記憶のある男=フランス編�機�
その日、僕はルーアンの友人を訪問しようと思って、特急列車に乗り込んだ。
駅には警察官が要所要所に立っていた。
なんでもアルセーヌ・ルパンがこの特急列車に乗り込むという情報が入ったらしい。
警察官が、若い男を見つけるたびに顔を検めたり身分証明の提示を求めている。
もちろん僕のところへも警察官が来たが、身分証を見せると敬礼して去っていった。やれやれ。
特急列車へと乗り込むと、コンパートメントをひとつひとつ覗いていった。
どの客室も四、五人ずつ客が居てそこに割り込む気にもなれず、僕は最後尾の方まで歩いていった。
すると婦人がひとりいるだけの客室が見つかった。僕はほっとした面持ちで中に入った。
婦人は僕が入ってくるのをあまり好ましく思っていないらしく、見るからに嫌そうな顔をした。
僕はそれを気に留めず、婦人の向かいに座ると新聞を読み始めた。
窓の外にがっしりとした男性がいて婦人を励ましている。おそらく夫だろう。
彼は僕を観察し、良い青年紳士だと判断したらしく婦人に向かって安心するよう言って聞かせていた。
夫の見聞に安心したのか、婦人も露骨に僕を嫌がる態度を潜めた。
発車を報せる汽笛が鳴り響き、僕も婦人も、とくに理由は無いがなんとなく居ずまいを整えた。
と、そのとき駅員が制止するのを振り切って走って列車に乗り込んでくる男がいた。
もう列車はゆっくりと動き出しているにも関わらず、男は僕の居る客室のドアをガタガタと揺らしている。
このままでは大怪我をしてしまうと焦った僕は、入り口まで行くとドアの掛け金を外して男の腕を掴むと中へと引っ張り込んでやった。
列車がスピードを上げて走り出していた。
「大丈夫ですか」
「ええ、ありがとうございます。・・・おや、貴方でしたか」
腕を取り、引っ張り上げた男は顔を上げて僕を見るなりそう言った。
僕は首を傾げた。
男には悪いが僕はこの男の顔に覚えが無い。
「失礼ですが、どこかで以前お会いしましたか?」
記憶力は確かな方なのだけれどな。
僕は男の気分を害さないよう、丁寧に尋ねた。
「ええ、ええ、いや、確かあの時もこんな風に手を貸していただきましたね。
ふふふ、同じ失敗をしてしまうなんて学習能力が無いですね、私は。ふふふ」
僕の問いに男は気分を害すことはなかったようだ。
しかしおかしいな。
二度もこんなことがあったら、絶対に憶えているはずなのに。
ひとまず男と一緒に客室に戻ると、婦人は真っ青な顔をして男を見、立ち上がった。
しかしそのままよろけるように、再び座り込んでしまった。
いまにも失神しそうな婦人の様子に、僕は何事かと思わず気付けるように婦人の肩をそっと叩いた。
どうもこの婦人は列車が発車する前から異常に怯えている・・・・
僕はそこで、この特急列車にルパンが乗り込んでいるかもしれないという駅での噂を思い出した。
繊細な彼女はその噂に怯え、発車直後に乗り込んできたこの男をルパンだと信じたに違いなかった。
しかし乗り込んできた男は黒のサハリ帽、ロングコートに皮手袋と全身黒尽くめだが身だしなみはしっかりしており、
顔が少し青白いのと目の色が虚ろだと言うことを除けば立派な青年紳士だった。
だから僕は婦人に『この人は大丈夫ですよ』と言うように微笑んでみせたが、婦人はそれでは安心できないようだった。
懸命に窓際に寄り、婦人の隣に並んで腰を下ろした男から必死に距離を取ろうとしていた。
男もそれに気がついたのだろう。
廊下側に極力寄ると、被っていた帽子をさらに目深に被り、寝の体勢に入った。
それを見届けて、僕は新聞を広げた。
ルパンの欠席裁判についての記事が一面に踊っている。目新しい情報は特に無く、僕は退屈に欠伸を噛み殺し始めた。
規則的に揺れる列車に、疲れていた僕はいつのまにか舟を漕ぎ出してしまっていた。
僕は夢を見ていた
怪盗ルパンが屋根から屋根を飛び移り、次々と金銀細工・宝石を手中に納めていく。
ルパンがこちらを振り返る。
そして僕に向かってその大きな手を伸ばしてきた・・・
そこで喉を圧迫される息苦しさにハッと目を覚ました。
視界には僕の上に馬乗りになって首を締め上げるさっきの男の姿。
押し付けられる背中の冷たさに、僕は自分が座席から引き摺り下ろされたことを知った。
僕と変わらぬ体格なのに、手に込められる力は強く撥ね退けられそうに無かった。また僕にそんな力は残っていなかった。
そうと見て取った男は取り出した絹紐で僕の両手首を縛り、ハンカチで猿轡を嵌めた。
ふと、そこで僕は婦人はどうなっただろうと心配になり首を巡らせた。
婦人はショックで気絶しているらしかった。外傷は見られない。
ホッとすると同時に、僕は盛大に自分に呆れた。
ア ル セ ー ヌ ・ ル パ ン と も あ ろ う 僕 が 、こ の 僕 が、小荷物のように捕らえられるなんて!
僕が身動き取れずに床に転がっている間にも男は物色し、婦人の金銀細工・宝石を盗り、
僕の紙入れから札を抜き取り・・・そして一番困ったことに、僕の様々な重要書類の挟まったノートまで盗ってしまった。
あれには友人の連絡先から部下への指示書や暗号など見られては拙いものが詰まっている。
何としてでも、取り返す方法を探らなくてはいけなかった。
男は盗ったものをすべてコートの内に納めると、ゆっくりと煙草を吹かした。
その煙草というのが変わっていて、葉巻ではない、何処かで見た・・・管のような・・・そう、キセルだ。
日本で見た煙草を吸う為の管、キセルにそっくりだった。
フーッと、男は口からゆっくりと煙を吐き出し、その直後列車はトンネルへと入った。
すると男は煙草を仕舞い、立ち上がった。
トンネル内で工事でもしているのか、列車は徐々にスピードを下げ、ついには徐行運転になった。
男が僕に近づき、耳元で囁いた。
「お会いできたというのに、ろくろくお話もできずに残念です。でも仕方が無い。貴方はここ三日間ろくに寝て無かったですものね。」
何故それを知ってるんだ?
不可解な疑問が頭を過ぎる。
男は構わず続ける。
「そして私も今回はこんな役回りでした。それを思えば、会話も無く済むことが出来て良かったのかもしれません」
こんな役回り、とはどういうことなのか。
男が喋るごとにその意図が掴めなくなってゆく。
ただひとつ目に見える情報としては、囁き続けるこの男が酷く残念でならないと心底思っているらしいということだけだった。
「でも仕方ないですね、こうしないと貴方の先が進まない。そして私も」
ガタン
ひときわ大きく客室が揺れる。
「では、お名残惜しいですが今回はこれにて・・・」
男が客室の窓を開け、窓枠に足をかける。
徐行しているあいだに、跳び下りるつもりなのだ。
半分身を乗り出したまま、男がこちらを振り向いた。
「私は “ 記憶のある男 ”───ご記憶くださいませ、“偉大なる大怪盗”」
そう告げると、男はサッと客室から消えた。
あの男は僕をアルセーヌ・ルパンだと 知 っ て い た ───
何者だろう?しかしいずれにせよ彼を追わなければいけないことは必須だ。重要な情報が漏れてしまう。
僕はこれからどうしたら警察に小荷物同然に運搬されずに済むかを考え始めた。
***
それから数時間後。
僕は街道で自家用車を飛ばしていた。
結局婦人の宝石と自分のノートを取り戻しはしたものの、あの男を捕らえることはできなかった。
あの男が行ったと思われる小屋にはまた別の客人が居て──結局ソイツも大変な悪党で、代わりにソイツを捕らえる形で終わった。
どうしてそれで終えることが出来たかと言うと、その小屋の中に盗まれた婦人と僕の持ち物があったからだ。
無事取り戻せればそれでいい──警察の手からも悠々と逃れられ、事無きを得たように思うが───どこか釈然としない。
あの、『記憶のある男』と名乗った男はけっきょく何だったのだ。
僕の持ち物を盗み出し、僕が追ってくるように仕向ける。
それで僕は被害者の立場を利用して警察の目をすり抜けあまつさえ世間を騒がせていた悪党を捕らえる───
男の行動に、男自身の利益は無く。
かと言って僕自身への実害も無い。どころか紙面を躍らせることさえできた。
すっきりしない
なんかすっきりしない
こんなときはあの友人に会いに行くに限る。
僕は予定を変更して、僕の正体を知る唯一の善良な友人の下へと車を走らせた。
END
長ッ!!
会話少ないなぁ・・・ぐだぐだぐだ長くなっちゃった。
あ、分かる人もいると思いますが『謎の旅行者(奇怪な乗客)』を元に改ざんしてます^^
『記憶のある男』も元ネタあります。モーリス通ならピピン!と来る方もいらっさる。(はず。)
記憶のある男と名乗るこの男は、全てを知った上で見ている傍観者、
あるいは通りすがり・干渉者のようなもんとして書いてます。
いちばんいい例えはこの世界に入り込んでしまった読者、でしょうか。
でも、彼が動かなければいけないときもある模様。
これからもたぶんフラリと現れます。
ご記憶くださいますように。
ブラウザバックプリーズ!
06.07.18.SUISEN