頼んだのは、自分だ。

それで彼奴が地下の工房に閉じ籠もっているのだということも

全部わかっている

なのに。

 

 

 

『嫉妬』

 

 

 

「さびしい・・・・」

たがが三日、されど三日。

普通の人間ならばどうとも思わず過ぎて行く程度の時間だが、ジルにとってはもう半世紀も経っているような気分である。

「こうしてる間に他の魔術師や錬金術師に唆されてたりしたらどうしよう・・・・」

本人が聞いていたら『絶対に無い』と全否定しただろうが、あいにくその本人が居ないが故に吐かれたセリフだ。

プレラーティが側に居ない、というだけでジルの頭の中では最悪の事態がオンパレードしているらしかった。

「あああああああもうダメだ・・・・・会いに行く・・・・・・」

基本的に地下工房は行われる実験が危険ということで城主であるジルは出入り禁止になっている。

以前も勝手に入り込んでプレラーティに怒られたので(城主なのに)今回は頑張って我慢していたのだ。

会えない苦しさに比べたら、怒られた方がマシだと判断したらしかった。

決心をつけ、勇み足で地下工房へと向かうジルの視界を、黒いものが遮った。

「男爵様」

「・・・?」

正直、ジルは目の前に跪き挨拶する男が誰なのか分からなかった。

黒い衣を着ているということはプレラーティと同じく黒魔術師の類なのだろうが、如何せん城で抱えている人間の数は多い。

プレラーティのような黒魔術師、錬金術師、哲学者、科学者、金細工師・・・そのほとんどがブランシェを

始めとする従者に集めさせているので、ジル本人はその総勢数どころか顔や名前さえも把握していなかった。

気づけば目の前の男はジルの手を取り、その甲に小さく接吻をしていた。まあ悪くは無い挨拶である。

「其方は?」

「は。男爵様の加護の下、黒魔術を研究させて戴いている者の一人です・・・・時に男爵様の小耳に挟ませたいことが」

男は恭しく頭を垂れる。「申してみろ」とジルが促すと、男はジルの耳にそっと言葉を吹き込んだ。

「・・・・本当か?」

ジルが蒼白になる言葉を。

 

 

「おい、プレラーティ」

「うん?」

「お前、もう男爵さんからの頼まれもんは出来てんだろ?なんで戻らないんだ?」

この城に抱えられている輩の中の数少ない『本物』で、そこそこ親しいジャン=プッティがプレラーティに声をかけてきた。

「・・・・・もう少しゆっくりしてたい」

途方に暮れながらポツリと零した呟きに、「気持ちは解かるがな」とプッティが引き攣った顔で同情した。

「でも気をつけろよ。お前さん、唯でさえ歓迎してない連中の方が多いんだからな」

プッティの言葉に、プレラーティはああ、とだけ肯いた。

プレラーティは、城内に蔓延る黒魔術師・錬金術師の間でもかなり若い方だ。

ひょっとしたら一番若いかもしれない。

城一番の若輩者───その上に城の主であるジル男爵の寵愛を一身に受けている。

これで妬まないものが出てこないと言ったら嘘になる。

実際、ここに引き篭っている間も決してジルから逃れられて万々歳、だったわけでは無い。

「まあこればっかりは気をつけようが無いと思うがな・・・心に留めておくよ」

あの城主が自分に引っ付いてこなければすべて解決するような気もするのだが・・・・とは彼の胸の内でだけの呟きである。

もう引き篭って三日。

さすがにそろそろ痺れを切らしている頃だろう。

ともすると地下工房の扉を破って入って来かねない城主を思って、プレラーティは重い腰を上げた。

 

 

「城主様」

目の前にそびえる装飾も美しい扉を二度ほど軽くノックする。

「城主様、プレラーティに御座います」

返事は無い。

「? 城主様?」

居ないのだろうか。失礼しますと先に言い置いて扉を開く。

「城主様・・・・?」

豪奢な調度品で飾られた部屋は静まり返っていた。

「居られないのですか?城主様・・・・」

そっと声を出してみるが、部屋はシンとしていて物音一つしない。

自分の羽織っているローブの衣擦れの音だけがいやに大きく聞こえる。

ふとそこで奥にある寝台の上に歪んだふくらみを見つけた。

それが毛布を頭からすっぽり被っている城主だと一瞬遅れて気づく。

「城主様」

眠っているかもしれないのでなるべくそっと歩み寄り、小さく声をかけた。

「お加減が悪いのですか・・・・? 、ッ?!!」

毛布からはみ出した頭に置こうと伸ばした手を突如掴まれ、

気づくとプレラーティは寝台に仰向けになり身体の上には城主が圧し掛かっていた。

「城主様っ?!何を───、・・・・城主様?」

非難めいた言葉を呑み込んだのは、目の前に居る彼が今にも泣きそうなほどに顔を歪めていたからだ。

「───城主様?」

一体どうしたのだろうかと伸ばした手は掃われ、ジルががばりとプレラーティの身体に抱きついてきた。

「ちょ・・・・」

退けようとしても無理無理しがみ付いてくるジルはどうやっても離れてくれそうに無い。

プレラーティはふーーーっ、と溜め息を零すと己の胸に顔を埋める城主の髪を撫でた。

しばし落ち着いた時間が、乱れていた空気を整えた。

 

ふと、胸元からくぐもった声が聞こえた。

「───はい?」

睡魔に犯されていたせいもあって、よく聞き取れなかった。もう一度聞き返す。

「───だからぁッ!!」

勢いよく顔を上げたジルが、ガッと声を荒げた。

「お前は、俺より、他の・・・・」

そしてそれも束の間、声も手からも力が抜けて再び泣きそうな顔になってゆく。

先程からちっとも要領を得ない。

「城主、順を追ってお話しください。でなければ私も城主が何を仰りたいのか、何のことなのか。図りかねます」

どうもこの城主はいま情緒不安定らしい。

下手をしたら己の首がマントルピースの上を飾ることになるかもしれない───

 

「・・・・プレラーティは、綺麗だからいっぱい好かれるんだろう・・・・」

「は?」

「黒魔術のことをよく知らない俺なんかより、おんなじ黒魔術師や錬金術師に好かれてる方が嬉しいんだろう・・・・・」

やっぱり言ってる事が解からない。

三日も会わない間に、誰かに盗られたとでも思っているのだろうか?

「そのようなことはありませんよ?」

 

そう、そんなことはない。

綺麗だから好かれるだけなんて有り得ない。

同じ道を志す者だからとて、好いてくれるとは限らない。

現実に、俺はもうこんなにも。

 

「嘘吐け!!この三日間、ジャン=プッティとかいう魔術師とずーっと一緒だったって聞いたぞ!!」

 

割れたテノールの一撃に、我が意を得る。

気づかず、ああ・・・と零すとジルは「やっぱり」といった顔をしてショックを受けているようだった。

「やっぱり俺よりそいつがいいのか・・・」

「違いますよ」

項垂れたジルの耳に、はっきりとした否定の声が届く。

「───え?」

「違う、と申し上げたのです。確かにこの三日間、プッティと一緒には居ました。

 ですが、それは仕様の無いことなのです。工房内までは、貴方の加護は届きませんから」

顔を上げたジルの目に、苦笑いするプレラーティの顔が映る。

端正なその顔が、どこか寂しげに歪んでいるように見えて自然ジルの心はざわついた。

「どういう意味だ?」

「そのままです。工房内には貴方は入って来られない。貴方の寵愛という加護を失った私は他の術師たちの格好の餌食です」

「だからどうしてそうなる!!」

「解かりませんか?」

 

城内に何十人何百人と抱えられる術師たち。

城主の眼に叶おうと皆必死だ。

そんな中、一人の術師が現れ、城主の寵愛を一身に受け始める。

しかもそいつはまだ二十そこそこの若造───

 

「これで妬まれないことがありましょうか」

自嘲するような笑みを浮かべて、プレラーティはジルを見る。

「・・・・・・」

「この際ですから明かしてしまいますが、私が悪魔につけられた傷だと

 言ったもののほとんどの傷が実のところ他の術師たちに寄るものなんですよ」

「!! なんで、言わない?!!」

そんな輩、俺がいくらでも!

ジルが上げた悲痛な悲鳴をプレラーティはその口元に手をかざすことで制した。

「そこで貴方に頼っては悪循環ですよ。私の味方なんて、工房内では無いに等しいんですから」

何故だろう。

この美貌に浮かぶ、綺麗な微笑を見るのが何より好きなはずなのに。

ジルはプレラーティの顔を見ておれなくて、顔を背けた。

「───プッティとかいう奴は、味方なのか?」

「そうですね・・・数少ない理解者です。他には貴方の腹心であらせられるブランシェさまと・・・

 工房内では他にパレルノ、ロンバール・・・くらいでしょうか。・・・貴方を入れてもこの城内、私の味方はたったの5人」

この要塞とも呼べる広大な城の中で、他にも大勢の人間がいるというのに。

「まあ・・・工房内に入れない貴方が彼らに妬くのも解かりますが」

振り返れば、笑いながら短剣を突きつけられている。

「少し、大目に見てやってください。私は丸腰なん、です、から・・・・」

針の莚、なんて可愛いものだと思う。

「・・・? ・・・プレラーティ?」

どもる語尾を訝しんでジルがプレラーティの顔を覗き込む。

「すみません・・・ろくに・・・寝て、なぃもの・で・・・・・・」

大きく一呼吸置いたかと思うと、そのままプレラーティは眠り込んでいた。

「・・・・・・」

一人残されたジルはプレラーティの上から下りると、その身体に毛布をかけてやった。

「しばし休め」

言い置いて、部屋を後にする。

 

廊下を歩きながら、さてどうしてくれたものかと思案する。

自分の与り知らぬところで、まさか自分の愛しい男に危害が加えられていようとは思いもしなかった。

さしずめ、今日自分に良からぬ事を吹き込んだ男も彼に危害を加える一人なのだろう。

何か手を打とうにも、工房内のことを自分はよく知らない。

ふぅむ、と顎に手を当てる。

「ブランシェ!ブランシェ、居るか!!」

「は、ここに」

首を巡らし、叫べば腹心のブランシェがすぅと現れた。

「ジャン=プッティ、パレルノ、ロンバールの三人に、プレラーティを

 よく思っていない者の名を上げさせろ。そしてそいつらを今宵地下室へと連れて来い」

「承知いたしました」

恭しく頭を垂れると、ブランシェは静かに立ち去った。

 

ジルは笑みを浮かべながら、ゆるゆると己の顎を撫でる。

疲れて寝入っているプレラーティも、夜ともなれば目を覚ますだろう。

プレラーティはああ言ったが、見せしめ者を出しておけば効果はかなりあるはずだ。

酒の肴が無垢な子どもたちでないのが少々残念だが

 

「良からぬ者たちの断末魔を聞きながらの一杯も悪くない」

 

本当に妬み当たるべき対象がやっと解かった狂乱の騎士は今宵見られる散血のショーに胸を躍らせていたのだった。

 

 

 

END

***

ホントは冒頭、もっとギャグっぽかったです(笑)子どもたちとかがわらわら出てきてジルを慰めてたりして。
でも後半からシリアスになっちゃったので割愛しました;ギャグ路線嫉妬という名の痴話喧嘩はまた今度(笑)
プレラーティって、工房内で風当たり悪そう・・・
術師にしては若いし、しかもジルのお気に入りだし。
低レベルな嫌がらせとか受けてそう。実験に使う道具を隠されたりとか(イジメ?)

ブラウザバックプリーズ!

06.03.22.SUISEN