 嗚呼、あの哀れな男は解かっていない。

 確かに自分は夜そのもの──陽を昇らせないことは出来る。

 だが、陽が昇らないからといってそれは時を留めていることと同意ではない。

 夜が帳を下ろしている間にも時は進む。

 その証拠に───花は散るのだ。

 

 夜帝の独り言も、音に出来れば誰か聞いたものがあったかもしれない。

 だが、実際にはそれは吐息にもならなかった。

 両眼を見開いたまま横たわる夜帝の上に、淡い色の花弁がはらはらと舞い落ちていた。

 

 

 END

 懲りずにやったリパルブ皇帝シリーズ第二段(爆)
 前にブログで載せてた夜帝の話の続きみたいな感じで。
 ってことは何ですか、ルパン一回やられちゃってるってことになりますね(笑)
 でもリパは結局ハルヒを中心に動くので大丈夫です(何が

 ブラウザバックプリーズ!

 06.04.09.SUISEN