吸血鬼の恋人(グレレス)

 

 

1.

 ある村に、ひとりの青年がいた。

 青灰色の髪と目をした、美しくもどこか儚げな青年だった。

 青年はレストレイドといい、村の娘たちはもちろん、若者でさえレストレイドの姿を見かければ溜め息を漏らすほどだった。

 

 その日は毎年行われる秋の収穫祭。

 村の娘たちは腕を振るって料理を作り、いつも以上に着飾って広場へと集まった。

 祭りが始まるとレストレイドや村の若者たちも広場へと出かけた。

 祭りの晩は娘も若者も誰でもたずねてきて良い。

 そういう夜だった。

 

 そんな中、このあたりでは見かけたことの無い若者がひとり、やって来た。

 高価なビロードの黒い外套に身を包み、金の鎖のついた時計をさげていた。

 どんな裕福な地主の息子でも身に付けることが出来ないような若者の服装に、村中の娘たちは胸をときめかせた。

 またその若者は村のどんな若者よりも美しい金髪に、澄み切ったライトグリーンの目を持っていた。

 夜の穏やかな風が吹くたびに、サラサラと髪が流れる音が聞こえてくるようだった。

 

 村娘たちの視線を浴びながら広場を歩いていた若者だったが、ふと足を止めて、じっと前を見つめた。

 その視線の先には、村一番と言われるレストレイドの姿があった。

 若者の視線に気づき、レストレイドも若者に青灰色のまなざしを向けた。

 そんな二人の様子に、村娘たちはふぅっと溜め息を吐く。

 男とはいえ、レストレイドの美しさにはかなわないと分かっているからだ。

 

「俺はレストレイド。おまえは?」

 レストレイドは若者に近づき、若者の名を尋ねた。

「グレグズンだ」

 口元に不思議な微笑を浮かべ、若者は答えた。

 二人は次の晩、川のほとりで会う約束を交わした。

 

 

2.

 レストレイドは夜になるのが待ち遠しくてならなかった。

 日が落ちて夜も更けた頃、レストレイドは家を出て川のほとりへと向かった。

 ゆっくり歩いて行けるはずも無く、レストレイドは川のほとりへと走った。

 待ち合わせの場所へと着くと、切らした息を整える間もなくグレグズンの姿を捜す。

 グレグズンは、川のほとりに生えた白樺の木にもたれて待っていた。

 レストレイドが駆け寄ると、グレグズンは顔を上げて苦笑した。

「走って来たのか?」

 頬に貼りついたレストレイドの前髪をグレグズンの指がそっと外す。

「・・・ぇ、あ、」

 隠しようも無い事実に、レストレイドは顔を赤らめることでしか答えられない。

 グレグズンのくすくすという小さな笑い声が、夜の空気へと融けていく。

 

 川のほとり、ふたり並んで座ると他愛の無い話に花を咲かせた。

 しかしそんなひとときもあっという間だ。

 秋は夜長、だが秋の夜はすぐに月が高くなる。

 

「レストレイド、もう遅いよ」

 もうお帰り、と言ってグレグズンはレストレイドの頬にそっとキスを落とした。

 そんな所作を施されることに慣れていないレストレイドは初々しく頬を赤らめる。

 二の句を告げられずに真っ赤になっているレストレイドを見て、

 「可愛いな」とグレグズンが漏らすと「可愛くない!!///」という叫び声が返ってきた。

 そういうところが可愛いのだと事も無げに言い重ねるグレグズンに、レストレイドはもういいばかりにそっぽを向いた。

 グレグズンはそんなレストレイドに笑みをこぼした。

「レストレイド、ごめん。機嫌直して」

「ん・・・・・っわ、わかった!直す!直すから止せ!!」

 頬やこめかみに雨のようにグレグズンがキスを降らす。

 それに居た堪れなくなったのか慌ててレストレイドが制止の声を上げる。

 最後に優しく額にキスを落としてから、ようやくグレグズンは唇を離した。

「うぅ・・・恥ずかしいヤツだなおまえは・・・・・///」

「ストレートに愛を告げてるだけなんだけど?」

 それが恥ずかしいと言うんだ。

 言うとまた恥ずかしい言葉が飛んできそうなので、レストレイドは心の内で呟くに留めておいた。

 そんな戯れの後、はたとレストレイドは思いついた言葉を口にする。

「なぁ、グレグズンはどこに住んでるんだ?」

 グレグズンは何も言わず、ただ強くレストレイドを抱きしめた。

 ライトグリーンの目が、レストレイドの見えないところで滲むように瞬いた。

 

 二人はまた次の金曜日に会う約束をした。

 

 

3.

 次の週も、そのまた次の週も彼らは逢瀬を重ねた。

 

 だがある金曜日の夜。

 いつものように川のほとりで会った二人は共に時間を過ごし、また会う約束をして別れた。

 そこでレストレイドは自分の家へ帰らずグレグズンの後をつけた。

 いつ訊いても何処から来たのか答えてくれないグレグズンを不思議に思ったのだ。

 

 グレグズンは墓地の方へと向かって歩き出した。

 不思議に思いながらレストレイドがなおも後をつけて行くと

 グレグズンの姿は墓地の隣の教会へ、すいこまれるように入っていく。

 後を追ってレストレイドも教会へ足を踏み入れたが、途端ゾッと肌を粟立たせた。

 体に纏わりつくような血の匂いが、暗い教会内を支配していたからだ。

 グレグズンは地下へ続く階段を下り、地下室に整然と並べられた棺の間を縫うように歩いた。

 そしてその中から真新しい棺を見つけるとその蓋を開け、死んだばかりの死体の首へと吸い付いた。

(・・・・!!)

 その光景にレストレイドは出かかった悲鳴を必死に飲み込み、咄嗟に十字を切った。

 

 次の金曜日の夜。

 レストレイドにはもう分かっていた。

 彼が血の通う生きた人ではないことも、こうして逢瀬を続けられる相手でもないことも。

 それでも会いたい気持ちを抑えられず、いつものように川のほとりへと向かった。

 グレグズンはやはり白樺の木にもたれて待っていた。

 だがレストレイドが側まで来ても、グレグズンは俯いたまま黙ってる。

「グレグズン?」

「・・・・・」

 レストレイドが呼んでもグレグズンは黙ってる。

 押し潰されるような沈黙。だが。

「見たんだろう、この前の晩」

 ライトグリーンの悲しげな目が、揺れながらレストレイドを見た。

「え、ぁ・・・・」

 その言葉にサッとレストレイドの顔が蒼褪める。

「やっぱり、見たんだな」

 ふいにスッと伸ばされた手にレストレイドはビクリと身を竦めた。

 あと少しでレストレイドに触れる、というところでグレグズンの手が止まる。

 俯いたまま震えてその服の胸元を強く握り締めているレストレイド。

 その握り締められた服の下に何があるのか。

 グレグズンには何となく分かった。

 

 レストレイド

 

 グレグズンがその名を口にしようとした瞬間。

 レストレイドは素早く身を翻してその場を立ち去った。

 

「レストレイド・・・」

 

 グレグズンがやっとその名を口に出せたとき、レストレイドの姿はもう影もかたちも無かった。

 

 

4.

 金曜日。

 レストレイドは来るだろうか。

 いいや、きっとそんなことは無いだろう。

 それなのに、金曜日の夜はまた巡ってくる。

 

 グレグズンは川のほとりでいつものように一人シラカバの木にもたれて立っていた。

 こうなることは分かっていた───すべての始まりはあの祭りの日。

 そもそもあの祭りの日だって、ほんの気分転換程度に出かけてみただけだったのだ。

 祭りの日ならば、自分のような存在でも生きた人の群れに混じってもさほど気にかけられない。

 ほんの一晩、生前を忍ぶような空気の中に、浸ってみたかっただけだった。

 それなのに。

 大勢の人の中から、彼を見つけてしまった。

 彼を視界に捉えた瞬間、他のものが一瞬にして色褪せた。

 豊かな実りを謳う歌も、楽しそうな笑い声もどこか遠くで鳴っているに過ぎなくなった。

 自分の視線に彼が気づく。視線が重なる。

 その一瞬に、青灰色の瞳に自分だけが映る夢を見た。

 

 身の程も知らない、愚かな夢だった。

 祭りの後も約束を交わして会い続けた。

 どれだけ彼を想っているか会う度に吹き込んで。

 そうして隠し切れない綻びから訪れた終わり。

 

 隠し通せる、なんて思わなかった。

 こうなるだろうとわかっていた。

 なのに。

 

 先週の金曜の夜のレストレイドを思い出す。

 その前の週、彼がつけているのを分かってそのままにした。

 これで終わるんだと自分に言い聞かせる為に。

 なのにいつもどおりやって来た彼にあらぬ期待をして。

 怯えた彼に勝手に絶望して。

 

 あのとき、震える彼の胸元には銀のクロスが潜んでいたに違いなかった。

 はぁ、と吐いた溜め息が少し鋭い夜風に攫われていく。

 今日は新月か。いつまで経っても煌々と照る月は出てこない。

 

 もう帰ろう。

 愛しい人はもう来ない。

 

 シラカバの木から背を浮かすと、グレグズンは己の安住の地である教会へと立ち去った。

 

 

 いない・・・

 息も切れ切れに川のほとりに視線を巡らすレストレイド。

 

 レストレイドはこの一週間ずっとグレグズンのことだけを考えていた。

 グレグズンは人ではないこと。自分はグレグズンを好きなこと。

 そしてそれらを天秤にかけても───グレグズンを好きだという気持ちが勝ったこと。

 だからそのことを伝えたくて、この間のことを謝りたくて、ここに来たのに。

 いつも待ち人が佇んでいたシラカバの木に彼の人の影は無かった。

 それは衝撃だった。

 

 このまま、終わってしまうのだろうか。

 

 そう思うが否か、レストレイドは教会へと向かって走り出していた。

 

 

5.

 受け止める光も無いはずなのに、墓場は闇夜に白く静かに浮かび上がる。

 墓場とは対照的に暗闇に沈む教会へ、レストレイドは躊躇なく跳び込んだ。

「グレグズン・・・?!」

 呼んだ名前。

 小声で言ったはずなのにそれは礼拝堂の闇高く、揺れるようにこだました。

 まるで死霊の嘆きのようなその反響音に、レストレイドはぶるりと身を震わせながらも地下室へと足を向けた。

 そこには以前と同様、新しい棺たちが土に還るのを待ってひっそりと横たわっていた。

 漂う死臭に息を呑みながら、それでも棺の間を歩いてゆく。

「グレグズン・・・?」

 少し進んでは呼びかける。

 とうとう部屋の奥まで来てしまい当てもなく途方にくれたとき、ふと奥にさらに下りて行く階段が見えた。

 階段の下は闇に覆われ窺い知ることが出来ない。

 一瞬の逡巡の後。

 恐る恐る、レストレイドは階段を下り始めた。

 

 下り着いたその場所には朽ちた古い棺が数個、てんでバラバラに置かれていた。

 だがそのどれもがすでに風化し、あたりに立ち込める砂埃と等しくなろうとしていた。

 見渡すほど広くも無いその中で、唯一損傷の少ないひとつの棺へとレストレイドは歩み寄った。

 何かに曳かれるように手を伸ばし棺の上に降り積もった埃を掃う。

 するとそこにこの棺に眠る死者名と生没年がかろうじて見て取れた。

 

 『トバイアス・グレグズン』と書かれた名前の下に記された生没年は今から200年以上も前のものだった。

 

「・・・・ッ」

 レストレイドの青灰色の瞳から透明な雫が白い頬を伝って落ちていく。

 ついこの間まですぐ側にあった存在が、越えようも無い壁によって遠く遮られてしまったようだった。

「う・・・」

 口元に添えられた手にもパタパタと涙が零れ、落ちてゆく。

 この棺を開けたら、彼は干乾びた骸となって眠っているのだろうか。

 それとも。

 月下に映えた彼の青白い肌を思い出してまた涙が溢れる。

 と、そのとき、背後からペタペタという音が聞こえてきた。

「っ、・・・・?」

 

 ぺたぺたぺた

 ぺたぺたぺた

 

 それは階段の方から聞こえてくるようで、どうもその音は階段を下りてきているようだった。

「ぐ・・・ぐれぐずん・・・?」

 グスッ、とぐずりながら階段の方を振り返る。

 

 そのレストレイドの背後で、音もなくスルリと棺の蓋が滑る。

 すう、と伸ばされた青白い手があっという間にレストレイドを絡め取る。

「う、」

 悲鳴を上げる暇もなくレストレイドは棺へと吸い込まれ、再び音もなく棺の蓋は閉じられた。

 

 

6.

 腕の中で息づく温かさ

 一定のリズムで刻まれる鼓動

 それらがあまりにも愛しすぎるから

 せめて朝日が差し込むまで。

 

 レストレイドが気づくと視界は真っ暗だった。

 そして自分が横たわっているのだと気づく。

 どうして?

 ここはどこだ?

 起き上がろうとした瞬間にそれを制された。

 自分の背に感じる重みに、それが腕だと気づいた。

「気がついた?」

「?!」

 聞きなれた声にバッと顔を上げると暗くて顔は見えなかったが、そこに二つのライトグリーンの輝きを見ることができた。

「グ・・・」

 叫びかけた唇に指が当てられ、シィ、と諭された。

「しずかに・・・耳を澄まして」

 言われた通り耳を澄ますとさっき聞いたあの、ぺたぺたという音が聞こえてきた。

「あれは喰人鬼【じきにんき】の足音なんだ。ヤツらは新月の晩になると喰える人間を探して歩く」

 その言葉にレストレイドはゾッとした。

 グレグズンが棺の中に匿わなければ、自分は喰人鬼の餌食になっていたことだろう。

「朝になればヤツらも居なくなる。窮屈だろうけどそれまでじっとしてろ。

 朝になったらあとは一人で出て行けよ・・・俺も屍になるからな」

「え?!」

 グレグズンの腕の中、レストレイドの体が緊張する。

 レストレイドの様子に、グレグズンは慌てて必死に言い募る。

「俺が人の形してられるのは夜の間だけなんだ。死体と一緒に寝るのは厭だろうけど我慢してくれ。

 お前が外に出るために棺を開けたら、それで朝の空気に触れて一気に灰になるだろうから・・・」

「なっ、でそんな・・・!」

 声にならない声でレストレイドが泣き叫ぶ。

「・・・レストレイド?」

「何だって・・・吸血鬼だって屍だっていいんだ・・・お前がお前なら、何だってって、謝んないとって」

「・・・・・・」

「なのにお前居ないし・・・!怒ったのかと思って・・・嫌われ、たら」

 青灰色の瞳が濡れている。

 グレグズンはようやく想っていたのは自分だけでなかったことに気がついた。

「ちゃんと好きだって言って・・・・、なのに今度は朝になった、ら、」

「レストレイド」

 零れ落ちる涙を舐め取って抱きしめる。

 グレグズンの首に縋りつくようにレストレイドの腕が回される。

「ぅうう・・・」

 レストレイドの頬を止め処なく涙がつたう。

 

 一緒に居たい。

 でも、一緒に居られない。

 

 朝が来れば

 朝が来れば

 ───朝が来るまで。

 

「───死の接吻だなぁ」

「、ばかっ・・・」

 

 狭く暗い棺の中。

 重なった影は、いつまでも唇を這わせて離れなかった。

 

 

7.

 そして闇に別れを告げる朝が来る

 

 不意に目が覚めた

 だがすぐにそれに疑問を抱いた

 なんで目が覚めるんだ?

 

 腕の中では

 泣きはらした顔で愛しい人が寝てる。

 

 棺の中からでも分かる。

 久しぶりに感じる爽やかで温かな空気。

 今は、朝だ。

「・・・・?!」

 片手で愛しい人を抱き、もう片方の手で棺の蓋を取り払う。

 そのとき視界に映った手を見て、それが干乾びた骸の手でないことを知った。

 乾いた音と共に外界の空気が体に触れる。

 体が灰になって崩れ去ることはなかった。

 愛しい人をその腕に支えさせたまま、その体は存在し続けていた。

 状況の把握が未だ出来ないグレグズンは、レストレイドを抱きかかえて地下を出た。

 光の降り注ぐ礼拝堂を抜けて外に出る。

 そこには久しく見ることのなかった、青々とした空が無限に広がっていた。

 

 未だ眠るレストレイドを抱えて、グレグズンはこの近辺を見渡せる丘まで来ていた。

 腕の中で眠る人を見つめながらその場にストンと腰を下ろす。

「死の接吻じゃなくて目覚めの接吻だった、てことか?」

 昨夜の口付けで、レストレイドの生気が流れ込んだのだろうか。

 それだけで死者が生者になるとも思わないが、どうにもそれぐらいしか思い当たらない。

 それにしても。

「目を覚ましてくれないのが不安なんデスが。」

 一向に目を覚ましてくれないレストレイド。

 いくら自分が陰者から人間に戻れたとしてもこのまま彼が目を覚ましてくれなければ意味がない。

「俺に生気が行き過ぎたんかね・・・んじゃ戻せば起きるのか?」

 あ、でも戻したら今度は俺死ぬ?

 ブツブツとそんなことを言いながら、グレグズンはレストレイドに口付けた。

 早く起きておくれよ、オヒメサマ。

「ん・・・ふ、」

 レストレイドが身じろぐ。

 唇を放すと同時に、青灰色の瞳にグレグズンが映った。

 もちろんグレグズンが死ぬこともない。

 ライトグリーンの瞳にはレストレイドが映っていた。

「よ、おはよ」

「・・・!グレグズン・・・・!!」

 青灰色の目を大きく見開いて、すぐさまグレグズンの首に抱きついた。

「死んでないか?!居なくならないか?!大丈夫か?!」

「ないよ。大丈夫。んでもってたぶんこれからは会う約束もいらない」

 

 これからはずっと一緒に居られるよ。

 

 空の青と丘の緑の間。

 長い夜を終えた二人を、太陽が祝福していた。

 

 

 

 END
 * * *
 まず出だしの文に無理があるよね、という話。(ぇ/笑)
 出だし元ネタは怪談レストランシリーズ『妖怪レストラン』から「吸血鬼に恋した娘」です。
 ブルガリアに伝わるお話なんだとか。ハッピーとアンハッピーの二種類話があるらしく、
 妖怪レストランではアンハッピーの方だったのでウチではハッピーに。
 ベタベタな終わり方にも程があるだろって感じに終わってますが。
 それ故書いた本人が居た堪れなくて見れない、という罠が。(ぇえ?)
 しかし出だしから行くとレストレイドはどんだけ美人なんですか(爆)

 ブラウザバックプリーズ!

 06.11.02.SUISEN