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1 世界の意味を変えたのは誰ですか(マズルー)
貴方に出会ったのがその始まり。
物心ついた瞬間から親の記憶は欠片も無かったから
捨てられたのかもしれないし
もしかしたらもともと居なかったのかも 知れない。
だって物心ついたときから世界は転落していた
真っ暗だった
下手に良い悪知恵を駆使して
すす汚れた裏通りを駆け回っていた 記憶が 幼少の多くを占めていて。
どうしてだったのだろう
汚れた体で
炎の中に転がっていたのは。
何がどうしてそうなったのかは知らないが
たまたま擦れ違った裏通りのゴロツキに
ムシの居所が悪い腹イセに
首根っこを掴まれて
ぼくは安っぽい窓ガラスを貧弱な背中でガシャンと割るハメになった。
莫迦者!!
遠くでそんな怒声が聞こえたような気もした。
そうして気がついた頃にはまわりが火の海だ。
「こまったなぁ」
本当に困っているのかと疑いたくなるほど、マヌケな声がそう言った。
火事は最初からあったのかもしれないし、あのゴロツキがそれでも収まらないムシを抑えるために放ったものかもしれなかった。
どっちにしても、いまはどうでもいいことだけれど。
「熱い・・・・」
ゆらめく熱気に、喉を押さえながら首を巡らすが火はしっかりと方々にまわっていて出れそうにも無かった。
もともと人の居ない建物だったらしい。部屋に物は無く、火はその力を誇示している。
こんなガタのきた建物なら、すぐにでも天井から崩れ落ちるだろうな。
黒い煙に咳き込みながら、呑気に冷静に、そう思う。
死にたくは無いし、火だって熱いし、何より生きたまま焼け死ぬというのは怖いのだけれど。
一方でどうにもならないという考えが占めているのに気づいて、なんて子どもらしくないんだろうとぼくはぼくに呆れた。
短いながらも、煤だらけの灰まみれな人生が原因なんだろうか。
いずれにせよ、こんな子どもは捨てて正解だったと皮肉でも何でもなく親の判断に賛辞を贈る。
いや、捨てられたのかどうかも分からないのだけれど。
と、そこで思い切り何か吹き飛ぶ音がした。
背後でだったのだが、てっきり外の炎が勢いを増して壁でもぶち破って入ってきたんだろうと両手で抱え込んだ頭の片隅で考えていた。
だってまさか、こんなに火のまわりまくった建物に、いくら消防でも突入してくるなんて有り得ないじゃないか。
だが、そのまさかだったのだ。
「───ッ、・・・!!よかった・・・まだ、無事だった!」
ホッとしたような、知らない男の人の声。
驚いて顔を上げた瞬間に抱きかかえられる。
それはさっき遠くで聞いたと思った怒声に似ていたような気もしたけど。
「すぐに出なければ・・・っと、怖いかい?」
大きな紅い、立派な肩掛けで手早くぼくを包み込みながら
この状態では炎を突っ切らなくてはならないことを危惧してか、少し戸惑い気味に男は聞いた。
「おにいさんは怖くないよ?」
言ってしまってから、ぼくは自分でもどうしてこんな的外れなことを口にしたのか分からずポカンとしてしまった。
ぼくを抱えた男も一瞬目を大きく瞬かせたが、すぐにその目尻を緩めて「いい子だな」と言うとぼくをしっかり抱きなおした。
そしてすぐさま暑い火の中に外を目指して跳び込んで行ったのだけれど───
『いい子』だなんて言われたことの無かったぼくは、ぼくの何処がどう『いい子』だったんだろうと
考えるのにいっぱいで、火の熱さなんてちっとも気にならなかった。
───ガシャン!という音がして、世界が急に涼しくなったことでようやく今まで火の中だったのだと知ったほどだ。
ぼくと男の人が出たところは裏通りのさらに狭い小路だった。
騒がしい方に首を向ければ、遠くに人だかりが見えた。
「怖かったかい?」
ぼくを覗き込みながら、男の人はまたそう聞いてきた。
きちんと見た男の人は金色の髪で、よくよく見れば服の身なりもよかった。
「だから怖くないってば」
さっきも言った、と頬を膨らませれば男は吹き出しながら、「本当にいい子だな」と言った。
また聞かされるその言葉に、ぼくは怪訝な顔をして「いい子じゃない」と突っぱねた。
「何故?」
「だって、ほら」
微笑みながら首を傾げた男に、ポケットから銭入れを出してみせる。
子どもが持つには少々大きいそれに、男が目を見開いた。
「それは?」
「さっき・・・ぇえと、ぼくを投げた人の、だと思う」
あの辺はぼんやりしていたし、突然だったので意識が飛び飛びなのだが。
それでもその日暮な体はしっかりと盗る物を盗っていたようで。
さぁこれでいい子だなんて言ってられないだろうと思っていたら、目の前の男はさも愉快と言わんばかりに笑い出してしまった。
「強かだね!!いいね・・・本当に、いい子だ」
また、『いい子』だ。
ぼくは信じられてないのかと思って、ムッとして「ホントだよ?」と言ってみたが
男は「ああ、ホントだよ。いい子だ」と言って取り合ってくれなかった。
「君、名前は?お家は?」
名前。
他人に訊かれたのは、この時が初めてだったかもしれない。
辛うじて憶えていた名前をドキドキしながら口にした。
「マ、ズルー」
正直言って家は無いも同然なので、言わなかった。
「マズルーか。いいね、良い名前だ」
「良い名前・・・・」
そっか、ぼくの名前って良い名前なんだ。
言ったことも無かった名前に、ついた賛辞に照れくさくなる。
「ふぅむ。ひとまず私の家に行こうか。ヴィクトワールなら、温かいミルクでもスープでもすぐに用意してくれる」
ここは騒がしいからね。
警察も集まってきたらしい。男の人の背中越しに、それを思わせる影がちらほら見えた。
そこでふと思い当たって、自分を抱きかかえながら歩く男に視線を戻す。
「おにいさんの、なまえは?」
男の人の表情が、一瞬止まったように見えて。
「───・・・・・私は───・・・・・」
その先に紡がれた名に、僕は己の一生を誓うことになる。
少なくともあの時から
灰まみれだった僕の世界を変えた、その人、その名前に。
アルセーヌ=ルパン。
ふぅん、いいなまえだね。
本当にいいなと思ったからそう言ったら、名乗ったその人は
マズルーはほんとうにいい子だなと
何故か泣くとも笑うともつかない顔で、たしか、笑った。
2006.02.09.SUISEN
2 どうして罰を待ち望むのですか(グレグズン)
いつか裁かれる日を待っている。
漠然とした気持ちに、思わず失笑する。
自分はヤードに属する、法に反する者を捕らえる立場にあるものだ。
そんなヤツが、どうして罰を待ち望まねばならないのだろう?
誰かにこの心を覗かれたらお笑い種にされること間違いナシだ
でも、自分はぜったい地獄に堕ちると思うんだ。
オレだけじゃない、他の警察官も、裁判官も、みんなそうだ。
一体みんな、何が理由で同じ人間を捕まえて、裁いて、処刑してるんだろう。
裁かれ処刑されたソイツが後々冤罪だと知れたらどうするんだろう。
本当のことなんか誰も知らない。
あくまで『揺るぎない』が前提の証拠と証言だけで同じ人間を捕まえて、裁く。
───排除してゆく。
同じ人間が、同じ人間を、何の戸惑いも無く、だ。
法的にソイツに『罪』があると分かった瞬間に、何なんだ?この変わり様。
冤罪でも一度咎人のレッテルを貼られたらそれを剥がすのは容易じゃない。
突きつけるにはあまりにもリスクの大きいそれを、オレたちは躊躇無く突きつけ突き堕とす。
感情・考える力を持ってしまった人類に、人類が自ら科した感情無き『法律』。
それを盾に人は人を裁く権利を持ち得た。
ときには理不尽な法の下に虐殺も。
───それでもまだ、法に属することが『正しい』だなんて言えるだろうか?
それでもその殺戮を当たり障り無く過ごしている人たちに向けるわけにも許すわけにもいかないから
けっきょく日々どこかで起こる殺人だとか盗難だとかを取り締まると大口を叩く。
発生件率の方が解決率をはるかに上回り、未解決事件ばかりが溜まりこんでるっていうのに?
未だ人知れず眠っている事件もあるかもしれないってのに?
オレたちは阿呆だな。
それでもそれでもそれでも、言いながら結局終わりなんか何処にも無くて。
まるでループだ
永遠の象徴は自分のしっぽを噛んでループを作った蛇・・・・これは何から来てる話だっけ?
考えても考えても尽きることが無いのなら
全てがムダだと言うのなら
早く終わって欲しい、と。
切実に願ってしまう。
いますぐにでも、突然何もかも終わればいいと。
胸が痛いほどに
そう、思うのだけれど。
「グレグズン!!とっとと書類を始末しないかぁあッッ!!!(怒)」
最早デスクの上だけでは足りず、床をも占拠しだした書類の束に(むしろ山に)
とうとう署内で一番名の知れたカタブツ低気圧がオレに向かって吠え出した。
「あ〜も〜だから怒られますよって言ったのにぃ〜っ」
レストレイドさんも落ち着いて、とトルネイドを起こしかねない低気圧を高気圧BOYなホプキンズが必死に抑える。
「グレグズン・・・・」
「ん?よぅ、魔王」
ぬぅっ、と現れたのは目にオールウェイズ隈持ちのアルセニー・ジョーンズ。
見た目からして人外の空気を放っている為、オレは魔王と呼んでいる。
「退屈だ・・・一山寄こせ」
「一山って・・・・この書類か?」
うむ、肯いて魔王は書類を一山(もはや束と呼べるレベルではない)を取った。
「魔王、手伝ってくれんの」
うむ、ともう一度肯くと魔王はオレに背を向けて自分のデスクへと戻ってゆく。
その戻り際、
「ピーター、お前も手伝うがいい」
ドサッ、と音を立ててその書類の山の半分をピーター・ジョーンズの上へと落した。
ぐげぇっ、と書類に埋もれて潰れた悲鳴が上がった。
「ッの、なんで俺が!!」
「お前もやることが無くて暇だろう。同僚が書類に埋もれて圧死する前に助けるのが同僚の務め」
何だかよく分からない任務をピーターに言い渡して、魔王が自分のデスクに着く。
俺はいま圧死するトコだったわ!!というピーターの叫びを完全に無視して。
「魔王〜ピーたぁ〜ん〜よろしくね〜♪」
「って根源はお前かァ!!!」
誰がピーたんだ、誰が!!と、怒るピーたんは体格の良いスポーツ系な男だ。
「じゃ、ピーターパン?厭だな〜ごっついピーターパン。子どもの夢壊すよ?」
「誰が新しいあだ名を付けろっつった!!フツーに呼びゃあいいんだよ!!!(怒)」
ちくしょう、とブツブツ何か言いながらも結局オレの書類に着手している。面白いヤツだ。
「僕も一山・・・とまではいかないですけど、手伝いますよ」
分担してやった方が、早く終わりそうですもんね。レストレイドさんも静まりませんし。
ホプキンズがやって来て、一山の半分くらいを持ち上げる。
「ワリーね」
「そう思うんなら溜めないでくださいよ・・・・」
げんなりした様子で高気圧BOYが持ち場に戻る。
「まったく・・・!!さっさと済ませろよ!!」
青筋を浮かべて腰を上げたレストレイド低気圧は「俺は帰る!」と言い出しそうな雰囲気だったので。
「あ、レストレイド、この書類、お前のサイン必要なのも入ってるから」
「〜〜〜〜ッ!!!貸せッ!!俺もやる!!」
出鼻を挫いてやったら、顔を真っ赤に怒らせて書類の山を引っ手繰っていった。
「ワリーね♪」
「「そう思うんなら少しは反省しろォ!!」」
ピーたんとレストレイド低気圧が同時に叫んだ。
甲斐性ナシなオレは不謹慎にもゲラゲラと笑い出す。
そう、不謹慎だ。
こんな恵まれた環境にあって
それを目にしても実感しても
それでもまだ。
それでもオレは、裁かれるのを待っている。
「・・・ホント、ワリーね」
少しトーンの落ちた声に、「気色悪いな」という感想が職場全員から漏れて。
酷いな、キミたち。と呟いてオレはいつものようにヘラリと笑った。
2006.02.09.SUISEN
3 真実以外はすべて 贋者だと思っていませんか(ホムワト)
思っていたよ。
贋者だと思っていたよ。
感情という不必要なものを取り除いた真実こそがすべてすべてと
───君と出会うまでは
どうして君はいつもそう退屈そうにしてるんだい?
当然だろう、この世は退屈なものでしかない。
どうして君は部屋から一歩も出ないんだい?
事件以外で出歩く用も無い。辟易する世界なんか眺めてどうする。
どうして君はそんなに
───どうして君はそんなに僕に構うんだい?
所詮赤の他人。
どうしようがどうなろうが、君の知ったことでは無いだろうに。
そんなことないよ。
構うよ。
何故?
目の前に見える。
君のことが、心配だから。
───突き詰めた真実だけが、すべてだと思っていた。
すべての、あらゆる無駄を省いた真実だけが、本当だと。
けれど贋者と識別されるはずの君は
───ホームズ!
不安定で不確かなはずの感情で
君ってやつは・・・ホントに、もう!
真実以外の贋者にも、実は本物も含まれているんだよということを教えてくれた。
「気色悪いなぁ、笑いながら寝てる」
「�瑤錙▲錺肇愁鵝�!!」
目を覚ましてすぐに目に飛び込んできたワトソンの顔のどアップに、らしくも無く一瞬ビクついてしまった。
そんな私の様子を見てワトソンは「やったv」と喜色満面の笑みを浮かべた。
「いっつも僕が起きる時はホームズに驚かされっぱなしだからね。仕返し♪」
一体何をそんなに喜んでいるのかと思えばそんなこと。
そんな理由でそんなに嬉しそうにしてくれるのなら、毎日でも驚かされやるのにという自分の考えに苦笑する。
「? 起き抜けからずいぶん機嫌がいいんだね?ホームズ・・・・」
珍しい。きょとんとして首を傾げている彼こそがその理由なのだと知ったら、どんな顔をするのだろうか。
「まあね・・・夢見が良かったからね」
「ふぅん?」
ベッドに腰掛けてきた彼を腕の中に捕まえるとそのままその透明で柔らかな髪にくちづけを落す。
くすぐったそうに身じろいで、照れくさそうにするのは相変わらずだ。
「ホントに珍しい・・・どうしたの?」
撫でるようなキスに「くすぐったいよ」と笑いながら。
「言っただろう、夢見が良かったのさ」
君の夢だよ。
そう言ったのなら、君はどんな顔を浮かべてくれるだろう。
真実以外のすべての贋者に、真実を与えてくれた君は。
2006.02.09.SUISEN
5 英雄とは 法律的存在ですか それとも道徳的存在ですか(ルパン&ガニマール)
ルパンとガニマール、と言えば誰もが宿敵・好敵手という言葉を思い浮かべるだろう。
作中で私は彼らをよく『ある種の友情』と表記することがあるのだがそれにも実はきちんとした逸話が在る。
これは私が彼から聞いた、あの『アルセーヌ・ルパンの逮捕』後のフランスへ帰る船の中での話だ。
正直、ガニマールに捕まってフランス行きの船に押し込められたことなんてどうでも良かった。
実のところ逃げようと思えば僕は煙のように逃げることが出来たし、あの逮捕現場で奇術師よろしく消えることだって出来た。
ただ、それをしなかったのはネリー嬢との切ない恋の終わりの感傷の余韻に浸っていたからに過ぎなかった。
「おい」
「?」
そんなものだから、ネリー嬢を想ってぼんやりしていた僕は向かいの席に座っているガニマールのことなんかすっかり忘れていた。
「おい・・・腕」
「? 腕?」
「大丈夫かって言ってるんだ」
「? 何が? どうして?」
微笑を浮かべながら、少し首を傾げてみせると目の前の男は「どうしてって・・・」と困惑したようにこちらを見つめた。
「怪我してんだろうが」
スッと身を乗り出して、僕の右腕を取り上げるとバッと捲くった。
「・・・・ぁ、」
「・・・・・!!莫迦・・・!なんで早く言わない?!」
上着の袖の下から露わになったのは、じっとりと血の染み渡ったシャツ。
傷口が塞がっていなかったのは確かだが、ガニマールが僕を捕らえるときにピシャリと叩いたのが効いたか。
「言わない、と言われても」
気づいてなかったしね、と顔を伏せて苦く微笑んでみせれば上から舌打ちが聞こえた。
そのまま目の前にあった影がドカドカと勇み足で個室を出てゆく。
その姿の消えていった方を首を傾げて見ていると、また同じ調子で──今度は手に救急箱を持って、戻ってきた。
「───ほら!腕出せ!!」
言われるままにすぅと手を差し出せば、べっとりと血の付いたシャツが慎重に上げられて、まず濡れたタオルがそっと触れた。
「痛むか」
「いいや」
白いリンネの包帯がくるくると巻かれてゆく腕を、僕はじっと見つめていた。
「冷たいな・・・」
ガニマールはぼそりと呟くと手を放し、なにか食べられるかと訊いてきた。
「そんなに具合悪そうに見えるかな?僕は」
左手で己の頬にそっと触れながら言うと、顔色がいやに白いぞ、という答えがかえってきた。
「サラダか果物くらいなら」
そんなんで力が付くか?と眉を寄せながら彼が言ったので、僕は思わず大笑してしまった。
僕が力をつけちゃマズイだろ、と。
「そんなことしたら僕が逃げ出す時期を早めてしまうかもしれないよ?」
顎に手を当ててクスクスと笑えば苦虫を噛み潰したような顔で。
「そのときはそのときだ。そう言っただろう」
サラダと果物でいいんだな、とぶっきらぼうに言って扉の向こうに姿を消した。
見張りの一人も付けて寄越さずに。
「まったく、これだから逃げられやしない」
さっきまでは心が空気の抜けたボールのようだったのに、いつのまにか気分が少し浮上している自分に気づいて僕は堪えるように笑みを零した。
「ガニマール。君、皮剥くのヘタだなぁ。家政婦に頼りっきりなのが見て取れるよ」
「うるせぇなぁ」
「あーッあーッ!もう見てらんないなぁ、貸して貸して」
「バッカヤロウ!腕怪我してるヤツは黙ってみてろ!!」
フランス行きの船の中、ある船員は船室で仲良く言い争う警部と怪盗の姿を見たとか見なかったとか。
「いや、ガニマールのうさぎりんごは実に不恰好だったなぁ」
それはガニマールが自ら選択した切り方だったのか?と私が驚きながら尋ねると。
「いいや?あいつの皮むきがあまりにもなってなかったものだから、僕が課題を出してやったんだよ」
病人・怪我人にリンゴを剥くと言ったらうさぎりんごだろう?
長椅子に優雅に寝そべる男はいたずら好きの子どものように白い歯をみせて笑う。
それで、その話も君の物語として書いていいかいと訊いたら、慌ててガバリと跳ね起きて。
「とんでもない!大の大人ふたりの、こんな話を一般世間に晒したら僕とガニマールの孤剣に関わるよ!!」
だからこの話は、僕から冒険談を直に聞ける君の特権だと思って、胸に仕舞っておいてくれよ。
念を押すように人差し指を私に向かって突き出しそう言うと、ルパンは再び優雅な猫のように長椅子に伸びたのだった。
───そんなわけで、この話を『獄中のアルセーヌ・ルパン』にて私はガニマールに
「アメリカから帰る船の中で私は彼と素晴らしい友情を結びました」と言わせるに留めているのである。
2006.02.10.SUISEN
7 たとえば明日 あのひとに裏切られる可能性を否定できますか(BB)
ジム=バーネットはアルセーヌ=ルパン
かも、しれない。
自分の中にある曖昧さに気づいて驚く瞬間。
かもしれないって何だ、かもしれないって。
疑いがあるのなら調べるのが筋だろ。刑事なんだから。
それとも、アルセーヌ=ルパンはこんな私立探偵業を開いて警察に協力することなんて
有り得ないと思っているからだろうか?いいやそんな筈は無いだろう。
彼が如何に進んだ、未来に住まう人間かはガニマール警部から聞き及んでいるじゃあないか。
それじゃあ何故?
なんだって自分は、こんな曖昧な考えに囚われている?
可能性があるのなら調べればいい
可能性があるのなら・・・・
可能性があっても、調べたくない?
黙認?あるいは・・・知らないフリ?
何故?
怖いから。
何が?
失うのが怖いから。
───何を?
この現実。
ジム=バーネットという存在を失いたくないから。
辿り着いた答えに絶望を感じる。
だってそれは叶わない。
事件を解決する時の閃きの良さも
ちょろまかす時の手際の良さも
人を揶揄する、その皮肉さ、滑稽さまで。
それはこの世に二人と存在し得ない存在
そう、そんな才覚の持ち主・未来人超人と謳われる人物は、一人しか居ないのだから。
「驚いたな。君はまるでルパンみたいだ」
「ふふふっ、僕がルパンに似てるって?冗談じゃないよ、ベシュー」
いつだったか、いつちょろまかしたのかも気づかせない手際の良さで
労働金を勝ち取ったバーネットに、呆れ顔でベシューが言った言葉。
何が『驚いた』だ。
分かっていたくせに。
『まるで』じゃない『そのもの』だ。
彼は、『ルパンそのもの』だ。
「───ベシュー?」
いつのまに入ってきたのか、背中からバーネットの声がかかった。
ベシューの肩が、小さく揺れた。
「ベシュー・・・・?」
振り返らない背中に、訝しみを含んだ声が近づく。
来るな
来ないで
来ないで欲しい
おねがい。
来ないで
「ベシュー」
俯いたベシューの視界に、バーネットの服が見えた。
「───泣いてるの?」
手を掴まれて、顔を見られると気がついて、拒むようにベシューの手に力が込められる。
「ベシュ」
「うるさいッ・・・・・」
揺れる頬を、誤魔化しようの無い大粒の涙が伝い舞う。
「ベシュー・・・・」
「うるさい・・・・ッ」
分かっている。
これは完全な八つ当たりだ
答えを出したのは、他ならぬ自分のはずなのに。
勝手に答えを出して、勝手に傷ついている。
それなのに。
「すまない」
嗚呼 それなのに、なんで君が謝るの?
「うぅ・・・・・・」
『すまない』
そう言いながらバーネットは部屋の中で静かに落ちる雨をずっとずっと見守っていた。
分かっている。
これは甘えだ。
終わりはもう分かっているのに
どうなるか分かっているのに。
それでもまだ、このままで居たいんだ。
何を失うかを分かっていながら、
失うその日を甘えることで先伸ばす。
長引けば長引くほど、失う痛みは大きくなると
長引いたところで、何も変わらないのだと知りながら。
2006.02.09.SUISEN
*未消化*
4 呼吸を繰り返すことが生きる証ですか
6 欠け落ちたものがわかっていますか
ブラウザバックプリーズ!
再録 :06.04.22.SUISEN