*ルパンが猫のおはなしですv*

 

 

 

      何時も一人で平気な猫が、今日は一緒に入ると云ってきかないので……

      ……仕方なく探偵はその我儘振りに付き合ってやることにした。

 

 

 

 

 

      取り合えずバスルームに連れて行ってやって、鍵も閉めて(別に閉める必要性は無いのだけれど)、

      あとは少年に向き直り、普段なら自分でさっさと解き始めるリボンに手を掛ける。

 

      首元を結わえた小さな赤い飾りは、人差し指を絡めるとするりと解れる。

 

      解いてやったのに動きもしないので、探偵はまた少し狼狽し、その小さな手を突付いてやった。

 

      「ラウール。早くボタンを外しなさい。」

 

      無邪気な癖に意図的に恐ろしく狡猾なこの猫は、

      けれどキャロルの描いたチェシャ猫などより遥かに愛らしく、その微笑は勝っている。

 

      人懐こさに彼は思わず苦笑いした。

 

      

 

      ボタンを外し、態々脱がせてやってバスタブに追い立てる。

      白く透いた肌と、黒い耳と尾が艶やかで鮮やかだった。

 

      探偵は上着だけ脱いで、シャツの袖を捲り上げる。

 

 

 

      「ホームズさんは入らないのですか?」

 

      訊かれた言葉に微笑った。

 

      「狭くなるでしょう。」

 

      露骨に拗ねないところがまた何と云うか。

 

      「さァ、早く洗いましょう。栓を捻って。そう、」

 

 

 

      濡れた金糸が肌に張付いて、柔らかな雫が毀れる。

      睫に溜まった水滴もほたりと落ちて、赤く引かれた唇を濡らせた。

 

      猫は鬱陶しそうに掻き上げて、そのとき丁度見えた額の紫の痣。

 

      艶かしく痛々しかったので探偵は思わず眉を顰める。

      何しろ何処で何をしているのか全く見当もつかせないので、比例して心配も多くなる。

 

 

 

      「どうしたんですか?」

 

      問えば微笑う。

 

      「ちょっとぶつけただけですよ。」

 

      慎重で、つい、なんてことも滅多にないものだから不安になる。

 

      「後で診て貰いましょう、本職のセンセイも往診から帰ってくることだし。」

      すると猫は嬉しそうに彼を見上げた。

 

      普段から自分と同じ様に博士のことも大好きなのだと公言している。

      それが少し気に喰わない。

      というところに気付いて彼はかなり厭な気分になった。

 

 

 

      そうして猫が耳を震わせて待っているので、彼は仕方なく溶かせた石鹸を泡立てる。

      「自分で洗いなさい。」

 

      優しく促すと猫は大人しく手を、

      伸ばさずに逆に探偵を見上げた。

 

      仄かに上がった息と肌の色に益々狼狽して、早く医者が帰ってくるように念じてしまう。

 

      「……ラウール。」

      云いながら、けれど当然の様に探偵は折れる。

      

 

      スポンジを滑らかな肌に押し当てて磨くうちに、少年は次第に無口になる。

      懐っこい笑顔も、まして不敵な眼差しも嘲弄の口元も何も見せずに、唯黙って坐っている。

 

      もし今この貌を覗き込むことが出来れば、と探偵は思った。

      さぞ面白いだろう、それは推理でも何でもないけれど。

      下らない直感を確かめる為、探偵は俯く細い顎を上向ける。

 

      猫は困った顔をして彼を見上げた。

 

      首筋には蒼い静脈が模様の様に。

      なぞる様に擦ると黒い耳はしなやかに垂れる。

      尾は溜まった水を弾く様に小刻みに底を叩いている。

 

 

 

      伏目になって愉悦を押さえようとするけれど、中々苦闘しているようだ。

      バスタブの淵に捕まって、探偵の胸に頭を傾ける。

 

      「怒りませんよ。」

 

      どの色も滲ませずにそう囁くと、少年はぐッと強く凭れ掛かった。

 

 

 

      シャツが濡れて肌に張付く。

      不快とも思わず、彼はその頭を大切に抱いた。

 

 

 

      「シャーロックぅ、」

 

 

 

      掠れた声は融けてゆく様で、

      彼は強張った手をどうにも出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      「おや。」

 

 

 

      診療鞄を抱えて帰ってきた博士は、扉を開けた途端少し驚いた。

 

      友人が長椅子に腰掛けている。

      隣りには猫が寝そべっていて、黒い尾をふらりと揺らめかせていた。

 

      花車な身体は彼の膝に預けられ、閉じた瞼の裏で夢を見ている。

 

 

 

      「お帰り、ワトスン君。」

 

      涼しい貌で彼が云った。

      美しい指は本のページを捲っている。

 

      「風呂に入れてあげたのかい?」

 

      すると探偵は解るのか、というような貌をした。

 

      「解るさ、石鹸の馨りがする。」

 

      視線を少年に与えたまま小さく微笑い、そうしてもう一つ気付いて囁く。

 

      「僕のシャツじゃぁないか。」

 

      「そうだ。済まない、僕のでは大き過ぎるんだ。

      ハドスンさんが洗濯したところだと云ったから借りてきた。帰ってきたらすぐ云おうと思っていたんだが、」

 

      

 

      謝ってはいるけれど大して悪びれていない、と博士は気付く。

 

      「まぁ、いいよ。確かに君のではね。」

 

      博士の白いシャツに埋もれたまま静かに眠る猫を一瞥して、

      「これからも僕のを遣ってくれて良いよ。」

      笑って自室へ上がっていった。

 

 

 

      探偵はそっとその黒い耳に唇を近づける。

 

 

 

      確かに石鹸の馨りが、

 

 

 

      「じゃぁ、彼は気付かなかったのかな。私の匂いに。」

 

 

 

      

 

 

 

 

 

 

 

      震える尾は何度も絡む。

      じっと眼を閉じ、染まってゆく頬の色を遣り過ごそうとして、猫は早く眠ってしまいたいと強く思う。

 

 

 

      そうして彼は微笑っている。

 

 

 

      

 

 

 

 

 

 

 

      その黒髪の馨りは同じ、あの石鹸の、……

 

 

 

 

 

 

 

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イチヒトさんのところから強奪してまいりましたv

ルパン猫話vvv

イチヒトさんの描写がたまらなく好きですーーー(T▽T)

しっぽのとこの描写とか、とくにvvv

どうもありがとうございましたでしたーーー(>▽<)vvv

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