もう一週間もないねぇ
満月まで。
あ。
そう言われて、彼がここにいるのは次の満月までだったということを思い出した。
子どものように泣いた彼といっしょに子どものように寝て、起きた翌朝。
あちらこちらで、朝日を浴びては煌めくものに気がついた。
昨夜流した彼の涙。
拾い上げたそれは乳白色の半透明で、わずかに向こうが透けて見えた。
涙は結構な量だったらしく、よく見ればほんとうに其処かしこに散らばっている。
どうしようか迷ったが、とりあえず一粒一粒丁寧に拾っていると彼がワトソンが身じろいで目を覚ました。
「う・・・ぅん・・・」
海色の目がぼんやりとこちらを捉える。
「おはよう」
ひらひらと手を振ってやると二、三度パチパチと目を瞬かせて首をもたげた。
「ホームズ・・・・・あ、」
私のやってることがわかったらしい。
「あ〜〜〜・・・ゴメン・・・・」
人魚って泣かない方がいいかもね・・・・
彼も彼でベッドの上に散らばる水球を拾い始める。
「別に気にすることではないさ」
けっきょく集めた水球は小箱一杯分になった。
水球をおさめた小箱の蓋を閉じる。
「うーん、でもやっぱり泣かない方がいいよ。人魚の涙にも力はあるから」
「そうなのかい?」
人魚の謳う唱には思考を麻痺させて海へと誘い込む力があるのは知っていたが涙にも力があるとは。
「うん。『海に投げ込めば嵐を起こし、死人に飲ませれば踊り出し、溺れるものに飲ませれば呼吸(いき)をする』だったかなぁ」
「なんだか壮絶な効能だねぇ・・・・。でもそれなら僕が海に落ちたときにも飲ませたのかい?」
私の問いにワトソンはぶんぶんと首を振る。
「海の中では涙は泡になって消えていくし、それにこれは本当に古い言い伝えだからホントのところは僕もよく知らないんだよ」
それで自信のない言い回しだったのかと納得する。
そこでふと思いつく。
「・・・島の長老がそろそろヤバかったな。死んだら飲ませに行ってみようか?踊り出すかもね」
「ホームズぅー・・・・・」
いささか引き気味なワトソンの声に、笑いながら冗談だよと言ってやった。
そのときはまさか外でこの話を盗み聞いたものが居ただなんて思いもしなかった。
ありとあらゆる偶然が確かに、だが少しずつ重なり始めていた。
白骨が大量に打ちあがった浜はその日以来、ずっとそのままになってる。
みんな、気味悪がって近づこうとしないからだ。
人魚の仕業であろうことは誰の目から見ても明白だったので、必然的にそのお鉢が自分に回ってくることとなった。
要するに、あの大量の白骨を私一人で片付けろ、ということらしい。
やれやれ。
あれほどの量を片付けるとなったらいったいどれほどの月日が要るのやら。
数日後の夕食の折、そうワトソンに漏らすと彼は頬杖をついてぽつりと言った。
そういえば。
もう一週間もないねぇ
満月まで。
あ。
唐突に思い出した。
あ
あ
あ。
そうだった。
彼が居るのは、次の満月までだったんだ。
彼の視線はずっと、水平線高く昇る月に向けられていた。
月は新月のあの日からどんどんと膨らんで、満ちる日をいまや遅しと待っているようだった。
「・・・・ねぇ、ワトソン」
「うん?」
子どものように一緒に眠ったあの日から、私たちは一緒のベッドで眠るようになっていた。
「満月の夜に人魚に戻れるのかい?」
そこのところを、よく聞いていなかったのだけれど。
尋ねるとワトソンは、ああ、と読みかけの本から顔を上げた。
「そうだけど、正確には『満月の夜に海に入れば』だね」
満月の夜に陸に上がった人魚は尾ひれが消えて人間になる。
その日の夜のうちに海に入ればまた人魚に戻れるけれど、海に入り損ねた場合は次の満月まで待たなくてはならない。
「そしてそれにも限りはある」
次の満月の夜にも海に入れなかった場合。
そのときは───・・・・
「共に生きるものが在る者は人間に。無い者は泡となって海に還る」
目を閉じたまま、ワトソンは呟いた。
「・・・そこはずいぶん御伽話に沿ってるんだね」
人魚姫は確か王子に愛されずに泡となって消えたのだったっけ。
「と、言われてもそっちの御伽話を僕は知らないんだけど・・・・・」
ポリポリと頬を掻くワトソンに、こちらに伝わる御伽話を掻い摘んで説明してやる。
「ふぅ・・・ん。確かに似てるね」
でもまあ僕らの方がまだ選択の余地はあるよね。自由意志で決められるから。
「まあ、そうだね。・・・で、ワトソン。戻るのかい?」
海に。人魚に。
たった独りで、またあの浅瀬に。
「・・・・え、それは勿論・・・・・」
彼が戸惑うように視線を彷徨わせる。
困惑した顔がこちらにむけられる。
「いや、そうだね。当たり前なことを聞いてしまってすまなかったね」
当初からそのはずで家に置いたのだから。
なにも今改めて聞く必要性は無かったはずなのに。
勿論、との答えに何故か何処かしら気落ちした自分がいる。
わけが解からない。
自分が沈む理由が。
「・・・・ホームズ?」
恐る恐るといった様子でワトソンが声をかけてきた。
「・・・・そろそろ夜も更けたね。寝ようか、ワトソン」
上体を起こして明かりを消す準備をする。
心の内を悟られぬようにしたつもりだが、やはり不自然だっただろうか。
「あ、ああうん」
慌ててワトソンがもそもそと潜り込む。
「おやすみ、ワトソン」
「おやすみ、ホームズ」
明かりを消して横になっても眠気は襲ってこなかった。
こうして過ごす夜も、あと幾日も経たないうちに終わってしまうのだ。
それ以降の生活が想像できなくて、目を閉じると自然と溜め息が漏れた。
NEXT
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いい加減何かきっかけ作らないと話が展開していかな・・・
このままでは本当にただの人魚育成プレーイ★になってしま(強制終了)
ぴったり十話で終れるかな?どーだろー???
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