*会話1(ルブフェイ)*
すきです。
ルブランさんが、
大好きです。
膝を突いてやらなければ目も合わせてやれないほど小さな女の子が
自分にむかって、そう言った。
こまったな。
あんまり真っ直ぐにそういうことを言わないでほしい。
「・・・・・・。」
寡黙すぎる自分の口からは、思っていても何も言葉は出てこない。
そうして沈黙しているうちに
「ルブランさんは、芳黒がお嫌いですか?」
たちまち不安に顔をくしゃりと歪める。
幼い顔が露わになる。
見た目以上に、口調はしっかりと大人びているのに。
時にその均衡が崩れ、顔も口調も歳相応になる瞬間に居合わせるのが、なんとなく嬉しかった。
それが、私の前で崩れてくれるのが、嬉しくて。
でも。
「・・・・・・年の差が。」
「年の差なんて、そんなの関係ありません!」
真っ向から否定されてしまった。
ああ、だから。
あんまり真っ直ぐに、そういうことを言わないでほしい。
「・・・・・・こまるな。」
黒い瞳が、ぬばたまの瞳が、零れ落ちそうなほど見開かれる。
スッと肩を落として、
「やっぱりお嫌いなんですね。」
幼さが抜けて、思いつめた顔になる。
「いや。」
そっと頬に手をあてると、驚いたように顔を上げる。
「好きだから、困っただけだ。」
年の差の前に身長差が、と言おうとしたことは私だけの秘密だ。
*会話2(ジルベールとマズルー)*
知らないでしょう
貴方は知らないでしょう───
俺たちは、貴方に。
「ダメっすよ、パトロン。お逃げください。」
「莫迦を言うな!!お前たちを置いて俺だけおめおめ逃げられるか!!」
裏稼業にアクシデントは憑き物だ。
そう、それはいまやフランス民衆の心を捕まえて放さないこの人も例外ではなく。
「いけません。このままでは三人とも捕まってしまいます。
俺たちはともかく、パトロンまで捕まってはいけません。」
頭脳明晰、こんなときでも冷静さを欠かないマズルーがパトロンを制す。
「そうそう。それにパトロンがあーんな薄暗くてジメジメしたところにぶち込まれるなんて絶対イヤっすよ。」
ただでさえ日頃不健康なんすからね
刻一刻と高まる緊張、時間が圧している中でも洒落にならないジョークを飛ばすのは、
傷つきやすい、貴方のため。
現にもうその端正で秀麗な顔を歪めてる。
そんな顔、しないでください。
そんな顔をする必要は無いんですよ。
だって、
俺たちは、貴方に。
「・・・・・・信じてろよ。」
重く重く、その口から言葉が紡がれる。
「きっと必ず、すぐに助け出してやる。」
そのままオペラハットを目深に被り、マントをひるがえすとサッと消えてしまった。
後ろ髪を引かれるような思いでいてくれたらいい。
そう思ってしまうのは、いけないことだろうか。
「気にする必要なんて、全然無いんですよ、パトロン。」
ちらりと横にいるマズルーを盗み見れば、彼はパトロンが消えた方にむかって丁寧に目礼していた。
信じてろ、なんて。
そんな念、押さなくていいんです。
信じてますから。
知らないでしょう
貴方は知らないでしょう
知ることはないでしょう
知る必要も無いでしょう
だって、俺たちは───
「「貴方になら一生御使い申し上げましょう。如何様な命令にも従いましょう。俺たちはそう思ってるんですよ、パトロン?」」
俺たちの誓いは背後の扉がぶち破られる音に掻き消されて、お互いの耳にも届かなかった。
*会話3(ハルヒと弟)*
「姉や。」
しずかな、落ち着いた声。
小さい時から、あたしはこの弟がキンキン声で叫んだり泣いたりするのを見たことがない。
「……今から出発するんだろ。駅まで送るよ。自転車、後ろ乗って。」
桃太郎の扱ぐ重い鉄の自転車の荷台に乗って、あたしはゆっくりと家を後にした。
ギィーコ ギィーコ ギィーコ
「しっかり掴まってて。バランス崩すと転ぶから。」
そう言われたのであたしは今、桃太郎の腰に手を回し、背中にぴったりくっついている。
こんなふうに弟に触れるのは小さい時以来だなぁと思う。
昔は、自分より一回りほど小さい弟と抱き合ってよく眠った。
いまは目の前に弟の広い背中がある。
いつのまに、こんなに大きくなったんだろう。
いつのまに、時間は過ぎていたんだろう。
変わらないものなんて、無い。
諸行無常の響きだったかしら?
でも、ほんとうにそうだっただろうか。
「姉や。」
「ん?なに?」
桃太郎のしずかな声が、あたしの意識をしずかに浮上させた。
「左の河原。桜。」
「は?何言ってんの、ここらの桜はもうとっくに───」
言われて左手を見遣り、目を見開く。
川岸に、一面の青い葉桜。
初夏のよそおいの日差しの中、それらは巡る季節を追いかけて、煌めいていた。
「綺麗・・・・・・」
「花だけが華なんて、粋じゃない。」
ギィーコ ギィーコ ギィーコ
心なしか、自転車を扱ぐ足がゆっくりになったような気がする。
「・・・・・桃太郎。」
「ん、」
自転車が川岸の方に寄り、葉桜の間から漏れる風と光のゆらめきのなかを通り抜けて行く。
「変わらないわねぇ、アンタは。」
クスクスと、風に笑みが梳けていく。
「おかしな姉やだ。変わってどうする、おれは姉やの弟だ。」
そうだったわねと、その背にそっと頬をよせた。
*会話4(ルブランとジルドレ)*
べつに、よく一緒にいたというわけではない。
ただ、学内でも浮いた存在が
私と彼の二人だった
ただ、それだけのこと。
『青春ではない青と居たあの頃。』
夏の日はスコールに注意。
でも、寮の窓辺にいる僕らには関係なかった。
「うわー、すごい真っ黒な雲☆」
空を大口を開けて見上げたままの彼につられて、いっしょに空を見上げる。
あんなもやもやでぐるぐるとした雲の色よりも、彼の髪の色のほうがよっぽどすごいと思った。
真っ青で、はっきりしていて。
思いを口にすることなく黙って空を見上げていると、ダツ、ダツ、ダツ、と音がして───
ド・ザーーーー・・・・・・
空から大量の雨が、それこそバケツを引っくり返したが如く降ってきた。
「うわーッ、うわーッ、うわーッ」
開いたままの彼の大口から、感嘆のような悲鳴が空に向かって発せられる。
「うわーッ、すんごい雨!!ね、モーリス。ほら、空が号泣!」
そう言って、彼はバッと空を指差した。
その指は、確かに空の何処か一点を差していたのだけれど、それが何処なのか。
辺り一面真っ黒な雲で覆われた空に、彼が指差す場所を見つけることは出来なかった。
雨が、降る。
ザー
ザー
ザー
ザー・・・・
怒号のように、あれだけ降り注いでいた雨は一頃だけで。
ものの数十分で、黒い雲の切れ間から光が差し込んできた。
「あ!晴れた!」
けっきょく雨が降っている間、ずっと開けていた大口に笑みを宿してジルドレが叫んだ。
雲が、驚くほどのスピードで開いてゆく。
薄暗かった世界に夏の太陽の光が戻ってくる。
そして現れる、青い───
現れた空に、知らず目を見開いていた。
青い、青い、
どこまでも抜けるように、天高く真っ青な、青。
「うわあ、なんかすごい青空だね。」
また大口を開けて空を見上げる彼に視線を映して、あ、と気づく。
そして珍しく、それを口にしていた。
「・・・・・きみの髪の色だ。・・・・きみの髪は夏の日の雨上がりの空なんだなぁ・・・・・・・」
言ってしまってから、ハッとして彼を見ると、彼はきょとんとしていて。
「そんなこと言われたのはじめてだぁ。」
何処か照れくさそうに、笑ったのだった。
それは思い出せば昨日の如き、遠い夏の日の思い出。
*会話5(柳凪介と梅露)*
あげるよ、お守り。キラキラして綺麗でしょう? いつも持ってて。
それは紅梅色が美しい、綺麗なトンボ玉で。
ハルヒが倫敦(ロンドン)に発ち、しばらく経って音信も途絶えた頃───
「・・・・徴集?」
「ああ、なんでか知らんが、我のようなもんにまでお声がかかったわ。」
それは柳の枝葉も伸び伸びと生い茂げ垂れる、夏。
そんな風の通り道の柳の木陰に、柳凪介と梅露(つゆ)はいた。
「・・・・桃太郎も一緒だ、大丈夫。」
「誰も心配なんかしてないわ。」
うわ、ひどぉー。
柳凪介のふざけた嘆きに、柳の葉擦れの音が乗る。
「だいたい、私はそんな話は聞いてもいないの。私はあんたの琵琶が聞きたかったの!この生臭破戒僧!」
破戒僧は無いだろう、破戒僧は。
生臭ってそんなん食えるもんならガツガツ食いたいわ。
それに我は自主的に琵琶を習っただけで坊主じゃない〜〜〜っ
ぎゃーぎゃーと喚く柳凪介を梅露の手套が一発で黙らせる。
「いいから弾きなさい。」
「はい・・・・」
ベォン・・・ベォン・・・・・・
いまどき、法師だって琵琶を弾くのは珍しいかもしれない。
どこか癖のあるその音に、目を閉じて耳を傾ける、梅露。
風、柳の葉擦れ、そして柳凪介の琵琶の音───
それぞれが、前もって知っていたかのように調子を合わせて、ひとつの旋律が出来上がる。
風に乗って届く、こどものはしゃぐ声ですら。
行き交う人々、その雑踏のざわめき、土ぼこり舞う空気すら。
相反するそれらが、ひとつの旋律を演出しているなんて、誰が知っているだろうか?
ベォン・・・・オン・・・・・ォン・・・・ォン・・・・・・・・・・・・
太陽が東から昇り、西に沈むように。
ゆっくりと、半円を描いてバチを下ろした柳凪介の首に、なにか触れた。
目を開ければとちりと重い、深く紅いトンボ玉。
「梅露?」
「あげるよ、お守り。キラキラして綺麗でしょう? いつも持ってて。」
梅露は早口にそう告げると、柳凪介の背中にコトンと首をもたれた。
風が吹き抜け、止まる。
折り重なった奇跡の旋律は終わりを告げ、あとには余情と柳の木と奏者と聴者が残された。