記憶のある男=対話編=
おや、こんなところまでいらっしゃってくださったのですか?
嬉しいですよ、あなたとまたこうしてお目にかかれるのは。
え?私をご存知ない?それはおかしい。
私は確かに憶えていますよ
あなたと こ こ で こ う し て お目にかかったことをね。
ええ、ええ。ですから初めましてじゃありません。
本当のことを申しますとね、確かに私とあなたが 会 う の は これが初めてです。
じゃあホラ吹きかって?
いえいえ、そういうわけでもありません。
確かに、私の中にはあなたと出会う 記 憶 は あるのです。
ですから先程私は初対面のはずのあなたのお名前を呼んだじゃありませんか
いえ、あくまで『あなたにとっての』初対面ですが。
私はあなたを憶えているのですからね
言ってしまえば私には『記憶がある』のです。
ふふふ、ではおまえは預言者かですって?ふふふ
そんなたいそうなことはできませんよ
私にあるのは『私がこれから歩む記憶』ですから。
ですからあなたと『会うこと』は記憶にあっても、あなたの過去も未来もわかりません。
あなたが私にそれを語ってくれているのなら別ですが。
ええ、少なくとも私の記憶にあなたがご自分に関して語られたことはありませんのでご安心を。
私も最初から記憶があったわけじゃありませんからね、最初のうちはずいぶん戸惑いもしたし抵抗もしました。
でも、私もう諦めました。どんなに足掻いたって記憶はあるんです。
そのとおりに行くしかないじゃありませんか。
そうしてすっぱり諦めましたらばね、これが意外に楽しいんですよ。
記憶にある方々に記憶のとおりに会いにいって、記憶のとおりのセリフを言うんです。
私は記憶にあるとおりのことを──すなわち台本どおりとでも言いましょうか──
喋っているだけなので、実際その発言が相手にとって何を示唆しているのか分からない時もあります。
一言一句、所作ひとつさえ間違わずに言わないと記憶と違えてしまいますからね。
以前とある病院の・・・研究室でしょうか、そこである男性に向かってなんだか
運命的な人が現れる、といったような物言いで話しかけたこともあります。
あの人、その後どなたか好い人と出会えたんでしょうかねぇ。
またとある酒場で人の良さそうな男性に向かって・・・警告、といいますか激励といいますか。
そんなことを言ったこともあります。
記憶ではずいぶん必死に言い募っていたので、これから悲しいことでもあったんでしょうね。
いまは元気でやっておいででしょうか。ちょっと気がかりです。
ああ、ちょっと聞いてくださいますか?
私ってば強盗もやったんですよ。列車の中でね。
それがどうも・・・本職の方に盗みを働いたようでして。
本職って、ええそうです。盗人の方ですね。
それもどうも世界的に有名な大悪党だったらしいですよ
記憶にあるとはいえ、やはりそういう方に働きかけるのは恐ろしいですね。
今でも思い出すと背筋がゾッとしてしまいます。
ああ、私としたことが何だか喋りすぎてしまいましたね。
これでは記憶と違えてしまいます。
せっかくですか、今日はこれにてお暇、失礼しますよ。
・・・え?私の名前ですか?実はさっきから言ってるんですがね、ふふふ。
私は “記憶のある男”。
そこのあなた、どうぞご記憶くださいますように。
END
とゆー感じなんです、ウチの記憶のある男。
ヤツは預言者ではありません。ましてや神など。
これから先、自分の行動に関する記憶を持ってしまった、哀れな男なんです。
『生まれて初めて』ということを知らない男です。
モーリスの書いたものとはまた全然違いますが。
偕成社文庫の『フランス怪奇小説集』に載ってるので興味のある方は見てみるのもいいかも。
ブラウザバックプリーズ!
06.07.18.SUISEN