「Shall we dance ?」
「・・・ッ、No thank you・・・」
夜会、舞踏会、ダンスの誘い。
そのすべてを必死で拒み続ける
海色のドレスに身を包んだ白い柔肌の持ち主。
ホームズ・・・・どこ行っちゃったんだろう。
ひとりぽつんと、広間の片隅にワトソンは立ち尽くして途方に暮れていた。
途方に暮れるな、という方が無理かも知れない。
いまの彼は海色のイブニングドレスを纏い、化粧を施され、女性と見違う格好をしていた。
もちろん自らやったのではない。
変装を得意とする、探偵の手によるものだった。
あの探偵の手にかかっては、抵抗も何の意味も無かった。
あれよ、という間にワトソンはホームズに連れられて夜会会場へと足を運ぶハメになっていた。
しかもこの会場に着くまでの間も辛かった。
ホームズの途切れること無き視線の雨(視姦ともいう)を浴び続けていたのだから。
ホームズは海色のドレスを纏ったワトソンを見て、感嘆の息を漏らしては美しいだの綺麗だのと、とにかくその姿を褒めちぎっていた。
男が綺麗って言われても・・・・・
果たして素直に喜んでいいものか。
まあ、恥ずかしさでそれどころではなかったのだが。
てゆーか・・・結局ホームズはぼくで遊んでるだけじゃないか・・・・・
ふう、と溜め息をもらす。人を夜会会場まで引っ張ってきておいてホームズはどこかに行ってしまった。
夜会なんぞで女性(見た目)がひとり佇んでいるのを英国紳士たちが見逃すはずがない。
本心から親切をもって───あるいは下心を忍ばせて。
声掛けやダンスの誘いを断ることだけでも、ワトソンはうんざりしてしまった。
他にも綺麗で愛想の好い女性はたくさんいるのに、どうして紛い者の自分に声をかけてくるのか。
もっともそれはワトソンだけの意識であって───男性人はもちろん、女性人の間でも今夜はとても美しい女性が来たと噂されているのをワトソン本人が知るはずもない。
「あの、もしよろしかったら私と一緒に踊ってもらえませんか?」
やはり、というか。また一人の青年がワトソンに声をかけてきた。
「せっかくですが・・・・ダンスは得意ではないのです」
だいたいの者が気乗りのしない女性に無理強いすることなくこれで引いていたのだが、その男は違った。
ワトソンの腕をつかむと
「では私がリードしてさしあげましょう」
顔を覗き込むようにしてそう告げた。
そして視線が合った瞬間、ワトソンは凍りついた。
その男の瞳には、ありありと情欲の色が宿っていたのだ。
「放してください・・・・!!」
ワトソンは振り払うようにその手をかわすと、そのまま逃げるように庭の方へと駆けていった。
その後姿を見送った男は、チッ、と舌打ちして人波へと消えていった。
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「───っは、あ・・・・・!!」
件の男から必死で逃げてきたワトソンは、庭の木陰にある噴水にたどり着くとそのまま座り込んで噴水の淵にもたれかかってしまった。
こわか・った・・・・・
手が小刻みに震える。力が入らない。
あのまま手をつかまれたままだったらどうなっていただろう。
考えるだけでもゾッとして、背筋に悪寒が走った。
ホームズ・・・・!!
いま、一番そばにいて欲しい人が、いない。
じんわりと、目に涙が滲む。
「!、イタ・・・・!!」
突然の足の痛みに、顔をしかめた。
「・・・あ・・・・・」
慣れないヒールなどを履いたためか。足首がすこし赤くなっていた。
こーゆうのを、泣き面になんとかって言うんだろうな
自嘲気味に哂い、ふと視線をあげる。
噴水はごくありふれた円形のものだったが、淵の一角がすこし低くなっていてそこから水が外へとあふれ、レンガで区画された単調な川が薄く流れていた。
目の前であふれる水を目にして思い立つと、どうにか立ち上がって噴水の淵に腰掛けた。
窮屈なヒールを脱ぎ散らかす。
カコン・カラン・コン♪
ヒールはてんでバラバラなリズムで石畳に転がった。
ドレスの裾をたくし上げると、赤く、すこし腫れてしまった足を噴水の水に浸した。
ちゃぽん・・・ぱしゃん、ぱしゃっ・・・・・
わざと足を高く蹴り上げて水しぶきを飛ばす。
月の明かりに/夜の暗さに
とても、綺麗に映った。
・・・気持ちいい。
他愛のない遊びに、すこし心が落ち着いたときだった。
ガサリ・かさかさ・・・・
サクサクと、こちらに近づいてくる足音に思わず息を飲んだ。
サッと顔が青ざめる。
・・・・・さっきの男が追いかけてきたのだったらどうしよう・・・・っ!!
ワトソンはそこから動くこともできず、ただ近づいてくる音をみつめていた。
ガサッッ
「・・・・・ワトソン?」
カサリと植え込みをかわして現れたのは、さっきからずっとそばにいて欲しいと願っていた人物だった。
「ホームズ・・・・!!」
おもわずポロリと涙をこぼしていた。
「わ、ワトソン?!」
涙に驚いたホームズが駆けよって抱きしめる。
「すまない、独りにしてしまって・・・・・なにかあったのかい?」
なんにもない、と大きくかぶりを振ったがホームズは許してくれず、結局さきほどのことを話すこととなった。
「・・・こわかったんだ・・・・・」
ギュッ、とホームズにしがみつく。
思い出して震える体を、宥めるように撫でる手が優しかった。
もう大丈夫だよ、と言われて。
ほっと体の力が抜けると同時にまた涙をこぼしてしまう。
労わるようなキスの雨を受けていると、ホームズが噴水に浸したままの足に気づく。
冷えあがってしまうよ、との言葉に両足を水からあげる。
いいと言うのを無視して、ホームズは跪いて真っ白なハンカチーフを出してその足を拭った。
ワトソンはくすぐったそうな顔をして、無言で俯いてその作業を見守っていた。
「足にすこし、無理をさせてしまったようだね」
まだほんのりと赤みの残る足をホームズが見逃すはずも無く、そう問うてきた。
「ん・・・・でももう大丈夫だよ」
心配そうに見上げてくる顔に、ワトソンは微笑んでありがとうと礼を述べた。
すると突然視界が揺れて体がふわりと浮き上がる。
「そろそろ帰ろうか、ワトソン」
立ち上がりざまにワトソンを抱き上げると、君も疲れたろうしね、と歩みをそのまま門へと進めようとした。
「ちょ、ちょっと待ってホームズ・・・・!!」
ちょっとおろして、と軽く足をジタバタさせる。ホームズはどうしたのかと言いながらも彼を下へとおろしてやった。
ワトソンは降り立つとすぐさまあの噴水の、今度はレンガ造りの薄く流れる川の方へと足を踏み入れた。
「ワトソン?」
「みててね」
足の甲に水が届くか届かないかぐらいの流れのなか、ワトソンはドレスの裾を持ちあげて軽くステップを踏み始めた
それはさっき会場で踊られていたものの見よう見まねで、とても稚拙なものではあったけれど。
月明かりに照らされ、夜の闇に映える水飛沫
ターンをするたびに風を含んで舞う海のドレス
闇と海と月光と
見え隠れする白い柔肌
その素足に追い縋る、飛沫、風、夜、月光・・・・・
彼に追い縋ってくるすべてが、彼を美しく惹き立てていた。
ホームズはしばらくその光景に見惚れていたが、フッと笑みをもらすとワトソンのステップへと足を踏み入れた。
と、同時にワトソンの手と腰も絡めとる。
「ホームズ?!」
突然のホームズの参入にワトソンが驚きの声をあげるも、ダンスは急には止まれない、と言わんばかりにホームズがステップのリードを取り始めてしまった。
「踊るレディを放っておくなんて英国紳士の恥だろう?」
ワトソンは一瞬目をぱちくりとさせて。
そのあとガックリと肩を落として、だからぼくは男だってば・・・と抗議したが、足もとのステップは止まらなかった。
そのうちクスクスと笑い声がもれて。
誰もいない庭の木陰奥のちいさな噴水のまえで、誰も知らない舞踏会は、いま静かに始まった。
『 Shall we dance ? 』
『・・・・Yes, only you. 』
END
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甘ぇぇ!!
ふはーやっちゃいましたよー夜会ワト女装でびゅう話★
ダンスのイメージとしては、あれだな、『トラップ一家物語』の洋画版(なんて言ったけ;)でトラップ大佐とマリアが踊ってた・・・あれはフォークダンスだったか?
が、イメージ強いです。あれはねー・・・いいよ。テラスでたった二人っきりで踊るの♪
二人とも夢中でおどって、我に返ったマリアがほんのりと赤くなった自分の頬に両手をそえて、「もう覚えてませんわ」って言うの♪
中学の音楽の時間、字幕で見たので殊更よかったのかも。まんまの音声で聞けたもんね。
まあとにかく。
祈願成就★(ぇ)
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