「全国民に避難勧告を。この国に留まることの無いように、誘導してやってくれ。君たちも、残らず城を出るんだ」

「王は?!」

「私か?私は───ここに残る」

 

───黒帝。

果たして君は僕のこの愚かな賭けに乗ってくれるだろうか

 

 

 

『翠の賭け金≪チップ≫』

 

 

 

いけない、王が残るなら王と共にと最後まで縋ってきた家臣たちを力ずくで城から追い出すと辺りはすっかり静かになった。

遠くからドロドロと聞こえてくる進軍の地響きも、まるで蚊帳の外だ。

何の気配も無い、静けさが心地よい。

その静けさに耳を傾けるようにしばらく目を伏せた。が、すぐに身を翻して玉座の間を後にする。

いまやこの国には自分以外、誰一人いないのだ。

黒帝の軍が警戒しながらもこの城に入ってくるのも時間の問題だろう。

颯爽と足を進めてやって来たのは己の寝所───すべてが淡い翡翠色で装飾された、城の中で最も気安い部屋。

ベッドサイドの天幕を束ねる編み込まれた紐。

その丸い結び目の中から、小さな袋を取り出す。

細い紐の封を解くと、中からサラサラと煌めく、碧く美しい粉が現れた。

サラサラと、砂時計の砂のように落ちる粉をじっと見つめる。

 

───これは毒蛾の粉。

見目美しい姿で獲物を惑わし、捕らえ喰らう毒蛾の鱗粉。

 

飲んでしまえば心地よい夢うつつの合間に、たちまち呼吸を忘れてしまう。

恐ろしい、安寧の眠り誘う薬。

 

緑帝国にしか生息しないこの特殊な毒蛾から採れる薬は一種の危険な麻薬として現在では生産も売買も禁じられている。

代々受け継がれている寝具の中にある日偶然見つけてしまったときは驚いた。

おそらく、この薬に溺れて身を滅ぼしたという時の緑帝が隠していたものがそのまま忘れ去られていたのだろう。

まさか自分が使うことになろうとは、思いも寄らなかったが。

 

一時代には国中に蔓延し、国民中を腐敗させた薬。

時の緑帝さえも手を出し、破滅に追い込んだこの薬。

 

 

───さて私は一体どうなるのだろうね、黒帝───

 

 

城の中が静寂を破って一気に騒がしくなった。

黒帝軍が城内に突入したらしい。

もう物思いに耽っている猶予は無い。

 

粉の入った袋を口につけて───ふと黒帝と初めて会ったときのことが頭に浮かんだ。

当時の自分と大差なくまだ幼いだろうというのに、その瞳はキッと鋭い黒曜石色で、溢れる叡智に満ち満ちていた。

淡く、風に吹かれればたちまち掻き消されてしまいそうな自分とは大違いだと、羨望の眼差しで眺めたものだった。

私が即位してからまもなくして黒帝国でも新たな王が即位したとの通知があった。

言われずとも、それが彼だと言うことは周知のことだった。

彼が即位してからも直接顔を合わせることはなく、時事の挨拶もすべて書状で済ませた。

とてもではないが、自分のように器の小さい男が彼に謁見を申し出るなど出来るわけがなかった。

 

そんな羨望の君が

憧れて止まなかった君が。

 

───まさかその君が、こんな小さな一国に侵攻を進めてくるなんて思いも寄らなかったよ。

 

君の視界に入っていて嬉しい。

君の眼に叶って嬉しい。

 

君がたったいま落とそうとしてる一国の主が、こんなことを思っているだなんて、君には思いも寄らないことなんだろうね。

 

多分に君はあの日のあの一瞬の邂逅を憶えてはいないだろうけど

それから出会うことは無くてもずっとずっと君に憧れ、羨ましいと感じていたことも。

君が僕の国に侵攻して来るつもりだという一報が入ったとき、高揚するほどに嬉しかったことも。

 

君はそんなこと知りもしないし、どうだっていいことなんだろうけど。

 

数多の国の侵攻を城の盤上で成功させてきた君。

そんな君に足を運ばせる理由に───

 

 

僕は、なれるのだろうか。

 

 

緑帝が薬を飲み干し寝台に倒れ伏すのと同時に、黒帝軍が寝所の扉を破る音が城内に響き渡った。

 

 

愚かにもささやかな賭けに出た緑帝の話。

 

 

END
***

そーいえば書いてなかった緑帝サイドの話。(書いて・・・無いよね??/焦)
ある意味黒帝の話とひとくくり、なつもりだから書く気がなかったわけですが。
トップ絵が更新されるたびにだんだんとシリーズ化してきたので(笑)書いてみました。
なんだかこの話で行くと随分、緑帝→黒帝 ですね^^
まあ黒帝まだ自分が緑帝ラヴだって気づいてないしな!(笑)
気づいた途端べったりですよ。放しませんよ、あの人は^^

ブラウザバックプリーズ!

06.03.08.SUISEN.