スコットランド・ヤード

 仮眠室

 陽はまだ高し

 

 ・・・それでどうしてこういうことになってるんだ?

 

 陽の光が遮断された、それでも薄明るい仮眠室で。

 レストレイドは泣きたい思いでいっぱいだった。

 

 

 

 『愛称の禁忌』

 

 

 

 その日、レストレイドは珍しくピーター、アルセニー、ブラッドストリート、ホプキンズの5人で一服していた。

 グレグズンは、と言うとレストレイドがいつもの意趣返しとばかりに書類の山に埋めてきて居なかった。

 これもまた珍しいことであっただろう。

 そんなわけで5人は常に無いほど平和(?)に一服していたのだが。

「そういやぁグレグズンの名前ってさ・・・・」

 と、ピーターが何気なく呟いたこの一言がすべてのきっかけだった。

 

「グレグズンの名がどうかしたのか?」

 今日も全身黒尽くめ、怪しいマスクで顔半分を覆うアルセニーが首を傾げる。

「えぇと、トバイアス、でしたっけ?下の名前」

「たしか?」

 普段下の名前でなんて呼びませんからねぇ、とホプキンズが自信無さ気にグレグズンのファーストネームを口にする。

 それに同意の形で、ねぇ、と肯くブラッド。

「あいつのファーストネームがどうかしたのかピーター」

 さして興味もなく、訊く気も無く尋ねる。フーッと口から白煙を吐き出しながら。

「いや・・・トバイアスだろ?だとすると、アイツの愛称ってトビーってことだよなぁって」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 その場に居た全員が沈黙して、次の瞬間。

 

「「「「「似合わないな」」」」」

 

 全員一致で、全否定と相成った。

 

「トビーは無いな、うん」

「なんかイメージに合わないですね・・・普段『グレグズン』っていう呼び方に慣れてるから余計に」

「なんか・・・ちがう」

「だよな・・・っておご?!!

 思い思い、それぞれ好き勝手にヤツの愛称について喋っていると、突然俺たちの眼前からピーターの姿が消えた。

 変わりに視界に飛び込んできたのはさっきまでここには無かったグレグズン。(の、跳躍し中空で長い足を放った姿)

 どうやら廊下奥から疾走してきたグレグズンが走ってきた勢いをそのままにピーターの頭に見事な跳び蹴りを決めた、らしい。

 ・・・視界の端に、顔面を床に打ち付けて吹っ飛んでいくピーターがかろうじて映った。

 

「・・・グレグズン?;」

「グレグズンさん・・・?」(冷や汗;)

 スタッと華麗な足技と着地を決めて暫らくグレグズンがこちらを振り返った。

 

 ゆらり。

 

 ・・・・・・・

 ・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・正直に、言おう。

 

 怖い。

 

 いつものへらりとした顔と動きは何処いったんだ。

 いまのグレグズンは普段の『へらり』『飄々』よりも『鋭い』『俊敏』とかいった単語の方が似合った。

 鋭い双眼が、鋭く自分を見据えていて不覚にもドキリとした。

「・・・・・・・・・」

「?!、ちょっ・・・グレグズン?!」

 剣呑な様子で振り返ったグレグズンは無言でツカツカとこちらに近づいてくると有無も言わず自分の腕を掴んだ。

 そのまま無言で腕を引っ張り、引きずっていく。

「おい・・・!!グレグズン・・・・・!!」

「・・・・・・・・・」

 どれだけ喚いてもグレグズンからの応答は無く。

 力任せに掴まれた腕が痛くて堪らなかった。

 

 一方取り残された4人。(内一人はグレグズンの足技によって撃沈済み)

「どうしましょうか・・・・」

「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」

 顔を見合わせるアルセニー、ブラッド、ホプキンズ。

 そのまま視線を倒れている巨体(ピーター)に移す。

「タンカ・・・・でも運べないから、ひとまず応援、呼びましょうか」

 ブラッドの提案に、アルセニーもホプキンズも一様に肯いた。

 ちなみに、彼らの考えにグレグズンとレストレイドの後を追うという選択肢は最初から無い。(賢明な選択肢除外)

 

 

「ッ!!グレグズン!!・・・・・おい!!」

 ズルズルと引きずられ、連れて来られた先は仮眠室。

「ッ!」

 急にグレグズンが立ち止まり、グイッと腕を強く引っぱった。

 踏み止まる間もなく、冷たい床へと叩きつけられる。

「いっつ・・・」

 床に手をついて体を起こしてグレグズンを見上げる。

 黙ってこちらを見下ろしたまま、能面のような無表情で立ち尽くしている。

 いつもは力の無いライトグリーンの目が、氷のように冷たいと感じた。

「グ・・レグズ、ン?」

「・・・・・・・・」

 名前を呼んでも、その表情は動かない。

 床の冷たさが指先から体中に巡っていくようで、身震いを憶えた。

「っ、?!」

 ガッと胸倉を掴み上げられたと思ったら目の前にグレグズンの冷えた目があった。思わず息を呑む。

 

「舐めろ」

 

「は・・・、ッ?!」

 

 何を言われたのかを理解する前に掴んでいた手が離されてそのまま床に尻餅をつく。

 もっとも、理解した時にはもう目の前にグレグズン自身が突きつけられていて震え上がるしかなかったが。

 

「あぐっ・・・ン、あぁあ」

 最初は舌でそろりと舐めていたのだがそれが物足りなかったのか突然口腔内へとソレを突っ込んできた。

 口の中が溶けそうなほど熱い。

「んあぁぁ、あふっ・・・・」

 咥え込むのが精一杯で、空いた口の端からだらしなく唾液が伝っていく。

 遮光された薄暗い仮眠室の中。

 ぴちゃぴちゃと、舐めずる音だけが静かに響く。

「んんん・・・っ、ふ、グレ・・・ンんっ」

 口いっぱいに広がる圧迫感に耐えられない。下顎がガクガクと震える。

 もうダメだ、そう思ってグレグズンを懇願の思いで見上げても凍てついた視線しか返って来ない。

 それが悲しくて眉を潜めても、目に涙が溜まっても状況は一向に変わらなかった。

「ん!」

 グレグズンの手が頭を鷲掴んでさらに奥へと、昂りを挿し入れて来た。

 引っ張られる髪が痛い。喉奥にまで侵入してきたモノに圧迫されて呼吸がますますし辛くなる。

「はグぅ、ぁう・・・」

 唾液がとめどなく溢れ、顎をつたって滴り落ちる。

 酸欠で頭が朦朧としてきて本当にもうダメだ、と思った瞬間──口腔内に一気にじわりとした苦味が広がった。

「あふっ!あッ」

 その上すぐさまグレグズンは口から己のものを引き抜いて、その残りを俺の顔へと放った。

 あまりの衝撃と突然の解放に、俺は支えなく後ろの床へと倒れこんだ。

「げほっ、げほっ、は、ぁ・・・・・・・う、」

 顔も口の中も、ドロドロに濡れてしまっているのが分かる。

 力任せに引っ張られた髪も倒れこんで打ち付けた体も痛い。

 でもそれよりも突然の仕打ちと受けたショックの方が痛くて。

「ううう・・・・」

 そのまま床の上で身を縮めるようにして、俺は泣き出した。

 

 

 ・・・血の上った頭がようやく冷えてくる。

 それと同時に眼前の光景をはっきり認識し出して、背筋に冷たいものが落ちる。

 

 ヤバイ。

 何やってんだオレ。

 

 いま目の前にあるのは自分が吐き出したもので点々と汚された床。

 そして冷たい床に転がって身を縮めてるレストレイド。

 腕で顔が隠されててあまりよく見えないが、顔も口元もドロドロに汚れてる。

 あまつさえ耳に響いてくるのはすすり泣く声。

 正直アタマに血が上ってたせいで記憶が吹っ飛んでてまるで覚えてない。

 覚えてはいないが、自分が目の前にいるコノヒトに対して何をやったかは明白すぎるだろう。

 

 口でさせた上にもしかしなくてもぶちまけましたか、オレは。

 

「───っ!レストレイドッ!!」

 そこまで思い至って、慌てて床に転がってたレストレイドを抱き上げた。

「ひっ、ヤ・・・!!」

 まだオレがぶち切れてると思ったのか、レストレイドが怯えるように体をビクリと引き攣らせた。

 怖がらせないようになるべくゆっくりベッドに体を下ろしてやると、落ち着かせるようになるべく優しく髪を梳いた。

「う、っく・・・グレ、グズン・・・?」

「・・・ワリ、大丈夫か?」

 暫く髪を梳いてやると、落ち着いたのかレストレイドが顔を上げた。

 その目尻に涙が溜まってるのを見てズキリと胸が痛んだ。

 ベッドにかかっていたタオルで、顔の汚れを拭ってやる。

 その間にも、今度は安堵のせいかレストレイドの目からポロポロと涙が零れる。

「ふっ、ぅうう・・・な、んで・・・・」

 カタカタとレストレイドの体が震える。冷たい床の上に転がってたせいか身体全体が冷たい。

 その体を包み込むように優しく抱きしめた。

「ワリ・・・頭に血ィ上ってほとんど覚えてねぇ・・・怖かった、よな・・・」

 覚えてないと言うオレにレストレイドは驚いたように目を瞠ったが、すぐに顔を歪めて。

 

「すごい力で腕掴んで引っ張った」

 マジか。やべェ、赤く腫れてたりしねぇだろうな。

「床に叩きつけられた」

 マジか。マジにか。叩きつけられたの、どっち側だ。抱きしめた体を手当たり次第擦る。

「胸倉掴み上げられた。そしたら落とされた」

 ・・・うん。なんかもうホントごめん。

「・・・くち、に」

 そこまで言って、レストレイドの目に再びじわっと涙が滲む。

 ごめんそれは察しついた。言わなくていいと、零れる前に涙を舐め取る。

 

「っで、も」

 

 そこでギュッとオレの胸元にしがみ付いて。

 

「おっ、まえが・・・なんにも言ってくれない、っのが、いちばん・・・!!」

 

 怖かった、と。

 そう言って、泣いた。

 

「・・・・・ごめんなさい」

 泣きじゃくるレストレイドの頭をあやすように撫でて。

 その額に、赤くなった目に、口にキスを落として。

 今度はいっとう優しく、大事に抱いた。

 

 

「・・・あのとき」

「ん?」

 くっきりと痕の残った腕を擦られながら──腕はやっぱり赤く腫れてしまっていた──レストレイドはグレグズンに尋ねた。

「怒った、のか?愛称・・・・似合わないって、言ったから」

「あー・・・・」

 そもそも聞こえてたのか?、と。

 おずおずと訊いてきたレストレイドに、罰の悪い思いをしながらもグレグズンは答えた。

 

「オレねー・・・結構言われんだよねー・・・愛称・・・似合わないって・・・・」

 引いてはファーストネームが似合わないと言われる。

 まあ、その由来からいけば確かに自分は絶好調名前負けしているだろうが。

「聖人の名前、だよな?」

「それでガキの頃からよく囃し立てられてさぁ・・・」

 ああ、思い出すだけでも腸が煮えくり返る。

 所詮ガキ同士の戯れではあるが。

 毎日のようにからかいの対象にされてはコンプレックスのひとつにもなろうというのもだ。

 

 ゆらり・・・と再び怪しいオーラを出し始めたグレグズンだったが、レストレイドが怯えてるのに気がついて鎮火した。

「ま、だからっていっつもぶち切れてるわけじゃないし」

 今回はたまたま、虫の居所も悪くブチ切れてしまっただけで。

 ほんと、ゴメンね。

 言いながらレストレイドの髪を優しく撫でた。

 頬を赤らめつつ、レストレイドもそれを甘受した。

「ん・・・でも・・・・」

「?」

 もそもそゴソゴソ。どこか恥ずかしそうにグレグズンの胸に顔を埋めながら。

「愛称・・・はともかく・・・・なまえ・・・は似合うと思ぅ・・・・・///」

 耳まで真っ赤にしながらそんなことを言った恋人を、グレグズンは愛しさのあまり抱きしめた。

 

 

 ちなみに。

 夜も更けてから眠ったレストレイドを抱き上げてグレグズンが仮眠室を出るとその前には

 『KEEP OUT』のテープ、ドアにはしっかりと『使用禁止』の紙が貼られていた。

 後日グレグズンはアフターケア万全な頼もしい友人に好物のパスタを奢ってやったらしい。

 

 そしてこの日以来、ヤードでは愛称に関する話題が一切禁止となった。

 

 

 

 END

 * * *

 顔射が書きたかっ(以下略)
 きっかけは、『グレグズンの名前って絶対愛称で呼ばれてるよな・・・愛称・・・トビー?!(爆笑)』から始まりました(笑)
 似合わないなぁ、トビー。いや原作のグレグズンキャラなら似合いそうですが。
 ウチのちゃらちゃらヘラヘラしたグレグズンにはとてもじゃないですが似合いそうに無いですトビー。(笑)
 どうやら幼い頃に散々からかわれたみたいですね。我を忘れるくらいぶち切れちゃうそうですから!(爆)
 ウチのグレグズンをトビーと呼ぶのはタブーです(笑)
 しかしなんだかレストレイド可哀想でごめんなさい。
 おまけにグレグズンもなんかヘタレ臭い。(笑)

 ブラウザバックプリーズ!

 06.07.31.SUISEN