記憶のある男=フランス編�供�
「『記憶のある男』?」
「ええ」
ルブラン邸のリビング。
ブラックトーンの青い服を着こなすモーリスの向かい、インバネスによく似た真っ黒な服を着こなす男。
同じく真っ黒な手袋を嵌めた両手を胸元で組み合わせて、男は愛想よくニコニコと微笑んでいる。
「貴方が以前執筆なさったものの中に、そういったタイトルのものがあると伺っているのですが」
調べようにも、あまりにも以前の、それも短編なので見つけることができないと。
それで直接作者の下を尋ねてきたのだ、と男は言う。
「そうだな・・・あれは怪奇小説のアンソロジー依頼で執筆したものだから・・・」
確かに、一般で見つけるのはもう難しいかもしれない。
ちょっと待って、と言い置いて、モーリスは己の書斎へと入っていった。
自分がルパンの伝記者となる前の作品をわざわざ探しに尋ねに来てくれた客人の為に埋もれた原稿を発掘にかかる。
その背後に束の間佇む黒い影。
気配を悟られぬように佇みながら、男は思う。
これも、初めてではない。
この人の背後に佇むのは、これが二度目だ。
では、私は以前この人の後ろに立ったとき、何をどうしたのだろう?
盗みもした。
放火もした。
殺しもした。
この手で小鳥や獣を絞め殺しもした。
だが、それらはすべて私の記憶にあるものでしかなかった。
背後に佇む私に気づかずせっせと原稿の山を漁る作家である彼。
彼はどうして私と同様、『記憶のある男』などというタイトルの話を書いたのだろうか。
果たして私は、それを読んだことがあっただろうか。
記憶を探る。
だが、まだ明かすべきではないのか、その記憶は脳内に現れてはくれない。
いま、この現状を打破しなければ、その記憶のあるなしは現れてはくれないということか。
しかして、私はどのような行動を、彼に対して起こせばいいんだい?
強情にも鍵をかけたままの記憶の扉に、私は頭の中で語りかける。
すると私の前に居る作家の、さらりと流れる後ろ髪から覗いた真っ白な首が目に留まった。
美しい、大理石のなめらかな彫像のようだな。
見れば見るほど、私の視線はその首に釘付けになってゆく。
そこで私の頭の中に光が差した。
私はこの首に、触れたことがあっただろうか?
一度思いついてしまうと、私の手はまるで繰り糸に引っ張られるかのようにその生白い首に向かって動いた。
黒い手袋を嵌めた手に、真っ白な首。
そのコントラストが、堪らなく美しかった。
背後から近づいて、その白い首にするりと手を這わす。
途端、気づいた作家がビクリと体を強ばらせる。
だが、突然の為か、恐怖の為か、作家は体を強ばらせたまま抵抗しようとしない。
されるがままに、その白い首を撫でられている。
まるで何も知らず殺されてゆく野兎のよう。
さて。
私はこの首を、如何したら良いのかな。
そう思いながらも、己の片手に納まってしまう首に添える男の手は、その力を次第に強めていくようであった。
水を打ったような静けさが、ルブラン邸を包む。
END
今回の記憶のある男は原作寄りで。
原作の方は、記憶には無い『初めて』を見つけようと男が必死の抵抗をしてます。
その為に盗みも放火も殺しもしたらしいですが、結局どれも『記憶にある体験』だった模様。
でも今回の話はただ単に真っ白なルブランのお首を触らせたかっただけだったりして(笑)
いいなぁ、ウチもルブランの首触りたい。(変態かキサマ)
ブラウザバックプリーズ!
06.09.20.SUISEN