海に面し、王が海城より統べる盗帝国。

その王自らに保護(という名の拉致★)されている樹帝も最近ではこの環境に慣れ、落ち着いてきた。

と言っても盗帝の激しいスキンシップ(という名のセクハラ★)にはいつまで経っても慣れないが。

「あの、夜帝」

その日、樹帝は同じく盗帝の下に居る夜帝に話しかけた。

「夜帝は、以前から盗帝と面識があったんですよね?」

「ああ・・・まあな」

付き纏われていたというのが正しいような気もするが。

口には出さず、胸の内で夜帝はごちた。

「自分、彼とは面識が全くなかったんですけど」

口元に手を当てて、樹帝は眉を寄せる。

「どうして、盗帝は面識も無いような俺のことを助けたりしたんでしょう?」

俺が死んでも、助かっても、彼にメリットは無いと思うんですが・・・

首を捻る樹帝に、夜帝は嗚呼、とだけ呟いた。

 

嗚呼、それは───・・・

 

それは、今は失われた国での出来事。

 

 

 

『神聖不可侵の国』

 

 

 

昔、聖女の見守る、信仰心に囚われた聖なる国があった。

城は礼拝堂・修道院で、多くの信心深い僧侶たちで溢れていた。

礼拝堂の本来祭壇部である所には玉座が置かれ、防護用に張られたガラスの向こうで

聖女帝はいつもそこでその瞳を閉じたまま柔和に微笑んでいた。

巡礼者たちはその神々しい聖女帝の姿に感嘆の息を漏らし、涙し、跪いた。

だが、それは最盛期のこと。

所詮人は信心深さだけでは生きてはいけないということ。

国民の大半が僧侶であり、ゆえに財政など無いに等しいこの国も

紅帝国を始めとする諸国が機械≪カラクリ≫を開発するようになると一気に人口減に陥っていった。

城下では空き家が多くなり、街はどんどん荒廃していった。

とうとう、城である礼拝堂・修道院の神父らまでもが国を後にし、事実上、この国の住人は聖女帝ただ一人となってしまった。

 

そんな荒れ果てた国を、一人の男が訪れた。

当時即位したばかりの盗帝国の若き皇帝である。

父王を凌ぐ彼の天才的な盗みとその才能で盗帝国をさらに強大にしつつあった。

荒れ果てた街には目もくれず、颯爽と礼拝堂へと向かう。

その瞳にはどこかいきり立ったような、抑え切れない悦びの様なものが宿っていた。

 

盗帝は、幼い頃に一度現在の聖女帝と逢ったことがあった。

当然ながらそのときはまだ聖女帝も即位しておらず、年の頃を同じくした無垢で可憐な少女だった。

纏う空気はいつも澄んでいて、それでいて春の陽だまりのように温かかった。

 

───きみのお母さんを見たよ。礼拝堂で。とっても綺麗だった!

───ありがとう。でも、お母様が女帝になってからは、わたし一度もお母様とお話してないの。

───え?どうして?

───そういう決まりなんだって。神父様たちが言ってた。

───ふうん。淋しいね───

───仕方ないわ。お仕事だもの───

 

どうしてお話してはいけないんだろう───ぼくは父さまとも母様ともお話できるのに───

 

彼女と会ったのはその一回きりだった。

それでもあの零れ落ちそうなほど大きな常緑樹の瞳の輝きを忘れたことは無かったし

ましてや子ども心にも眩しいと思ったほどにあどけないあの笑顔を忘れるはずも無かった。

盗帝なのだから盗めばいいのだが、そんなことをしてもあの清らかな少女の心は得られないと分かっていた。

だがいま、もう彼女の国は無いも同然。

己の国に来ないかと、言うつもりだった。

盗人の司る国などに行きたくないと言われれば、さればその清廉な心で以ってしてこの愚かな無頼者を諌めればいいと告げるつもりだった。

もともと盗帝とは悪趣味が昂じてついたあざ名だ。

聖女とまで謳われる彼女が側に居てくれるのなら、この心に住まう邪心も治まるような気がした。

白亜にそびえる礼拝堂を見上げる。

勢いよく礼拝堂の扉を開け放つ。

そして目に飛び込んできた光景に驚く。

国がこのような状態で、しかし尚も聖女はそこにいた。

祭壇に掲げられているのは十字架ではなく玉座。

その玉座に、瞳を閉じて、常 と 何 も 変 わ ら ず に 聖女帝が鎮座し、その口元に微笑を称えていた。

 

盗帝は、静かに動悸がおかしくなるのを感じた。

何となく、厭な予感がした。

目に飛び込んできた情報が、彼の拒否したい何かに結び付けようとしている。

先程まで快活に進んできた足の歩みは止まり、今では一歩踏み出そうとするのもぎこちない。

それでもどうにか、祭壇前まで歩みを進める。

 

もう戻れ。

心のどこかで警告が下る。

それ以上進むな。

思考の一つ一つが、悲鳴を上げて逃げていく。

 

「聖女帝」

それでも彼は振り仰いでしまった。

その視線の先にあるものに、声を発してしまった。

「聖女帝、お久しゅうございます。盗帝でございます」

語尾は、少し震えた。

「聖女帝」

もう一度呼んだ───というよりは呟いたその声音は、もう完全に震えていた。

 

悲しいかな、鋭い観察眼を持つ彼は聖女帝を包むそのおかしさに厭というほど気づいていた。

 

このガラスは何なんだ一見、前方三面を覆っているだけのように見えるが頭上・背面すべて覆われているじゃないか

これじゃまるで宝石を飾るショウ・ケースじゃないか彼女はモノじゃないんだぞ密閉空間?

冗談じゃないそんなことしたら彼女は窒息死してしまう

窒息・・・・

 

 

ガシャン

 

 

人気の無い礼拝堂で、ガラスの砕け散る音が冴え渡る。

 

 

ガシャンガシャンガシャンガシャンガシャん・・・・

 

 

こだまする。

 

 

「───聖女帝!!」

叩き割ったガラスの向こうから、より鮮明な聖女の素顔が現れる。

それは本当に美しい。

閉じられた瞳、頬に刺す薔薇色の朱み、まるで眠っている人形のようで───

「聖女帝!!」

ガシリと掴んだ、肩。だが盗帝はその感触に短い悲鳴を上げて手を放した。

掴まれた勢いで聖女帝の身体が前へと傾いでいく。

 

おかあさまが女帝になってから、一度もお話してないの。

 

盗帝の横をすり抜けて、聖女は玉座から堕ちた。

背後、ドサリと変哲の無い音がした。

盗帝は、己が両の手を見つめたまま動くことが出来なかった。

 

なんだ。今の感触は。

触れたのは確かに人の肌であった。

触れれば返る、弾力のある人の肌だったはずだ。

じゃあ今の感触は?

 

しばし自我を失い立ち尽くす盗帝の意識を引き戻したのは、うっすらと当りに漂う、臭いだった。

さっきまでは、無かった臭い。

病院のような、薬臭さ。

この臭いは、よく知っている。

これは・・・・

 

「防腐剤・・・・」

 

呆然と呟きながら、彼は後ろを振り返った。

 

美しく磨き上げられ輝く床に落ち延びた彼女は、うつ伏せの状態でそこに居た。

祭壇から崩れるように跳び下りると、聖女帝の傍らに膝をついた。

それからゆっくりと彼女を仰向けさせた。

その顔にはやはり穏やかな微笑が貼り付いていた。

ゆっくり、至極ゆっくりと盗帝の手が伸び、そしてまたそっと聖女帝の腹に触れた。

触れた手に返ってくるのは、本来の人間のそれではなく、中身の無い、何かもっと軽い、別のものの詰まった頼りの無い感触だった。

もう直接確かめなくとも、この衣の下には大きな手術跡があり───彼女の臓腑がもう彼女の手元に無いことは明らかだった。

 

───聖人と呼ばれる類の者は。

聖人と呼ばれる類の人々は、死して尚その死体を大切に保存・安置され信仰の対象となることが、多々ある。

その威厳と神々しさを保つ為にその死体を神聖な場所に飾るのだ。

それは骨だっていい。髪の毛だって、血だっていい。

死体だって、ある。

だが───・・・

 

未だかつて、ここまで完璧な死体保存処理の技術が他にあっただろうか。

 

傲慢だ。傲慢な徒だと思った。

こんな・・・

たかだか一国の、それもいつまで続くか分からないもののために、こんな代償を。

吸い寄せられるように見上げたのはからっぽの玉座。

ビロードの紅も、金糸の刺繍も、今朝仕上げたかのように美しい。

 

聖なる国を謳う玉座よ。

おまえはいったい、何人の死体をその座に掲げたんだい?

 

神々しく飾られた玉座は答えない。

ただいまは長年蓄えてきた死の香を漂わせるだけだ。

そう、宝飾され続けた死を。

 

天窓から差す光が、礼拝堂内を照らし滲ませた。

 

 

しばらくして、盗帝は立ち上がった。

軽いのか重いのか分からない身体を抱き上げて、外に向かって歩き出す。

 

「クラリモンド・・・」

 

もう名前を呼んだって許されるだろう。

彼女は玉座を下りたのだから。

 

彼の罪を咎める声は、無い。

 

 

 

「───お墓、ですか?」

「何故?」

それを見つけて樹帝が夜帝に向かって尋ねる。

城中の丘の上、ポツンと瘤を出すように建てられた白い石には何も刻まれてはいない。

「花が供えられてあるから」

石の前には真新しい白百合の花束があった。

今朝、庭の百合が咲いたと侍女の芳黒が盗帝に渡していたものだろうかと夜帝はふと思った。

海風に、白い百合の花がゆらゆらと揺れている。

「───女の人かな」

ぽつりと零した樹帝の呟きに、何故か私がギクリとする。

「何故?」

今度の問いは少し掠れたものになった。

 

「慎ましやかな墓だから」

 

そう言って樹帝は口元で手を合わせると祈るように目を閉じた。

誰のものとも、その由来も知らぬだろうに。

祈る樹帝の横顔を何とはなしに見つめながら、祈るとは本来こういうことなのだろうと納得していた。

「戻るぞ。そろそろ昼食だ」

早く行かないとまた盗帝に弄られるぞ、と言えば樹帝の顔がサッと蒼褪めて、それから慌てて城へと向かい出だした。

その背中を見送って、私はふと白亜の墓を振り返る。

かつての聖女帝国の防腐処理・死体維持の技術は驚くほど高度で、完璧なものだったと聞く。

 

何十年経とうとも、虫食い一つ無いほどに。

生前の肌の張り一つ失わないほどに。

それはこの下に眠る墓の主にも言えることで。

いまだ腐敗することも無く暗く冷たい墓穴に横たわるであろう聖なる女、聖女帝。

 

土に還るには、あと何十年かかるんだろうな。

 

残した呟きを海風にまかせて、夜帝は踵を返した。

 

 

それは白い煙のむこうに霞んだ一人の女性の物語り。

 

 

END
***

ルパクラは聖歌とか賛美歌とか、そういうのが似合いそう。
お互いに稀有過ぎて触れ合えないんだよ、きっと・・・
もの凄い潔白な恋愛して欲しい、この二人。

ブラウザバックプリーズ!

ブログ掲載 :06.02.27.
再掲載 :06.04.08.SUISEN